ベンチのバット置き場
女子野球の試合中だ。
一人の新人選手が緊張していた。
今日はスタメン。この試合でぜひとも結果を出したい。
ここ一か月は、チームの誰にも負けないくらいたくさん、バットの素振りをしてきた。
でも、不安がある。今日の試合、相手チームの投手は球がものすごく速い。あの球を自分は打てるだろうか・・・・・・はぁ。
そんなため息をついたあと、ベンチから立ち上がって、バット置き場へと向かう。
コンビニにある傘立てのような「バットスタンド」。そこにはたくさんのバットが置いてある。自分のバットと他の人のバットを間違えないようにしなくちゃ・・・・・・。
グリップエンドをよく確認してから、自分のバットをスタンドから引き抜く。
すると、バットの先に変な物がついていた。
赤い紙だ。バットから外れないように、紙は輪ゴムで固定されている。
その紙には・・・・・・金色の文字で『大吉』と書いてあった。
まるで『おみくじ』みたい。そんなことを考えていると、打撃コーチが声をかけてくる。
「良かったね。『大吉』だよ。この試合中に、良いことがあるかもね」
新人選手はピンときた。この『大吉』はどうやら、打撃コーチの仕業らしい。
ここ一か月、自分はチームの練習が終わったあとも残って、バットの素振りをした。
このコーチはそれにつき合ってくれたのだ。面倒くさそうな顔一つせずに、打撃フォームのチェックを手伝ってくれた。
――たまに緊張しすぎている時があるかな。それでバットの振りが固くなっている。バットの出も微妙に遅くなっているよ。
そんなことをコーチが繰り返し言っていたのを、新人選手は思い出す。
(『大吉』か)
ほんの少しだけど、緊張が和らいだ気がする。
その赤い紙と輪ゴムをバットから外して、ズボンの後ろポケットにしまった。
(これはお守り代わりだ)
コーチのちょっとした「イタズラ」に感謝しながら、新人選手はバットの素振りを始める。
前の打者がフォアボールで塁に出た。
次は自分の番だ。
(よし!)
コーチの温かい視線に見送られながら、新人選手は打席へと向かった。
「ベっスボーマ、ベっスボーマ、ベースボーるピープルルルるー♪」