21 ヤンリィ・クーガ
ゴロツキのヤンリィ・クーガがプレーキングドッグを仕留めれば、分け前にあずかれる。 そう考えたジュース売りの女は、アシリレラたちを引き留めた。気づいたアシリレラは戻ろうとしたが、女は腕を掴んで放さない。
騒ぎを聞きつけたスラムの住人たちが、集まってきた。路地は盗賊まがい男たちであふれかえった。
「アシリレラ、行け」
「まかせろ姫っ」
「助けてあげて」
「みんな頼んだ」
アシリレラは、騒動を任せると、群がる男たち踏み越えて路地を駆ける。到着した原っぱの小屋の外はあいかわらずで、積まれたタイヤもバラバラに仕分けされた金属が放置されてる。小屋の中からは、すこしまえの、気色の悪い音とは違う物音がした。
こんな小屋でも人の家。礼儀は尽くさないといけない。踏み込みたい気持ちを押し込んで、中の住人に呼びかけた。
「話がありますクーガさん。出てきてください」
「あん? その声はさっきの。用はねぇ。帰れ」
威嚇なのか声が低い。小屋に入って欲しくないのがありありだ。
「こちらにはあります」
「はいったら殺すぜ。軍人だろうと関係ねぇ」
ヤンリィ・クーガのトーンが一段低くなった。脅しの響きはない。殺したことがある声だった。
「ポチ大尉! いるんですか。返事をしてください」
「犬なんかいねぇ」
硬い金属音がした。銃器をとったに違いない。
浅黒の18歳は、民族に伝わる刺繍の手甲を嵌めなおし、マキリに手を添えた。
『雲より落つつぶらと雲を創る気よ 逢い走りて身にまとえ』
アシリレラはオンカミを唱えながら、長いひさしの下へ足を踏み入れた。外内を仕切る吊り布に手をかけた。
「死ね」
「ウパシレラ」
トリガーに指がかかる微かな異音がしたのと同時に、アシリレラはオンカミを唱え終えた。吊り布の一部が円く燃え、黒い焦げ目をつくった。布を貫いた熱光は、少女の頭も貫通するはずが、そうはならなかった。
熱光のは、雪の粒に歪められて軌道を変えた。斜め後方へ弾き飛ばされ。タイヤに孔をつくった。
無限に舞う雪の粒は、彼女を覆い衣のごとく纏いつく。吊り布は、切れ味の悪い刃物に縦横から斬り刻まれたように、跡形もなく粉々にされた。
「な、なんだおめぇは」
高速で駆け巡る吹雪は、アシリレラをガードする。触れるものを斬り裂き凍りつかせる。
入った中には仕切られていた。作業する土間が手前で、寝所が奥にある。土間にはシートが敷かれポチが倒れていた。偉大な体躯は力を失い、だらしなく開いて口から舌がはみでてる。まともな状態じゃはない。
ポチの周りには、飲み水の皿と食べかけの肉片がおいてある。ほかに、水のバケツと空のバケツがみえた。さらには、ハサミと包丁も。
動物を剥製にするには、内臓・神経・筋肉を取り除き、ほとんどの骨格除去する。そのための道具なのだろう。
「大尉! 生きてますよね」
「……ぉん」
「よかった」
「よくねぇ!」
ヤンリィがレーザー短銃を撃った。ウパシレラの粒はそれを難なく弾いた。
「このっこのっ! なんで当たらねぇ いや、なんで死ななぇ!」
「3、4、5……」
アシリレラは、数をかぞえる。弾倉にこめられる弾は最大で21発。光線が放たれるたび、エネルギーの空薬莢が跳びだして、土間に転がる。
近距離で撃たれた光線は、すべて彼女に命中したが、雪の幕がすべてを弾いた。
カチっ カチっ
「……20、21」
「くそがっ」
21発を使い切った。男は、アシリレラに短銃を投げつけた。彼女の雪幕はそれも防いだが、その隙に男は包丁を握りしめ、動けないポチの喉元につきつけた。
「て、てめぇ人工人間かよ。助けたきゃ来くるんじゃねぇ」
アシリレラは雪より冷めたい瞳で男を見つめた。プレーキングドッグは、戦闘調教師が与えたものしか食べない。そのように訓練される。理由は健康管理と、エサに毒が仕込まれる危険の回避だ。
「ポチっつったな。どうせ英雄にあやかったんだろ」
あやかるどころか当人だが、教えるてやる義理はない。
「聞きたいことは大陸の山ほどありますが。ひとつだけ質問させてください」
「なんだよ」
飲み水の皿と、肉片を示す。
「大尉はエサを食べたんですね。あなたから」
「大尉ね。ご大層に大尉ときたか、しょーもねぇ。オレは昔っから動物にはモテんのよ。いきなり飛びつきかれたんで目ん玉でるくれー驚いたぜ。そんでエサやったら食った。それだけだ」
「食べたんですね」
「ああ」
