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ポチ大尉のマイノリティ  作者: キタボン
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06 キラーポチ


 ひとしきり笑ったアシリレラはヘルメットを拾うと、鈍いカーキ色上に付着した泥をぬぐう。


 寝息をたててはいるが、ときおりピクリと動かす英雄の耳をさわる。


 こズルい参謀のことだ。ポチについても抜かりはないだろう。パピーウォーカーと涙の対面動画など、いくらでも偽造できる。穏やかな老後を約束された英雄の姿が全銀河に放送。国民は涙を流して感動するってわけだ。


 止んでいた銃声が遠方から轟く。敵部隊が迫ってきていた。


「近づいてる。姫。移動しないと」

「そうだな……」


 玉砕は嫌だと決めたが、戦う気分も同時に霧散していた。アドレナリンが押さえていた披露感がいまになって押し寄せてきて、立つ気力が湧いてこない。休んだことがあだになったようだ。どうしようもない。


「はぁ……逃げないと殺されるんだよな」


 思案する以前のこと。生命に関する当たり前に、どうしようかを決めかねてる。そうこうしてるうちに時だけが過ぎていく。逃走できる時期を失っていく。


「くんくん?」

「ポチ大尉。あなたは一人で逃げてください。大人しくしてれば殺されたりしないないでしょう。巻き添こんでしまいすみません」


 黒髪の少女がポチの頭を撫でる。長い行軍でカピカピになった長毛をていねいにていねいに指櫛を通していると、残量希少の決心がすこしだけ増えた。それをふり絞り、がくがく笑う膝を心で叱咤。マキリ(小刀)に手を添えて立ちあがる。


「どうかご無事で」


 アシリレラなりのけじめをつけようと、老犬に背を向ける。利口なポチは、すぐにも姿を消すと思った。しかし巨大毛長の気配はなくならない。何か匂いを嗅いでいた。


「……くんくんくん」

「大尉?」


 戦場でめざましい戦果をあげた英雄だった。授かった勲章は51に上り皇帝との謁見も果たした。ポスター、マンガ、小説、映画など、さまざまな物語が作られた伝説の犬。銀河帝国では知らないものがない。恐れた敵がつけた二つ名は『キラーポチ』。


 種犬となってからは優秀な子供たちを産み出してる。晩年こそぬくぬく太ってしまったけども、強さの象徴だった。第201西方連隊の部隊章は星とポチ。偉業のほどがわかるというものだ。


「うぉんっ!」


 ポチが走り出した。向ったのは、敵の気配がする、まさにそちら。


「そっちは違う もどってください大尉!」

「うぉぉん」


 老いてはいてもプルートキングドッグ。速い足で森を駆け、あっというま見えなくなった。アシリレラは身をひるがえし後を追おうとする。慌てた部下たちが立ちあがり、それを押しとどめた。


「姫っ。ダメだ。犬なんかほっとけ」


 プルートキングドッグの食事は調教師(ハンドラー)が与える。3年間パピーウォーカー期と5年の訓練期で仕込まれる。アシリレラはこの任務のために調教師(ハンドラー)の資格をとってうえで、信頼を得るためにポチと3か月の寝食を共にしていた。


「みんなは散れ! 戻れっていってんのこの老いぼれ犬!」


 さんざん勇猛とい聞かされた噂とはまるで違った。アシリレラは、この、とぼけた老犬が大好きになった。ほうっておけないのは理屈じゃない。


「まったく……援護するぞ!」

「犬といっしょにおさらばとは。やれやれ」

「それもオツだな」

「散り際くらい綺麗にいきたいよな」

「不細工だけにね」

「るせー」

「あはは、姫に遅れるわよ」


 自虐的な笑いが起こった。オラシオン最後の7名は、自らの姫を中心に円形を築いて、ポチが走った方角を急ぐ。銃弾も使い果たし、エネルギーパックの陽光充電も間に合わない。マキリ(小刀)を逆手に構え、おのおのオンカミを唱え、攻防に挑まんと備えた。この戦闘がこの世の最後になると覚悟した。


