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ポチ大尉のマイノリティ  作者: キタボン
23/23

23 路地の急転



 弱って瀕死のポチがいない。医術の心得のないアシリレラがみても危険な容体なのに。1秒でも早く治療しなければ、取り返しがつかないことになる。でも2mの巨体は運べない。負担をかけてるとわかってるが。見るにも忍びないが。ばんばって歩かせ、回復のオンカミの使えるメアンの元に来た。回復をしないとダメだというのに、目を放した短い時間に、いなくなった。


「うぉぉなんだっ!」

「でかい、犬よ! 魔獣かも」


 スラムの住人は悲鳴をあげて道を開ける。路地の人込みがさっと左右に割れ、ポチの行き先が明らかになる。その行く手にあるのは木箱。その上で演説するオーディと呼ばれる少年を目指して駆けてる。


「大尉――っ! テパ、モーストさん。大尉をとめて!」


 命じながら、アシリレラも地を蹴った。見知らぬ少年を気遣ったわけはなく、摂取した”毒”の廻が早まるのを心配する。動くほど鼓動は早まる。動くほど死に近づいてしまう。


 オーディに何を感じのだろう。敵と認識したと、アシリレラは決めつけた。プレーキングドッグ五感に優れる。新米でも群衆に潜む敵や暗殺者をたやすくみつける。歴戦のポチなら造作もないことだ。でもいまはダメだ。たかがひとりの敵と、英雄の命が吊り合うはずがない。


「く、追い付けない」


 早く停めたい彼女は焦る。よろけながら走るポチは遅かった。森で戦かった時の10%もないだろうが、それでも速い。人の足で追いつけるものではない。


「うぉんっ……」


 ポチが踊りかかった。大きな口を開いて飛びかかった。突然現れた巨大な犬に、少年の目は丸くなる。逃げようとして箱から足を踏みはずす。ポチとオーディは絡み合いながら転げ落ちた。


「やばいっス。モーさんっ」

「誰がモーさんだ。そっち引っ張れ」


 近くにいたテパとモーストが、後ろ脚としっぽをつかんで引っ張るが、280キロはどあるポチは、びくとも動かない。ポチが「ガガォッ」と牙を見せて襲う素振り。2人は「おわっ」と手を離し後ろに下がった。


「威嚇ってわかってもビビるっすね。大尉が、本気なら死んでるっす」

「怖ぇぇ。一度やられてるから、なおさら」


 2人とも腰が引けて手も足も出ない。アシリレラも追いついたが、すでに襲ってる状況。テパたちと同じく、終わるまで手が出せない。なるべく、手短に終わるのを待つだけだ。それからメアンに、回復治療を。


「時間がかかってる気がする。いつもこんなだったかテパ」

「姫の知らんことを、知るわけないっす。でもいつも一撃で倒していたような」

「だな。俺たちゃ秒殺だったぞ」


 少年に覆いかぶさって1分近く。弱ってるとはいえ、スラムの空腹少年を仕留めるのに、時間がかかりすぎだ。20人いた兵を、数分とかからず行動不能にできる戦闘センスがあるポチにしてはおかしい。

 見ると襲ってるのとは違う。へっへっへと、楽し気な息づかいで、しっぽを大きく左右に振ってる。押しつぶされた少年は、下でもがいてる。生きて動いてるのだ。襲ってるのではなく、じゃれているのだ。


「な、なんやこの犬。くすぐったいやないか。ははっ やめぇ」

「くぅ~ん」


 甘える鼻声。ポチのこんな声を、アシリレラは始めて聞いた。彼の戦闘調教師(ハンドラー)となって数カ月。信頼の絆はあると信じてるが、それはせいぜい、老練の部隊長とア若い士官といった関係。ポチを働かせるときは、命令でなく、お願いという意識が強い。甘え声などされたこともない。


 そんなポチも、とうとう動けなくなった。ぐったりして目は虚ろ。それでもオーディをみつめ、なにかを訴えるように、くぅーんと、鳴く。


「メアン!」

「わかった。『天におわす昼と夜の化身よ 癒しと再び立ち上がる力を与えたまえ』 チュプポッケ」


 かざした手から暖かな青光が出て、ポチを包み込んだが、容体に変化がみられない。医療器(オールドクター)まで運ばないとだめか。車を借りに戻る時間が惜しい。ドアを接収して担架にして運ぶか。でも200キロの体重を運べるだろうか。だが、メアンはあきらめてなかった。


「……一回じゃ足りないか。チュプポッケ、チュプポッケ!」


 ”犬”の顔色はわかりにくいが、無理の強張りが薄れたようにみえる。疲労色の濃かったパサパサな体毛に、張りのある毛艶がもどった。荒く浅かった大尉の呼吸は、すこしづつ、深く自然なものに収まっていく。すーすー。穏やかな寝息をたてはじめた。


「――効いたようだね。つかれた」

「助かったメアン。休んでいてくれ」

「そうさせてもらうわ」


 メアンは露店の長椅子をみつけて横になる。


 寝入ったポチの下から少年が這い出した。立ちあがって、ぱんぱんと、埃をはらう。額の汗をふく素振りを、大げさにジェスチャーして、死ぬほど大変だったとアピールする。わざとらしいと感じるところだが、地方の訛があるせいで、こっけいな笑いを誘う。


