02 英雄ポチ
「ふぉおん……」
ポチは大きくあくびする。
50年といわれる寿命の40年を軍に捧げ、殉職率95%の激務を生きのびた。ポチに感謝した銀河帝国は、穏やかな余生を遅らせることを決める。幼犬の3年を可愛がったパピーウォーカーがOJONⅢにいる。誰に送り届けさせるか。
白羽の矢が刺さったのがアシリレラ。この惑星でのメインの任務だった。
「行きましょうポチ大尉。ね?」
「ほぉん……むにゅむにゅ」
銃弾とビームが飛び交う戦場。往年の戦士ポチ大尉は、状況を理解しない体で寝そべって動かない。アシリレラがうながしても、めんどくさそうに顔をそむけるだけ。
「姫、そんな犬、ほっといて退こうや。実弾はマズイ」
テパ軍曹が、アシリレラの袖を引っ張った。回復オンカミを唱えたメアン・アロージュの兄だ。
「そうはいかない。大尉も仲間だ。ほら大尉ゴーですよ」
「こんな犬が仲間?」
「……ぉん!」
ポチはすっくと立ち上がった。重い体躯をもちあげ行く気になったかと安堵したが。犬はいきなりアシリレラの胸へとびつく。平均的な男性ほどもある体躯。小柄な女性少尉はその重さに負けて、地面に倒された。
「ひ、姫!」
「なんてうらやま……いや、この犬っころが!」
「こいつをどかすぞ!」
側にいた部下たちが、プルートキングドッグをとり押さえようと殺到した。アシリレラたちの頭があった位置を投擲弾が通過したのは、その直後。爆弾は5メートル先に落ちると、コロコロ転がって破裂した。
ズッ……シン
大木の根元が破壊された。高さ20メートルほどの樹齢200年はありそうなみごとな鑑賞樹木が、スローモーションのように地響きをたてて倒れ、整地された硬い地面にめり込んだ。
「……っぶねぇ」
「まさか、この犬がわざとしたのか」
ポチが彼女を伏してなければ、樹木の根元ように粉々になって死んでいた。女性少尉は太めの眉をキリリと寄せ、頭を下げる。
「ありがとうございます大尉。さすがわ往年の英雄この御恩は決して忘れません」
「ふっ」
アシリレラのヘルメットに前足を載せたポチ。恩に着るがよい、と言ってるのだろう。
「この駄犬が。姫から手を降ろせ」
「ぷいっ」
しっぽのひとふりもしない不愛想な英雄犬。だが少女はその足を手に取った。潤ませた上目づかいで静かに諭す。
「早速のお返しです。森へいきませんか。恩人の大尉を安全地帯までお連れしたいんです」
「ふほんっ? おん」
老犬は、高々と鼻をあげる。ぶるぶると体をふって毛についた枯れ枝をふり落とした。今度こそ行く気にさせたリーダーのやり口に、ラメトク曹長が感心する。
「物は言いようっスね姫」
「父上には、よくお菓子で釣られたからな」
「族長らしいっスね」
15人は、ようやく動いた1匹とともに、ブーツに絡まる下生え草を踏み越える。樹々のまばらな自然公園を疾走していく。
派手な交互の斉射が一定の成果をあげてからは、逃走に終始した。
彼らの祖先は長らく森林で生きた狩りの民。居住が戦艦に移ってからも、暮らしぶりは口伝で伝えられた。枝や蔓の罠で敵を翻弄し、あらぬ足跡や落とし物を残して行く手を誤認させる。
銃撃の音が別の方角に遠くなっていく。そのうちついに音は聞こえなくなった。