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俺は愛用しているノートパソコンを開く。
動画投稿サイトにログインして、
「どうも、こんばんは。今日もゆったりと配信していきます。ハルトです」
『ハルト来たー!』
『こんばんは~』
次々コメントが上がっていく。
俺、花宮陽人は、そのままハルトという名前で、動画配信を行っている。
ゲーム配信が主で、たまに雑談も。
大学生活の傍らなので、それほど投稿頻度は多くないが、かなりの数の視聴者に支えられていた。
「今日は新たなジャンルを開拓していこうと思います。じゃん!」
そして、取り出したのは、とあるゲームのソフト。
『ハロシズだ!』
『まさかの乙女ゲーム…』
コメントにある通り、これは乙女ゲーム。
『Hello, SEASONS!』通称ハロシズ。
「これ、けっこう知っている人いるんだな。姉がはまっているんだけど」
『出た、お姉さん』
『相変わらずのシスコンぶりw』
「うっせぇわw」
俺には一人姉がいる。
花宮紫織。
俺とは10歳近く年が離れている。
俺が小学生のとき、両親が事故で亡くなった。
泣いて、泣いて、泣きじゃくまくっていた俺を、辛抱強く、元気づけてくれていた。
そのとき、大学入ったばかりの姉だったが、すぐに退学を決め、就職した。
そして、俺が大学入るまで、生活を支えてくれた人なので、本当に頭が上がらない。
「何だか俺に似ている人がいるらしいけれど、何か知ってる?」
『ハルト王子!』
『いや、名前だけだろw』
『声も似ているかも』
コメントに促されて、ハロシズの公式サイトのハルト王子の欄を見る。
「へえ。担当はこの声優なのか。確かにこの人とはよく声が似ているって、言われているな」
『前に担当キャラの物真似やったら、上手かったよな』
『えー、見たい!』
『見せてー』
「ゲームする時間がなくなるから、ダメー」
しかし、乙女ゲームの攻略対象というだけあって、すごく美形だ。
金髪に青眼の典型的な王子様スタイル。
俺は顔出しで配信していて、コメントからは悪くないそこそこ整っている顔立ちだと評価されている。
それでも、黒髪黒眼の典型的日本人スタイルだ。
住んでいるところも、姉と一緒にアパートだし。
住む世界が違うよなあと、思う。
まあ、二次元と三次元という大きな隔たりがあるけど。
「お、主人公も姉に似ているじゃん」
『何、だと…』
『主人公って、オルテンシア・イーリス?すっごい美少女じゃん』
『ハルト、そこ変われ!』
シオリは俺と同じ黒髪で、主人公は茶髪だけど、髪型とか全体の雰囲気が似ていた。
主人公は、上に一人結婚済みの兄がいて、下に幼い弟妹が何人もいる大家族の長女。
こちらでいう中学まで優秀な成績を残した。
また、平民に使えるのが少ない魔法が使えることから、田舎から王都の魔法学校に特待生として、無償で進学することになったというのが、話の流れだ。
こんなところまで姉にそっくりとは。
姉も、途中まで通っていた大学は推薦で決まったと聞いている。
…本当に、俺のために申し訳なかった。
「この主人公が他の男とくっつかせないといけないの複雑なんだが」
『やっぱり、シスコンじゃん』
『本当の姉の恋路は邪魔すんなよ』
「しないっての。俺、義兄さんのことは認めているし」
そんな頑張り屋のシオリ、現在結婚を進めている婚約者がいる。
俺は挨拶を済ませており、シオリを受け入れてくれる義兄さんにも頭が上がらない。
『弟に自分の恋愛事情暴露されているお姉さんが可哀想すぎて、草』
「あ、やべ。これは内緒な。それで、俺乙女ゲームの知識あまりなくて。悪役令嬢ってのがいるのは、知ってる」
『最近の小説の弊害w』
『でも、私もちゃんと乙女ゲームはやったことないかも』
「あとハーレム?乙女ゲームだから、逆ハーレムか。姉がたくさんの男をたぶらかせていると思うと、ますます複雑」
『もうオルテンシアがもうハルトの姉にしか思えないw』
『現実でそんなことする身内がいたら、確かに引くかも』
ピンポン。
玄関のベルが鳴る。
うちのアパートは古めで、インターフォンではない。
「あ、さっき姉からもうすぐ帰るって、連絡きてたんだ」
俺は一回音声を切る。
しかし、ちゃんと鍵を持っているはずなのに、わざわざ鳴らしたことに、俺は疑問を持つべきだった。
『陽人、出ないで!』
パソコンに背を向けて、ドアを開こうとしていた俺は、そのコメントに気づかなかった。
「シオリ、どうしたんだよ…」
目の前には雨でもないのにレインコートを着た顔も見えない怪しい人物。
背丈や体格からして、男だろうか。
そいつがバットを振り上げて、俺の頭に打ちつけるのに、俺は避けることができなかった。
俺はドサリと音を立て、倒れる。
『まさかのお姉さん登場!?』
『あれ、音声切れてない?』
『倒れた音しなかった?』
次々コメントが流れていることにも気づかず、俺は痛みではあはあ息切れしていた。
「シ、シオリちゃんは俺のものだ!お前なんかに渡すものか!」
そんなことを言っているが、目の前の男は義兄さんではないし、全く見たことがない。
意識がかすれてくる。
頭からは血がドクドクと流れていく。
そのことに満足したのか、男は立ち去ってしまう。
『実は私、ストーカーの被害に遭っていて』
『警察に相談したけど、それでも収まらなくて』
『でも、陽人に心配かけたくないから、言ってなくて』
『さっき妙なこと言っていたのお姉さんのストーカー?』
『そのストーカーがハルトになんかしたんじゃ…』
『警察!通報!!』
『救急車も呼んでおいた方がいいかも』
コメント欄がそんな阿鼻叫喚になっているなんて、俺は見ることができなかった。
だんだん意識が薄れていく。
「…姉さん、逃げて」
それが花宮陽人の最期の言葉だった。




