19 マッスルアームの遺児
テパとメアンが首をかしげた。さすが兄妹である。仕草がそっくりだ。
「聞き違いっすかね姫。イエティ・マッスルアーム准将と聞こたんすけど」
「モースト軍曹はイエティ・マッスルアーム准将と言ったが。それが」
なにをいまさら、と、アシリレラは不機嫌だ。
「じょーだん。ここスラムよ。英雄スタージャッカルの故郷のはずないじゃん。しかもポチの育て親って」
華々しい戦績を治めた戦士だ。群がる女どもを寄せ付けず、独身を貫いた孤高の男。そんな人の生まれが、こんな、ウジ虫がワキそうな不衛生な土地だとは、アロージュ兄妹は信じない。
「だから、かの英雄さまがポチ大尉のパピーウォーカーなんだって。何度も言わすな」
「げええええ」
「うっそーでしょ」
英雄は英雄を知るという。1万歩譲って、ここで生まれたとしても、英雄が育てたプルートキングドッグもまた英雄へ成長したなんて嘘っぽい。ストーリーの素人でももっとマシな設定にするだろう。テパは笑った。
「話盛りすぎっしょ。創作ならヘタっぴすぎ」
アシリレラも説明を受けた時に、同じような印象をうけた。英雄は毎年のように現れては消え、帝国は国民を鼓舞する生贄を欲してる。目立つ功名をあげた英雄は直近の100年で、10人を超える。スタージャッカル-ポチが広報の誇大広告だったとでも驚きはしない。
数々の伝記や証言、記録映像は告げる。スタージャッカルは5本の指に入る正真正銘の英雄。彼に育てられたポチの武勲も数知れず。アシリレラたちは、実力を目の当たりにしていた。大尉は別種族なのに、英雄気質をうけ継いだと断言できる。
「そんな英雄さまの生家がこれかい。スラムになっちまうとは情けない。開発も中途撤退っていうし、もちっと小奇麗にできなかったんっすかね」
「そいつは逆でね」
「逆って?」
「仕事を求めて詰めかけた人々に対し、企業は簡素ながら住宅を提供した。だが事業が廃れた。住宅はさびれスラムになった。そこで生まれた子が、マッスルアームという准将に育った。彼はこの雑多な故郷をこよなく愛し、町の変化を拒んだそうだ。そのせいか町の誰も変化を望まない。ここは、60年以上も昔のスラムを維持してるのさ」
マッスルアームが軍で出世できたのは、オラシオンと無関係だったから。研究街とスラムが共存する、自然豊かな開発途上の惑星。OJONⅢは妙な星だ。
「へぇ、そんな居心地がいいんすかね」
「『住めば都』っていうだろ。俺たちは研究対象だが、生まれ故郷が嫌いじゃない」
「戦場から戦場って、銀河を流浪してるオレらっす。わからん風情っすね」
「じゃ戦艦はどうだ。居住区は、星にいるより落ち着くんじゃないか?」
「そういえばそっす。それはいえるっす」
「それが郷愁という感傷だ。住めば都。わかるだろ」
男ふたりが想い深げに語りあってる間、女性たちは小屋を観察した。
雨風がしのげるくらいに補修を重ねたボロ小屋。だが基礎はしっかり。かなりの災害に耐えられそうだ。補修に使われてるのはいろんな建材のつぎはぎ。素材の質はいい。
「わざと不出来にみせてるな。周りやっかまれないよう、レベルを合わせてるのか」
「身の丈をわかってる男みたいね、姫。稼き先にどう。安定の嫁ライフが送れるかも」
積まれてあるタイヤや金属は雑多なガラクタのようだが、よく見ると、部材ごとに分けて置かれてある。外には大きく重かったり、複数の金属や素材が結合した物。内にいくほどパーツごとに細かく分解され、同じ金属でまとまって箱に収納されてる。価値の違いで分類してるのは素人にもわかる。
「安定か。戦いには飽きた。一考する価値はあるな」
ここの住人は優れた経済性と社会性を併せもってると、彼女たちは結論づけた。すると、ひさしの奥に吊られた扉代わりのムシロがめくれる。住人と思しき男がぬっと顔をみせた。
「人んちの前でごちゃごちゃと。買い取り希望……にや見えねぇな。商売の邪魔だあっちへいけ」
不愛想な男は、まぶしい陽光に目を細める。アシリレラはさっと、敬礼した。
履歴写真のイエティ・マッスルアームの面影があるが、英雄が健在ならば70歳。男は、日焼けや染みや古傷だらけ。歴戦の雄姿にふさわしい渋さがあるが、年齢は40歳くらいだろう。
(外面整形かサイボーグ手術?)
アシリレラはどちらかの可能性を疑って、すぐさま否定した。
外面整形は、高齢化するほど顔面が仮面のように固くなる。年のわりに表情が豊かだ。
サイボーグはなおさら無理。軍務中に怪我をした兵士に適用される手術だが、退官した後は、特定機関でメンテナンスを受けることになる。それ以外での補修もできるが、費用は自腹。一度のメンテで軍の年金1年分がふきとぶ。クリニックが林立する文明の高い惑星ならば多少は安くなる。OJONⅢのような辺境は論外。メンテナンス費が嵩む以前に。そもそも補修できる機関がない。
「私は 銀河連邦軍 第201西方連隊 551大隊辺境中隊 第2情報偵察隊のアシリレラ・セラドゥーラ少尉。そちらは銀河連邦軍マッスルアーム准将のお孫さんであらせられますか」
先日、軍を負いだされた。除名。いや死亡になってるのだが、言うと面倒になるので、現役ということにした。
「銀河連邦軍だ? 帝国軍の間違いだろ」
男は、眩しさに目が慣れると、小柄な女体を見まわした。舐めるような視線にぶるっと首を震わせる。謝りを指摘されたので、所属を正確に言い直す。
「失礼いたしました正しくは銀河帝国連邦軍です。習慣で略してしまいまして」
「かっこいい敬礼ありがとよ。ウーマンソルジャーは好きだぜ。おかずになる」
おかずの意味は、聞かないほうがよさそうだ。下卑た笑みを浮かべた男はもう一度、頭からつま先までじっとり吟味しつくすと、小屋の中へひっこんでしまった。
「あの……」
「ヤンリィ・クーガだ。マッスルアームなんて名は知らん」




