89.深海でもおっさんは平気
クラーケンにとらわれてた古竜を助けた。
『おっさんさぁ、なんでクラーケンを討伐しなかったんだ? いつも魔物は殺してたじゃないか?』
古竜が不満げに言う。自分をとらわれて、海に引きずり込もうとしていた相手だからだろう。闘気からは敵意が感じられた。
「そうですね。ただ……クラーケンには敵意が感じられませんでした」
『まーた闘気?』
「ええ、そういう闘気をしていました。そして、何かに怯えてるのもわかりました」
『闘気ってそこまでわかるのかよ……』
闘気の揺れは心の揺れ。
闘気の色や揺れ動きを見るだけで、相手の心をある程度読むことができるのだ。
ザバアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
そのとき、居なくなったと思ったクラーケンが我々の前に現れた。
「クラーケンじゃ!」
『ちくしょう! 仕返しにきたのかっ!』
私は古竜をじっと見やる。いや、違う。
「なにか、私に頼み事があるのですか?」
クラーケンは「ギャウギャウ」と吠える。魔物の言葉は私には理解できない。
『…………』
「古竜さん。あなた、言葉がわかるんですね?」
『はぁ!? な、なんでわかるんだよ……』
「闘気を見ればわかります」
『闘気なんでもわかりすぎだろ……!』
クラーケンの鳴き声を聞いた古竜の闘気が、揺れ動いていた。動揺していたのだ。
つまり、魔物の言葉をこの子も理解できる。そう考えたのである。
「それで、なんて言っているんですか?」
『ええー……。翻訳ぅ? おれ古竜なんですけどぉ? そんな下っ端みたいなまね……』
「古竜さん」
『ひぃいい! 海に沈めないでぇえええ!』
おや、おや。誰も海に沈めるとは言ってないのですが。
どうやらこの子の中で私はヤバい人に認定されているようだ。心外である。
「はい、翻訳して」
『ええと……【さっきはご迷惑をかけてすみませんでした】。ったく、ほんとだよ……溺死するとこだったんだぞこっちはよぉ……』
まあまあ。
「気にしてませんよ。それで、私に何かようですか?」
『【はい。あなた様の強さを見込んで、お願いがあります。海王を、倒していただけないでしょうか】だってよ』
ふむ……。
「なんですか、海王って?」
『【この海の支配者です。やつは我々海に住む民に命令し、人を襲わせているのです……】』
なるほど。
クラーケンさんはその海王というやつに命令され、無理矢理人を襲わされているのか。
「大変ですね」
『こいつの言葉を信じるのかよ……?』
「ええ。闘気を見れば、嘘を言ってないことくらいわかりますでしょう?」
『わっかんねーよ! てか、闘気なんでも見えすぎてこわすぎんよ!』
「なんでもは見えませんよ。見えてるものだけ」
『ほぼなんでも見えてるんだよな……ったく』
しかし、ふむ。
なるほど。その海王のせいで皆困っている訳か。
この海はネログーマにも、ゲータ・ニィガにも面している。
彼らが船を使うときに、海に沈められるようなことがあっては大変だ。
副王として、見過ごすことはできない。ふむ……よし。
「では、クラーケンさん。私を海王のもとへ連れてってくれませんか?」
『はぁ!? 本気かよおっさん!?』
「ええ、本気ですよ。ほっとくと皆困るでしょう?」
だから、倒しに行くのだ。
『【ありがとうございます! ですが……海王は深海に住んでおります。人間のあなた様では行けぬところです。わたしがここまで誘導してきますので……】』
おっと。
クラーケンさんの闘気から、自信のなさを感じられた。
海王を呼び出すのは難しいのだろう。
「大丈夫ですよ。私が直接行きますので」
『おっさん……深海に人間が行けるわけないじゃん。海で呼吸できるわけないし。第一、水圧でぺしゃんこになってしまうよ』
ふむ、至極まっとうな意見だ。
だが、おやおや。
「心配ご無用ですよ。闘気使いは深海でも活動可能ですので」
『うそつけぇ……』
私はぴょんっ、と古竜の背からジャンプして、海に潜る。
ざばぁあああああああん!
「ほら、あなたも来なさい」
『ええ……おれも行くの……? ガンコジーとここで待ってたいんだけど……』
「別にかまいませんが、待ってる間に海王の敵に襲われるかも……」
『わかったよついてくよ! でも、どうすりゃいんだよ? 海で呼吸なんてできないぞ?』
おや、おや。
「大丈夫ですよ。ほら、こうやって」
私は緑色闘気を発動させる。
古竜、そしてガンコジーさんの周りに緑色の闘気が包み込む。
「潜って」
『ええー……』
「潜って」
『あ、はいぃ……』
ざばぁあああああああああん!
『って、うぉお! すげえ!』
「息が出来るじゃ!」
私もまた海に潜る。
『どうなってんだ……?』
「風の闘気をあなたたちに付与しました。これで海でも呼吸ができます」
『まじかよ……おっさんはどうやってるの?』
「私は闘気なしでも、息継ぎなしで1日くらいは潜ってられますので」
『ばけもんかよ!!!!!!!!!!!』
「いえ、ただのおっさんです」
こうして私達は深海へと向かうことになったのだった。




