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ポチ大尉のマイノリティ  作者: キタボン
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04 オラシオン根絶やし計画



 森は深く道もない。生物の気配は獣だけだった。何時間走ったことだろう。高い樹々の真上から漏れていた陽は西へと傾いて薄くなり、うっそうとした森には、早くも闇の時間がやってきていた。


「すこし休もう」


 8人は小休止をする。朽ちかけた倒木やコケだらけの地面に、おのおの、腰を落とした。アシリレラはヘルメットを脱いで指にひっかけると、通信・索敵担当者の横に立った。


「降下部隊は降りたか」

「レーダーには何も」

「だいぶ奥にきてしまった。もはや陽動はできない。09歩兵小隊のアイスバーグ少尉に連絡だ。探知されるかもだがしかたがない」

「はっ――こちらニューウィンド、本部応答願います」


 『ニューウィンド』は部隊暗号名。衛星軌道上の味方に連絡をとる。2度のコールで惑星上に展開する本隊、戦術級戦艦イラプションと連絡がついた。


「繋がりました」

「代わろう」


 アイスバーグは実直な29歳。公平な男だが平均的な帝国人と同じく、女を下に見るクセがある。表にはださないが、たかが18なのに同じ少尉のアシリレラを妬ましく思っているのは態度で知れた。慎重にいかないと取り返しがつかないくらい拗れる可能性がある。窮地に陥ってるときはなおさらにだ。


「アイスバーグ少尉ですか。こちら……」

『やあ。こちらはグスル大尉だ。健闘してるじゃないか。感心感心。偵察隊の鏡だね』


 一度聞いたら忘れない嫌味な言い草がスピーカーからこぼれた。アイスバーグ少尉ではなくバトローネ・グスル大尉。第201西方連隊本部の第3係長で、この作戦を立案した参謀さまだ。


「は? はい。大尉でありますか。本隊は? 先陣の09歩兵小隊は降下地点を失したのでありましょうか。いまもって降下は確認されておりません」


 声がうわずった。アイスバーグのほうが100倍マシだった。予想しない苦手な男の声に、アシリレラは言葉を選ぶゆとりを失った。


『はっはっは。作戦は生物さ。突然変更されることもあるのだよ――』


 得てして軍は政治の道具にされる。議員の都合や、市民の声の大きさで、朝令暮改がよく起こった。この作戦の最終目標は市民への弾圧。賛成は得難い案件であった。第201西方連隊の強硬派が推した作戦を、本国の反対派が覆す可能性はあった。


『――09歩兵小隊は降下しない。いま反乱軍を刺激することは、本国の民衆の支持を得られないと判断されたのだね』


 政治的事情が働いた……というより、元からムリのあった作戦が常識的に撤回されたということか。バトローネ・グスルはそれを直接伝えようと、通話にでたのか。人殺しが好きな人間はそういない。軍に所属しているのはあくまで、一族としての義務だった。アシリレラはホッと息を漏らした。


「作戦が中断したなら救出プランをお教え願います。物資が底を尽き兵の疲弊が激しいです。脱出ポッドはどのポイントで待ちましょう」

『救出プラン? はっはっは。キミらは偵察を独断で強行しがあげく、激怒した現地市民に報復されたのだよ。軍は跳ね返りを押さえきれなかったそしりをうけるが、それは享受するとしよう』

「……どういうことでしょう。つまり――」


 冷たい汗が背中を流れる。帝国は皇帝のみが動かしているのではない。議会があって選挙がある。政権は支持率のためならなんでもする。


「――我々は人気取りのために死ぬのですか」

『飲み込みが悪いな少尉。帝国にオカルトは不要ということだ』

「オカルト?」

『オンカミ……と言ったかな。研究のために生かしておいたが科学者もAIも理屈を解明することができなかった。解明できないものは利用できない。ならばどうするか。未来の不安要素は取り除くのが正解だ。クモの巣だらけなキミらの脳ミソでは理解できないかもしれないが』


 彼女たちの祖先が平和に暮らしていた惑星には、3億人のオラシオンが住んでいたという。肌の色や宗教の違いで対立もあったが、皆オンカミ文明を紡いだ同胞たちだった。それが帝国の仕掛けた一方的な戦いに破れた。


「我々の特殊性は生まれたときから聞かされてます。だからこそ帝国の信頼を得ようと一線で活動し続けたのです。貢献は3世代におよびました。すべて無駄だったのですか」

「誰が貢献を求めた。作戦が失敗しても貴様らが死ねば成功。送り込んだミッションはどれもそういうものだった。根絶やしに3世代もかかってしまったのだから飽きれる。まったく生に意地汚い連中だよ、オラシオンという生物は」


 戦争では人口の9割が亡き人となった。しかし言い換えれば、その時点ではまだ3000万人もの同胞たちが生存していたのだ。

 アシリレラの知る限りオラシオンは現在、部下たち15人を合わせても41人しかいない。全員が気心のしれた仲間。最期の血族だ。その中には父親もいるし、年端のいかない子供いる。指からヘルメットが滑り落ちた。


「根絶やし? まさか父上や、子供たちも……」

「他のオカルト仲間も別の場所に降下させた。時をかけず後を追うだろう。あの世とやらで仲良く暮らすが良い。それではな。今夜は祝盃で忙しくなるぞ。はっはっは……」


 アシリレラは授受器を手甲をはめた手に力をこめた。非力そうな彼女のどこにそんな筋力があるのか。プレスチックとスチールで作られた軍用の丈夫な授受器が粉々になった。アシリレラは、大盛弁当箱の倍ほどある通信機本隊も破壊した。


「姫……」

「改造した民生品だ」


 壊れた部品には親しんだゲーム会社のロゴが記されていた。軍の標準部品ではなくプログラム変更がたやすい汎用品である。この星のGRSSに対応させ、位置情報が洩れるよう細工したのだ。衛星軌道上に戦隊が展開してる状況で、反乱軍が動かないはずがない。


 無線の残骸に腰をおろした。太い眉を寄せてしばらく押し黙ったのち、つぶやくように口を開いた。


「……決断しないといけないか」



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