表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポチ大尉のマイノリティ  作者: キタボン
17/23

17 オラシオンの落し子たち



 歩き出そうとすると、一番幼い男の子が引き留められた。おぼつかない言葉で礼をいって、握ったグーをアシリレラの手に置く。


「なにかな」

「へへ。ねずみさん」

「へ……?」


 街中でネズミといえばドブネズミ。汚くてクサくて残飯を漁るだけではなく、雑菌にまみれた小動物だ。バラかれた細菌が人に感染し、数千万もの命を奪った歴史がある。そう学んでる。

 ひと月のあいだの森林行軍でサバイバル気質が身についてるが、それはそれ。教わって刻まれた嫌悪感はぬぐえない。


「むぐっ」


 振り払らいくなるのを、ぐっと堪える。モノをもたないスラムの子供がくれた、心からのお礼なのだ。無下に断ったりしたら、深く傷つけてしまう。


 魔物との戦いより厳しい試練。ひっこめそうになる右手を、左で抑え込んだ。男の子は、アシリレラの手にねずみさんを乗せた。暖かい。生きてるのか。泳ぎそうになる目を向けた。


「……これは?」


 ネズミであってネズミでなかった。生物の体をなしてない、落書きのネズミだった。


「さっきかいたの。すぐなくなるけど、おれー」

「姫。これって……」

「ああ」


 メアンのキタキツネとよく似てる。形ではなく、半透明というところが。


「これはオ……オンカミだ」


 ネズミさんは、1分もしないで光の粒子になって消えた。ポリゴンを投影する極小の玩具があるが、手のひらには何もない。


「あーそんなら、わたしも」「あたちも おれぃ」


 アシリレラたちが驚愕してると、お菓子を貰って解散しかけた子供たちが、また、集まってきた。男の子をマネて、順番にお礼を出していく。


「ちょうちょ」「むかでー」「カラスさん」


 ちょうちょは蛾だった。チョイスがどれも日陰っぽいと思うのは、偏見だろうか。しかし、どれも、何もない空間から作りだしてる。


「モーストさん。いったいどういうことです!?」


 アシリレラはモーストに詰め寄った。オンカミは、オラシオンだけができる魔法呪文。帝国の科学者たちが世代を超えて研究しても、発生原理を突きとめられなかった、摩訶不思議な術。追いつめられ恐れられ、滅ばされる原因となった術。帝国の住人は彼らと交わろうとしなかった。


「こ、ここいらのはみんなできるぞ。大人をびっくりさせたり、小遣いをせしめたりしてたな。トリックかなんかだと思ってたが、オンカミだったのか」


 OJONⅢの住民もおそらく、オンカミ研究のためだけに生まれ、増やされることになったはずだ。


「モーストさんも、ネズミさん出せるんですか」

「で、そんなわけあるか。出せるのはスラムの子たちだけだ。それも誰にでもできるわけじゃ……うーむこれは」


 モーストは黙り込んだ。考えこむように腕を組む。


「どうしたんです。誰にでもできないというなら、この子たちは」

「この子らはハーフだ。みんなとは言わないが親がいない。OJONⅢ出身の誰かと、他所からやってきた誰かとの間に生まれて捨てられたハーフだよ。はは……研究した連中は、帝国はバカを見たな。そんな単純なことでオンカミを手に入れらるとは。理屈にこだわってなきゃ、銀河を席巻する無敵の人類が出来上がったぞ」


 現地兵は吐き出すように言った。はじめは哀し気に、おしまいは自嘲ぎみに。


 子供たちは大人の長話に飽きたようだ。オヤツのお礼も終わったことで、じゃーね。バラックの町を帰っていった。もらたオヤツを食べてから、どこかで待つ”おやかた”に、金平糖を渡すのだろう。


「あ、チロンヌフが消えかかってるよ。いそいで」


 メアンが焦って駆けだす。それはマズイと、テパとアシリレラが追いかけ、事情のわからないモーストが後についた。


 オンカミの根源は2種類。大地や星が生み出す自然エネルギー地魔素(トイレラ)と、体で作られる生体エネルギー体魔素(サンベレラ)だ。どちらでもいいが、継続性の高い探索系はクールタイムが長く連続では使えない。


 探索系のチロンヌフは気まぐれなキツネだ。自分が注目されてないと拗ねて探索を放棄することがある。


 すこし進むと道が無くなった。掘建て小屋とバラックの間の、仕切りのない隙間を露路にして生活してる。


「右も左も軒先っしょ。人んちの庭を歩くみたいで落ち着かんス」

「スラムには地権なんかないだからな。いくつも住処が被ってる」


 住人らはアシリレラらを見て奥に引っ込む。スラムの中でも外と奥では態度が違う。軍人たちは嫌われてるようだ。


「あからさまに嫌われるのは。くるものがありますね」

「やらかしてるヤツがいるしな。奥には店もないから愛想もふらないし。お、キツネがしっぽをふって停まってるぞ」


 モーストの言う通り。古タイヤの積まれた小屋の前だ。キツネは、やる気のない寝そべった格好でしっぽを振ってる。アシリレラに気づくと空中に光になって消えた。


「あれが地図の場所だな。概ね」

「概ね、ですか」

「スラムだぞ。正確な地図なんかないんだよ」

「監視衛星が撮った写真は?」

「連邦軍が正確な最新をよこすと思うか?」


 強引な侵略で版図を広げる帝国は、いつも反乱を警戒してる。タソック恒星系OJONⅢは勢力圏の外周部にあたるだけでなく、エプル協和連邦との境界線上にあった。研究星の住民に正確な情報を与えたくはないだろう。


 小屋の周りに他の建物がない。そこだけ草っぱの広場になって開けている。古タイヤのほか、古びた鉄管や通信線、壊れたエンジン、木箱などが山積みだ。すこしの火の気でも燃え上がるだろう。建物がないのは火事を嫌ってのことか。


「はーふー。空気がうまいっす」


 深呼吸するテパが。ここもスラムに違いないが、空を隠してた軒がないので、開放感が味わえた。


「ここが到着点になる。イエティ・マッスルアーム准将が生まれ育ち、軍の引退後に暮らした小屋だ」


 テパの目が点になった。妹のメアンもだ。


「聞き違いっすかね姫。俺には、イエティ・マッスルアーム准将と聞こたんすけど」

「耳がいいようだな。イエティ・マッスルアーム准将で間違ってないぞ」

「英雄スタージャッカルじゃないの、それ。こんなスラムが生まれ故郷?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