16 族長の風貌
「ポクナモシリのぉケシタケミアン」
タムウパシがオンカミを唱える。パーテーションエリアにいたオラシオンたちがひとり、またひとりと、固定化から解放されていく。
「……コホッ、」
「ハァハァ……なんだ……敵が現れたと思ったら、目の前が暗くなって」
「族長のポクナモシリに巻き込まれたんだ、なにか感想は」
「そうだったか、二度とごめんだ」
数分ぶり自由となったオラシオンたち。身の感覚と呼吸がおぼつかないがポクナモシリについては知識は持ってる。身体のすみずみまで、酸素をいきわたらせるよう意識して、大げさなくらいに空気を吸い込んだ。
自由を得た人の中には、チンチロリンに興じた、数人の現地兵もいた。状況をつかむ前にラメトクが取り押さえつけたが、必要がないほど憔悴していた。
「うげェ。おぇぇ……」
「ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ……ごぼっ」
ステージ上で四つん這いで震えてる研究員のひとりが、逆襲を試みる。
「これまでの力を隠していたとは。なっ!」
腰のホルスターから銃を抜いて、タムウパシを撃った。ペン先のように細いレーザーの狙いがわずかに外れた。タムウパシの頬を掠った光は、体育館の壁を焼き孔を開けた。
「族長!」
「なんでもないわい」
3人のオラシオンが疾風のように駆ける。研究員を蹴り上げ銃を奪う。頭を床に擦りつけて行動不能にする。
「うが……爪を隠していたのか。その力をもってすれば、一族は衰退はしなかったろうが。何故だ」
タムウパシは首をたおして、うーむと考える様子をつくったが、直ぐに答えた。
「何故だかこっちが訊きたいわ。強いていうなら地魔素に満ちてるからかの。OJONⅢにきてからオンカミの調子があがっとるんじゃ。無限にガンガンいける」
研究員は顔を苦渋に歪ませる。オラシオンを罠に陥れる作戦を立案したのは、参謀のバトローネ・グスル大尉。研究員たちが知らされたのは実行に移されてからだったが、異を唱えるものはいなかった。極限状態に陥った少数民族があがくことで、何かしらヒントが見つかると打算したからだ。
「地魔素は、先任の研究者たちが魔素と名付けた謎物質だな……教えろ、私にオンカミの秘密を……」
作戦が失敗したと知った研究員らは、ミャーサを抱え込んで最後の手段におよんだが、見ての通りだ。自由を奪われた研究員は、それでも探求心を失ってない。飽きれた執着心に、タムウパシは舌を巻いた。
「秘密と言われてものぉ。専門のあんたらに分からんもんが、学のないワシにわかるかよ……それよりも時間は4分を越えたぞ。息ができぬと人は死ぬ。対立するというならこのまま森に逃げるが、どうするのじゃ」
タムウパシが壁掛け時計を見ながらいった。
「て、帝国は、オラシオンを認めない。科学で突きとめられない存在は、あってはならない!」
「ふぅーーったく、平行線じゃの」
ステージ上で組み伏せられた研究員は妥協しない。疲れ切ったタムウパシは、「やれやれ」と大きなため息をついて段ボールベッドに腰掛けた。
呼吸が止まった人間は通常、1分程度で意識障害がおこる。5分以上続けば救命の可能性が25%以下になる。
幼少から海に潜って鍛えた海女でも、獲物を採りに潜れってられる時間は2分から3分。世界的な素潜りでも記録は10分が限界という。この中に、海女や素潜りチェレンジャーがいたとしても、全員ではないだろう。
「隊長さんはどうするよ。ポクナモシリを解かんと、あんたの部下は死ンじまうぜ」
鋭い眼で隊長をにらみつけるタムウパシ。額には脂汗がにじんでいた。ワシは要らない殺しはしたくないし貴様も可愛い部下を殺したくないよな? 心の声が言外にあふれでていた。
「降参するあんたに従おう。もともと私はオラシオンと事を構えるつもりは無いのだ」
「隊長! 捕虜どもに屈服なさるんですか」
ウーリツァは挑みかかるように反論する。
「屈服でない共存だ」
「屁理屈です! こんな、ポチ大尉を独り占めするような奴らなんか」
ウーリツァから飛び出したのはプルートキングドッグの英雄の名。彼女がポチのファンだということはみんな知ってる。モースト軍曹に聞いたところによるとオラシオンの娘ががポチを連れてる理由は帰郷の任務だ。任務を全うする責務などないのにだ。働いてるのは独り占めどころか大尉のため。
「そこまで言うなら責任をとれるのだな。ミャーサ以下50人を見殺しにしましたと、家族に報告する。それだけじゃないぞ。ここにいるオラシオン全員を敵に負かすんだ。俺も貴様の敵になる。それでもいいか」
「そんな……」
私怨でしかない反対意見に隊長はあきれ、情けなくなった。こんな、つまらない言い争いのあいだも、時間は過ぎていってるのだ。
「たのむ族長。部下たちを殺さないでくれ」
隊長は頭を下げた。
「ようやくまとまったか。回復を唱えられるヤツは準備せい。拘束する縄の用意もな。ケシタ」
タムウパシは命令する。その指示は素早く的確。
解放された現地兵の多くは呼吸困難に陥っており、酸素不足のために意識が戻らない者も少なくなかった。オラシオンがテキパキ回復させなければ、半数は死に至るか昏睡状態になっていたろう。
「ふーぅ。どうにかなったな。危ういところで、したくもない殺生をするとこだったわ」
堂々とした風貌。余裕のある行動。味方どころか敵さえ頼もしさを覚えずにいられないかった。隊長は深く頭を下げて、握手を求めた。
「ありがとう族長。帝国軍がこの星を捨てたいま、我々は自由となった。敵対する理由も消えた。願わくば共に生きることはできないだろうか。あなたについていくことを許してもらいたい」
「仲間が増えるのは嬉しいが、いいのかの」
「ぜひとも」
「ならば。これからはよろしく」
族長は隊長と固い握手を交わす。研究員は捕らえられ監禁されることになった。
地球の一地方に『雨降って地が固まる』ということわざがある。別の地方では『After a storm comes a calm.』という。課題は残るがとりあえずの事態は収まった。
(この族長なら我々の問題もも解決に導いてくれるかもしれない)
隊長は心腹するのだが、心のなかを覘けたら前言を撤回することだろう。
にんまりと笑ったタムウパシは、こんなふうに思っていた。
(チンチロリンの負けがうやむやになったわい)