 だが、仲間たちのその思いは誤認だ。彼女は知ってる。アシリレラの危惧は真逆だ。


 寝食を共にした3か月には、活動時間も含まれる。毎日4時間。はじめは軽い運動をしていた。太りすぎたポチのダイエット兼ねていたのだが、ひと月を過ぎたころから、ポチの動きが鋭くなってきた。老犬のよちよち散歩ではない、敵を狩るよう研ぎ澄まされた本格的なカンを取り戻していく。


 1対1。1対3。1対7……1対15……。訓練ロボットは人型と獣型を混合させた。狭い室内だった戦闘の舞台も、立体造形可能な戦術訓練エリアを借りた。町、都市、森林、山岳、洞窟、草原、湖沼。登録された51のシチュエーションで訓練する。


 期間が満了するころには、15歳から戦場を渡り歩いたアシリレラも経験を増したが、ポチにおいては、手に負えない厄介な戦士になっていた。手をメガホンにして叫んだ。


「大尉ーーやるなら、殺さないでー」

「うぉっほんっ」


 OJONⅢの兵士たちは、突然登場した犬をみて、悲鳴をあげた。


「ぷ、ぷ、プルートキングドッグだ!」

「敵の兵犬だ」


 老年は敵の左翼に突入し暴れていく。手を噛み、頭突きし、股下から掬いあげ。見ようによっては、じゃれついてるようだが、またたくまに、兵士を戦闘不能にしていった。


「くっ……こっちも連れてくるんだった」


 戦場を自在に駆けるプルートキングドッグは恐れられていた。人に飼われて攻撃性を無くす特性がある。人懐っこくペット化が容易。だがひとたび野生に帰れば危険な生物にもどる。さらに、戦地にいるのは訓練を乗り越えた猛者のみ。準備なく相対したときは逃走がセオリーとなる。


「たった一匹に。た、たおせ!」


 銃を撃とうと構えた兵士を別の兵が停める。


「ヤメロ! 味方に当たる」


 かまわす撃った銃。ポチはしっぽで甲を打ちつけ、撃つ向きを変えた。ひゅっと跳ぶと半円状に布陣した敵の中央に降り立つ。フレンドリーアタックを忌避する反乱軍は、武器を接近戦用ナイフに切り換えるしかなくなった。プルートキングドッグには地の利など無効だった。


 森林を味方に敵を翻弄するポチ。茂みに身を隠したかとおもえば、大木上から降下、さらには、穴を掘って地面の中へ引きずり込む。攻撃をためらう反乱兵たち。いたぶるように、自在に森を駆け巡った。


 アシリレラたちが到着したときには、戦闘は終了していた。30人ほどの敵は、昏倒させられてるか、手や足に傷を負って戦闘困難となっていた。武器はひとつところに山と積み上げられていた。


「キラーポチ……」

「すげぇ。これが、プルートキングドッグか」

「1分も経ってないぜ」

「出番がなかったわ」


 敵の沈黙。満足したポチ大尉はふーっと深呼吸。太木に寄りかかると、ごろんと体を横たえた。ひと仕事終えた年寄りが居眠りするようだ。


「ポチ大尉……こんなに無理をして。老体なんですよ。逃げればよかったんです」


 アシリレラは毛に刺さった枝や葉を取り去らうと、がんばった親をいたわるかのように、頭からしっぽの先まで撫で、背中に顔をうずめた。


「うぉん」


 ポチは面倒くさそうにうなる。今日は終わり。店じまい。そう言いたげに片耳だけを上げて下ろし、寝息をたてはじめる。


 アシリレラは現状を見て、倒れた敵に、死人や瀕死がいないことを確認してした。怪我人はいるが軽傷だ。治療を急がなくてもいい。


(正念場だな。どうする)


 死人なしで敵を倒せたのは僥倖だった。ポチの頑張りでたまたまそうなったが、運が味方をしたともいえる。仲間に言ったセリフを思い出す。


『最期まで戦うことがいいのか。森に潜んで一族の再興を図るか』


 ポチのおかげで、そのどちらでもない第3の選択が生まれた。追われず。死に怯えず。一族の滅びを先伸ばしにできる選択肢だ。


「姫……?」


 敵と仲間。一同が見守る。アシリレラは抱えていた弾切れの銃を山になった武器の上に載せた。


「反乱軍のみなさん。長い戦いお疲れさまでした。ここにいるかたがたで、一番偉い方はどなたですかお話したいのですが」



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