22 路地のポチ
男の腹から小刀をひき抜く。躯となった男の服で血糊を拭いて腰をあげる。腰の鞘にマキリをしまう。
血だまりの縁に伏せるポチに寄り沿うと背中をさすった。毛艶がわるい。早急な治療が必要だ。
「歩けますかポチ大尉」
「ぅ おん」
よろけながらポチは立ちあがった。覇気というものが感じられない。アシリレラの後をついてくるが、一歩一歩がツラそうだ。
「みんなの所へ戻りましょう」
アシリレラとポチは小屋をでる。仲間たちと合流するか、医療器のある軍施設を頼るか。どちらがより早いか迷ういはしたが、土地勘がないから軍施設にいくのにも往路をたどる道しか知らない。メアンたちと別れた露店の路地はその途中にある。
無計画に並んだ掘っ建て小屋の隘路はひさしがぶつかりあう。使う物だかゴミだか不明な何かが乱雑に積まれて、まっすぐ歩くのもままならない。道ともいえない狭い隙間を物をとび越しながらポチと行くと、ふいに、自分の言葉を思い出した。
『生きてください! 私がいるでしょう!!』
「恥ずかしいーー私はなにをいってんだ」
自分らしくないクサイ台詞だ。記憶から抹消したい黒歴史がまた増えた。あのときは、ああいう感情だったのだから、しかたない。それが、ポチを奮い立たせかもしれないのだ。そう考えて忘れることにした。
ついてくるポチが不調だ。呼吸が浅く足取りがおぼつかない。子供でも乗り越えらるガラクタの山を越えられない。手を貸して、なんども前足を踏み外して、やっと越えるありさまだ。もつれる足が止まった。
「げぇ……げぼっ」
苦しそうに胃の中の物を吐き出した。アシリレラが背中をさする。
「ゆっくりでいいですよ。メアンにチュプポッケしてもらいましょう」
不凍液を飲ませたとあの男は言った。不凍液は、加熱するモーターや内燃機関や冷やす冷却水だ。甘い味がするとも聞くが、工業用の液体が飲用に適してるはずがない。アシリレラに薬物の知識はないが、飲んだポチの様子はただ事ではない。
「なんでそんなものを飲んだんですか」
プレーキングドッグは犬ではないが鼻が利く。なのに飲んだ。疑わずに危険物を口にした英雄に、苦い感情が湧きあがってくる。
背負って運んであげたくても、体長2メートルのポチは重い。小柄な彼女が背負っても潰れるだけだ。男は死んだが、アシリレラの怒りは収まらない。いまからでも木っ端みじんにしたいくらいだ。
急ぎたいけど急げない。
モーストたちとの合流を期待してるがまだ来ない。事態が収まりしだい男の小屋に来るはずだが、時間がかかりすぎる。盗賊もどきのスラムの住人にやられてしまった? 欠片も思ってないが、まだ、もめているようだ。
20分以上もかかったが、ようやく目的の場所に着いた。路地の状況は変わっていた。木箱に載った少年が演説しすると、聴衆の間に反対と賛成の意見が巻き起こる。少年を中心に応酬がおこってる。
「ええか。スラムと市民がいがみ合う時代は終わったんと僕は思う。帝国はOJONⅢを見捨てたんは間違いない、せやったら、この星にいる僕らは、みんな協力せなあかんちゃうか」
「だがよオーディ。おれたちゃ生きていくんでせいいっぱいだ。持ってるもんから掠め取っるとか奪いでもしねーと、死ぬしかねーだろ。軍のやつらは、いっつも頭ごなしで、頭にくるしよ」
「そーだそーだ」
「あいつらは敵だー」
「敵と仲良くなんかできるか」
少年はオーディというらしい。みたところ、歳はアシリレラより下か同じくくらい。背丈は少し高いか。散切りに短くした黒髪で瞳の色は蒼い。いまどき、古い娯楽コンテンツでしか聞かれない妙なアクセントで、熱弁――ではなく、平易に語りかけてる。
「それもそうやっ。僕にもよっくわかる。でもなぁそいつら、帝国の後ろ盾がのうなったんや。そのうち掠めとる物もなくなるで。そしたらどうなる?」
「ど、どうなるんだ」
「共倒れやで。軍の奴らと僕ら、いがみ合ったまんま垂れ死ぬことになる」
「のたれ死に……」
「せやで。あいつらと仲良ぉ餓死や。それでええんか?」
「そりゃ困る」
「おーっ困る」
「あたしら、どうすればいいのさ。オーディ」
「答えはいろいろあるが、まずは開拓やろな。農業プラントと建築ロボットが、稼働してるうちは食糧を気にせんでええ。いまのうち手をとりあって農地を開拓するんがベストや。幸い、土地だけはぎょうさん無限にあるさかい」
「そうか、そうだな!」
子供も大人もスラムの住人たちは、面白おかしく参加したり聞きいってる。飲み物が売れて露店は大いそし。アシリレラを邪魔した女もジュースを売りさばくので大わらわだ。