「ふぅーー。重かったなぁ」


 アシリレラは固まった。はじめてまともに少年を見て、釘付けになった。同じくらいの年かっこう。黒髪黒目。見た目はわるくない、標準よりやや良しってところ。服装は、いかにもスラムの住人。風呂にはいる機会がないので、汗臭い。茶目っ気のある瞳に吸い込まれそうな感情を覚えた。一目ぼれというヤツだ。


「……ぽー」

「おん? あんた隊長さんっぽいの。僕の子分が世話になったってな。親方として例を言わせてもらうわ」

「あ。え……はい。親方?」


 『オンカミのネズミさん』の子たちが子分らしい。つまりこの少年こそが親方だ。欲深い中年男と思い込みが外れたが、そんなことはどうでもいい。アシリレラは、オーディの黒い瞳から目を離せない。不思議な自分に動揺し、こそばゆい気持ちにつつまれる。


「一触即発のスラムの連中を治めてくれたのが、このオーディ・クーガだ。若いのに住民に一目おかれてる。怪我人を出さなくてよかったぜ。要望で演説になってな。つい聞き入って、助けにいくタイミングを失念してしまった。すまない」


 身ぶりをまじえて、おこった状況を説明するモースト。その言葉がはってこない。ただし一言。オーディ・クーガという名前だけは耳にとどいた。オーディ。クーガ。惚れ惚れするような良い響き。まさにこの少年にぴったりだ。どこかで聞かされたような覚えがあって、聞き返す。


「オーディ……クーガ? 空き地小屋の男と同じ」

「あいつなぁ。認めたくないけど、遺伝子は僕の血族らしいで。兄妹はほかにおるみたいや。女に食いもんにして捨てるアホ。どうしようもないゲスや」


 ぽーっと忘れそうになっていたが、ポチが少年に懐いた理由が判明した。オーディはヤンリィ・クーガの息子。ロクでもない男から生まれたなんて、とても信じられないほどまともだが、甘えたポチがなによりの証拠。ヤンリィに対しても、こんな風に無条件で甘えたのだろう。害ある液体を疑わず飲んでしまうほどに。


 モーストが苦い顔をつくる。


「たまにあるんだ。普通は男のほうが色街の女に産ませるんだが。OJONⅢは混血(ミックス)は研究対象外。予算も下りないから生まれてすぐ取り上げて捨てられる」


 オーディは、誰かわからない現地民の母親に産み落とされたのだとモーストはいう。移民――繁殖させれた――ここでは、かなり偏った方針で研究がなされてきた。純粋遺伝子以外の人間を養う予算はつかず、例外なく切り捨てられると。


 似たことはよくある。アシリレラも知ってる。戦いの耐えない帝国では珍しくない。前線の兵士には息抜きがいる。士気を高めるため、敵地ではある程度の暴虐を黙認する。娼館設備を備えた商船やアンドロイド慰安婦もいるが、本物にでしか満足できない兵士もいる。最低限の避妊もしないから、辺境ほど孤児が増える。帝国は面倒をみないどころか積極的に捨てようとする。


 血族が少なく、仲間を大切にするオラシオンには、起こりえないことだった。


「う、すみません。死なせてしまいました。私の手で」

「あんたが? 見かけによらずやるんやな。べつにかまへん。あいつ、僕にも集りからうんざりしとったし。かえって、スッキリしたわ」


 オーディの本音のようだ。サバサバとした表情をしてる。アシリレラにはその顔が、輝いてみえた。役にたちたい。この人のために何かしたいと願った。


「僕はどうでもうええけどな。そんでも引け目て思うなら、食い物もらえんか。スラムゆうとこは、ロクなもんがあらへん。腹減らしとるガキどもに食わしてやりたい」

「ええ。あげます、ぜんぶ あげます。なんなら、軍の食糧倉庫、まるごとでも」


「姫……遅い思春期してる」

 

 メアンはため息をつく。オラシオンの男の中で、アシリレラと歳が近いテパが3つ上。同年代の男性はいない。軍のなかには当然いたが、同族思考の彼女は恋愛の対象とみてないない。メアンもそうだがオラシオンにとって結婚は、次の世代を残す儀式という認識が強い。恋愛を意識する男がいなかったのだ。これまでは。


「待った、セラドゥーラ少尉。あんたにそんな権限ないからな」

「姫っ どうしたっつーんすか。人が変わったようっすよ」


 モーストは姫の心情を把握したうえで、冷静に却下。生暖かい目でみつめた。


 テパだけが、チロンヌフに摘ままれたように慌てた。非論理的なアシリレラ。こんな瞳をうるうるさせたアシリレラなど、5歳のとき、蜂に刺されて以来だ。こんなに言葉をいい淀むのなんて、記憶にないくらいだ。

 アシリレラを庇って、オーディの前に立つ。


「テパ?」

「姫は下がって欲しいっす。オーディっていったっすね。姫になにかの(オンカミ)をかけたっすか」

(オンカミ)がなにかわからんけど、こんなんならできるで イメル(雷光)


 バリバリという鋭い音とともに縦1メートルほどの小さな稲光が生まれ。指一本の予備動作どころか、呪文の朗文さえ唱えてない。ただの、極めとなる一言だけで、発生させた雷は、少年につっかかったパの頭上に落ちた。


「むびゅー」

「あちゃー。手ぇは抜いたが気絶させてしもた。ごめんな」


 オーディは、ひっくり返って白目をむいてるテパに手を合わせた。


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