私は、バス停。
私はバス停。来るもの拒まずさるもの追わず。今日もひとり座ってる。
朝、一人の老いぼれが隣に並んだ。よく見る顔だ。週に3回必ず私の前に来る。帰りは大量に買い物を持って帰ってくる。私はよくこの老いぼれに話しかけている。まぁ全て無視されるのだが。その後ろを学生たちが次々に列を作る。私は生まれてからずっとこの制服の子達を見てきている。可愛い。だが、最近少し変わってきた。四角いものを片手にうつ向いている。笑顔一つ見せず。ずっとうつ向いている。「スマホ」というらしい。とても楽しくて、便利なものらしい。そうでなければ、あんな真剣になってないだろう。私も一度使ってみたいものである。そんなことを思ってるうちに時間が来た。これでまたしばらく暇になる。
昼、初めて見る人が多くなる時間だ。今日は大きなカバン片手に持っている若者が隣に並んだ。空港行のバスを待っている。旅行にでも行くのだろうか。だが、とても悲しそうな表情である。もう少し浮かれた感情が出るものではないのだろうか。ずっと空ばかり見ている。私は話しかけにいくが、そんなのは気にせずバスで行ってしまった。何が彼を悲しくさせているのだろう。私には永遠に理解できないであろう。
夜、私が一番好きな時間だ。なぜなら、たまにバスが来ないような時間に、フラフラした大人が話しかけてくるのだ。唯一会話できてる気がするのだ。今日は大人が泣きながら話してきた。相当酔ってるらしい。話を聞くと妻に逃げられたらしい。誰にも相手にされず、誰の記憶にものこらない。なんのための人生なんだ。と小一時間語っていた。すぐその場で寝てしまったのだが。いつもなら楽しく受け流しているのだが、彼の話は妙に私の中に残る。なぜだろう。考えてるうちに一つ答えを見つけ、思った。「記憶に残りたい」毎日ずっと同じ場所にいて。いろんな人に会っているのに。誰も気に留めないし、記憶の片隅にすら残っていない。学生のように誰かと話したい。どこかに旅に出たい。みんなと一緒に帰りたい。でも、帰る場所もない。そんなことを思ってるうちに夜が明ける。朝が来る。なぜか、朝が怖い。道行く人が羨ましくて、憎くて、そんなことを思ってる自分が怖い。
私は、バス停。今日も一人座ってる。帰りたい。誰かの記憶に残りたい。
誰かの記憶に残るって難しいですよね。