「この状況、なに?」
アシリレラ首をかしげて足を停めると、ポチが道にへたり込んだ。迷ってでも、無理をしても医療器の軍施設を探したほうが早かったかと後悔するが、とにかくメアンをみつけ回復のオンカミをしてもらわないと。
「……あ、テパ、メアン!!」
住人に混じって演説に聞き入ってる、モースト、テパ、メアンの3人を発見。アシリレラはぐったりして動けないポチに「うごかないで待っててください」と言い残すと、人込みをかき分け、メアンの元に向った。
「あ。姫。大尉は無事だった? いま興味深い演説をやってるんだ」
アシリレラに気づいたメアンが手をふる。
能天気に手をふる姿に、アシリレラの表情がくもる。自分たちは死線を越えてきた。いまだだって、ポチの命は消えるかもしれない。だというのに、ノンビリと街頭演説に聞きいてるメアンたちに腹がたった。強引にメアンをひっぱりだして背中を押した。
「い、痛いって姫。どうしたの」
アシリレラは黙って急ぎ足。メアンを盾にして人込みをかき分ける。口を開けば、感情的に怒鳴ってしまう。小隊の長としても、一族の次期族長としても感情的にふるまいはふさわしくない。ポチを置いた場所はそこだ。人が邪魔で見えないが。彼女は手を離した。
「大尉を回復してくれ」
「大尉って ポチ? どこに」
「そこにいるだろう!」
「だからどこ」
気心の知れた仲間のなかで一番友人のメアンと言い合いに。抑えてるつもりでいても怒りはヒートアップしてしまう。
こいつはっと、罵倒の声が喉まででかかり、ポチの伏せった場所を示したが、ポチがいない。
「大尉……?」
たしかに、ここに残したはずの大尉がいない。あんな弱っていたのだ。どこかに行くはずない。もしかして、さらわれてしまったか。露店に視線を移したが、ジュースの女は忙しそうに働いて、釣りの小銭を渡してる。
一人にしてしまった自分の迂闊さを呪いたいが。後悔は後回し。いなくなったポチを探すほうが先決だ。右も左もわからないスラムは隠れ場所だらけ。発見の難しさを思ってパニックになりかける。何分も経ってないと自分を奮い立たせる。間違いない近くにいる。
「メアン、探索キツネで大尉を探せるか」
「ごめん姫。無理。今日はもうつかってる」
オンカミには万能ではない。種類によっては回数が決まってるものがあり、メアンの探索キツネは日に一度。魔素があれば自由というものではない。
「……そうだった。ではオンルプシカムイで」
「落ち着いて姫。狼じゃみつけても攻撃してしまう。ポチを探すには不向きだよ」
狼は、獲物を狩るオンカミ。集団で執念深く追いつめ確実に仕留める。敵の追撃に効果を発揮するが、純粋な探索むきではない。
「私は冷静だ。時間がたつほど大尉は危険になるんだぞ!」
そのとき、群衆のなかに騒ぎがおこった。
「うぉぉなんだっ!」
「でかい、犬よ! 魔獣かも」
「ま、魔獣だって?! 逃げなきゃ」
「おわ、どけ、じゃまだっ」
魔物が現れたらしいと悲鳴があがり、住人にたちが恐怖に怯える。腰を抜かしながら四方に狭い路地、お互いを踏みたおしながら、われ先にと逃げていく。陽気な演説は中断だ。
「魔獣……まさか?」
魔獣は実体のない危険生物だ。獣のような姿をしてるが、OJONⅢに生息する肉を持たないバケモノ一種のエネルギー体であるらしい――という都市伝説を、スラムの住人は信じている。剣や実弾銃は効果が無いが、レーザー銃ならイチコロと。
この星の森は深いがまったくといっていいほど探索が進んでない。毎年数人が森から帰ってこない。おそらく、熊や狼などの獣に襲われたのだろうが、実態は不明だ。生態系は地球に準じてると知っているが、未知の恐怖は不安を掻き立てる。
「やはり大尉!」
おお慌てで人々は、小屋やバラック、露店の屋根の上に逃げたおおせたおかげで、人は数人だけになった。ガラ空きの路地。魔獣の正体が判明。予想したとおりプレーキングドッグのポチ大尉だ。
「大尉どこへ?」
ポチは真っすぐ歩けないながらも、一点をめざして、進み行く。よろけながら真っ直ぐに。迷いのない足取りはまるで、積年の宿敵を見つけた。または、生き別れの懐かしい家族にめぐりあったようだ。
目指す先にいるのは、木箱の上で演説するオーディと呼ばれた少年。目を丸くするに、少年にポチが踊りかかる。
「大尉――っ!」
軍の英雄がのしかかる。弱っていても2メートル巨体に押し倒され、オーディは木箱から転げ落ちた。




