この都市の降水確率
「関係各所からの許可が出そろいました。いつでもいけます」
オペレーターの女の子からの報告に市長はうなずく。
この都市の上空には現在、大きな雨雲が覆いかぶさっていた。大粒の雨が都市全体に降り注いでいる。
もはや一刻の猶予もない。
「これより浮上する! 最終準備を開始せよ!」
司令室全体によく聞こえるように、市長は叫んだ。
各スタッフがてきぱきと作業を進めていく。
間もなく、この都市でプロ野球の試合があるのだ。
といっても、今のままでは雨天中止になる。
しかし、雨さえやめば・・・・・・。
市長が叫んでから数分後、都市全体が震動し始める。
これは地震ではない。
この都市はもともと空に浮いている。いわゆる『空中都市』だ。
通称『十四番目のラピュータス』。世界で十四番目に建造された『空中都市』だ。
と同時に、プロ野球球団の本拠地になっている唯一の『空中都市』でもある。
司令室だけでなく、エンジンルームも慌ただしくなっていた。
普段は『浮遊エンジン二号』しか動かしていない。この高度に浮いているには、それで十分だからだ。
けれども今は、『浮上エンジン一号』も稼働させようとしている。
「お米の投入を急げ!」
この『浮上エンジン一号』は、燃料に「お米」を使っている。そのお米をポップコーン状にする際、大きなエネルギーが生じるのだ。それで都市を浮上させる。
エンジンルームのスタッフたちは、『浮上エンジン一号』の調整に気を配っていた。浮上するスピードが速すぎると、都市に何かしらの被害が出てしまう。
「ササニシキを足せ!」
「コシヒカリもだ!」
最後に「ヒノヒカリ」を加えると、『浮上エンジン一号』が安定した。
エンジンルームからの最終確認を聞いて、司令室の市長が叫ぶ。
「『十四番目のラピュータス』、浮上!」
オペレーターの女の子も通信マイクに向かって叫ぶ。
「『十四番目のラピュータス』、浮上!」
その声が都市全体にアナウンスされる。
次の瞬間、都市が浮上し始めた。今いるのよりも、もっと高い場所へ。
頭上の雨雲が迫ってくる。あの雲の先を目指すのだ。
エンジンルームでは、お米のポップコーンが次々とできていた。
「雨雲に突入します!」
エンジンルームのスピーカーから、オペレーターの女の子の声がする。
その直後だ。
都市の浮上速度が、がくんと落ちる。
ここにきて急に、雨の勢いが強くなったのだ。
雨がさらに強くなりそうなので、エンジンルームのスタッフたちは素早く決断する。
「塩キャラメルソースを投入するぞ!」
数秒後、『浮上エンジン一号』から甘い香りがしてくる。
そのあとエンジンのパワーが、一気に上昇し始めた。雨がさらに強くなったとしても、これなら問題なさそうだ。
スピーカーの向こう側から、オペレーターの女の子が、
「雨雲に突入します!」
瞬時に都市の周囲が暗くなった。
雲の内部では、大量の雨粒が辺り一面を旋回している。
そんな中を、空中都市はぐんぐん上昇していく。
そして数分後、今度は上の方が明るくなってきた。
もうすぐだ。
ここでエンジンルームでは再び、
「塩キャラメルソースを、あと少しだけ投入するぞ!」
最後の一押し。
空中都市が一気に雲の上へと出た。
そのままさらに五〇〇メートル上昇すると、
「『浮上エンジン一号』を停止してください!」
オペレーターの女の子が叫ぶ。
すぐさまエンジンルームは応じた。
都市の上昇が止まる。
もう片方のエンジンである『浮遊エンジン二号』は、今も稼働中なので、この都市が降下することはない。
市長は司令室で胸をなで下ろしていた。
野球場の方ではすぐにでも、『芝生乾燥機』が全力で稼働するだろう。
空が晴れたので、プロ野球の試合は中止にならない。
で、この二時間後に試合が始まったのだが・・・・・・。
三回裏が終了した時点で、大差がついていた。『空中都市』チームは大苦戦だ。野球場内はブーイングの嵐に包まれている。
ボックス席で観戦中だった市長も、この試合内容には怒っていた。
なので、動く。極秘回線を使ってエンジンルームに指示を伝えた。
「大急ぎで都市を降下させろ。雨雲の下へだ。緊急降下の原因は、『エンジントラブル』で処理しろ」
そうすれば、雨のために試合は中止だ。今ならコールド負けにもならない。だから、やるのだ。今すぐに!
この都市では降水確率が変化する。
次回は『俺たちの夏はまだ終わっていない』というお話です。