哀しい光景が浮んだ。想像がついてしまった。この男は写真のイエティに似ている。
ポチはこいつに、主人の影をみたのだ。育ての親の懐かしい姿に、我を忘れて甘えて信じて、食べ物を食べてしまったのだ。
男はポチの気持ちをしらない。イエティ・マッスルアームが去ってから生まれ落ちてるから、父親を知らない。ポチを育てたのが父親――おそらく母親も――とは知らない。
母親の思い出もあやふやな幼少期に、孤児となった男は、小さな悪さに手を染めていったのだ。食えるものは何でも食らって生きたのだ。今度のこともそんなひとつ。
なぜか知らないが、犬が甘えてきた。剥製にすれば売れそうだったから、毒を与えて捕らえた。獲物と同じ。獣を捕まえる罠と大差はない。スラムで生きるために身に着けた技術が、たまたま、無垢な犬にまっただけ。
「……何の薬を盛ったのです。睡眠薬ですか」
男の生い立ちに同情するが、ポチは仲間だ。獲物じゃない。
1時間ほど前。スラムへの道すがら、アシリレラたちは話をしたものだ。
「こんな回りくどいをことしなくても、DNA鑑定でわかるんじゃないですか」
「それっす。英雄なら保存されてるっしょ。取り寄せて、相手のも採取して鑑定してもらえば済むことっしょ」
「もちろん調べ済みだ。いまやOJONⅢの立場は微妙だが、本国の回答があった」
「どうだったんですか」
アシリレラとメアンが拳をグーにする。わくわく。
「無いんだとさ」
「え? ない?」
「英雄たちのDNDは厳重に保管されてる。不法に使用されないよう、ひとつの惑星に一元管理されていたが――」
「いたが? もったいぶらすに教えてください」
モーストの、次の言葉を待った。
「――戦争で、太陽系ごと破壊された」
「はい?」
「うそっ!」
英雄遺伝子について3つの都市伝説がある。
1 小出しにコピーして前線投入していた。
2 貴族が法外な値段で他国に横流ししていた。
3 使うことも捨てることもできず処置に困って塩漬け。
1か2が真実なら、銀河は英雄の活躍にあふれているはずなのに、そうなってない。案外、3の塩漬けがほうが真実だったか。
「遺伝子がわからない。見た目と第3者証言で判断するしかないということですね!」
「素敵! 古代ミステリームービーの捜査法みたいっ!」
「ふたりとも。目的をはき違えてるぞ」
「目的 ですか?」
モーストは、食い気味になってるアシリレラとメアンを冷静に諭す。
「イエティ・マッスルアームは高齢で無くなってる可能性がある、死んでもおかしくない年齢だしな。もしそうなら、次を考えないといけない。誰が大尉の面倒をみるかだ。遺伝なんてどうだっていいことだ。愛着もない血縁だけの人間がいたとして、そいつに大尉を預けたいか」
「睡眠薬? カゼ薬もねーよ。中古エンジンから抜いた不凍液を水がわりに飲ませた。肉はオレのメシだ。うまそーにふつーに食ったわ」
「慕ってきた大尉を殺して剥製ですか。心は傷まないのですか」
「ぜんっぜんだ。心より金。食いもんも女も買える金。そうやって生きてきた。もんくあっか」
包丁に力をこもった。悪びれるところが欠片もない。
ポチはうつろな目でアシリレラを見つめた。
「大尉……」
どうしようもなく悲しくなった。
「どうして、そんな、あきらめた目をしてるんですか。逢いたかった人が別人と気が付かなかった? 騙されて食べちゃった? 自分で情けないんでしょうけど、それがなんだっていうんです。たったひとりで小隊を行動不能にしたあなたは、もういないんですか。それでも英雄ですか」
「犬に言葉がわかるかよ。”それでも英雄ですか”ってハズイいコト吐きやがって」
「生きてください! 私がいるでしょう!!」
「死にかけ犬にしつけーぜ。バカかてめぇ」
ポチは動いた。力をふりしぼって立ちあがった。
「うをんっ!」
百戦錬磨の英雄は、包丁をつきつけて油断する男の腕に、食いちぎり勢いで噛みついた。
「がっはぁ! いっ痛ってぇっ! こいつ! 放せっ 放しやがれ」
大きな隙ができた。アシリレラはウパシレラ解いた。身を低くし、ポチにかぶさりながら、男の懐へと飛び込む。マキリを抜いて敵の腹を一刺し。体重を載せ勢いを駆ったタックルで、突き倒した。
男は頭を土間の柱に打ちつけた。黒い土の上を血流が広がった。
英雄イエティ・マッスルアームと、優秀な部下サリィ・クーガの間に生まれた子供ヤンリィ・クーガはこの世を去った。悲しむ者もなく。スラムの元ロクデナシとして。




