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ポチ大尉のマイノリティ  作者: キタボン
15/23

15 ウーリツァの失策


 ウーリツァは、医療器オールドクターのある軍の診療所にきていた。心配性な性格なのでいつもは、メンテナンスの完璧な研究区画まで足を運んでるのだが、車でも遠い。どうしても急ぎたい今回は、近場で治療を受けたのだ。腕は9分で治った。


「またこいよウーリちゃん」

「誰がくるか」


 鼻を伸ばす医官にべーっと舌をだして、ウーリツァは、診療所を後にした。

 直情なウーリツァにとって自分こそ正義だ。その時に、思い込んだことが優先され、邪魔する者はすべて悪。


「あの捕虜女。よくも恥をかかせてくれたわね。ポチを独り占めするだけじゃなく、モースト軍曹も垂らしこんで。隊長にいいつけて復讐してやる。連帯責任を追わせてやる。捕虜全員を懲罰だ」


 恨み言をつぶやき、オラシオンを収容してる体育館へと急ぐ。軍用車がいたるところに駐車してるが運転手が固定されてる。交代で登板する伝令や警備任務にないウーリツァには、運転する資格がない。


 市街地は、立方体や直方体の建造物が規律正しく配置され、みどりが多い。惑星人口の9割が集中するが、公害などがなく住みやすい。ちりひとつ落ちてない道を全速力で駆け、目的の学校に到着した。


「なんか変ね?」


 戒厳令が敷かれた学校は閉鎖状態。軍に接収されており、教師や生徒の姿はない。かわって学校にいるのは軍人たちだが、さっきとは様子が違う。


 都合がいいことに、探してた隊長は体育館の外にいた。


「隊長ぉー きいてくださいよ」


 捕虜管理係が詰める校舎玄関の前で、4人の部下たちと難しい顔で話し込んでる。中に入ることをためらっているようだ。誰かやってきた。身構えた隊長だが、ウーリツァと知って緊張を解いた。と同時に落胆をにじませる。


「ウーリツァだけか……まぁいい」

「『まぁいい』ってなんですかっ!」

「しーっ声が大きい。お前でいい手伝え。ちょっと命がけになるが」


 雑に扱われてるのが癪にさわる。ウーリツァは真顔でツッコむ。


「ちょっと命がけ? 飲み屋でひっかけるノリで命かけるんですか」

「あーだこーだと、うるさいヤツめ。もういい」


 隊長は、邪魔だからあっちへ行ってろという意味で言う。

 彼女は、与太話は終わったと解釈すると、ここにきた要求を告げようとした。


「そんなことより捕虜を……」

「捕虜だと。知ってたのか。ミャーサが捕虜虐殺に動いたことを」


 男であったら胸ぐらをつかまれであろう勢いで、隊長はウーリツァに詰め寄った。

 捕虜虐殺とな。まさに自分が頼もうとしたなかで最も凶悪なキーワードである。どうやら言ってはいけない言葉だと気づき、そっと目をそらした。


「あ、へ? ……しりませんけど、み、ミャーサ軍曹がなんですか」


 ミャーサ軍曹は、OJONⅢ女性兵の憧れだ。


 OJONⅢ生まれに許された軍人の地位は最高でも曹長に抑さえられていて、少尉以上の軍幹部はみな、帝国直属だ。

 反乱騒動によって幹部は全員、軌道上の艦船に引き揚げていった。残った軍人は現地生まれだ。


 ミャーサは女性兵のなかではもっとも階級の高い軍曹だ。部隊の枠を越えて多数の兵が心棒する。オラシオンの族長組を捕らえたのも彼女であり、女性からはモーストよりも賞賛を浴びていた。

 性格は真面目で決断が早い。いっぽう。人の話を信じやすく、使いもしない商品をちょくちょく買わされてるお人よしでもある。


「やりやがったんだよ。帝国派に言いくるめられて」

「ほほお……」


 地上にいた帝国関係者も引き揚げたが、どこにも変わり者はいる。10人の科学者が残って研究を続けていた。10人とも熱狂的な選民主義者だ。

 科学者に言いくるめられたのか。迅速に動くかのじょのことだ。体育館は血の海だろう。


「……いいんじゃないですか? たかが捕虜」


 ウーリツァは肩の荷が下りたと感じた。隊長を説得する手間が省けた。


「たかが、ときたか。だからお前はだめなんだ。もっと歴史を咀嚼しろ」

「ガビーン……わたしってダメだったんですか」


 歴史は学校で学んだ。自分たちは、研究されためにOJONⅢに生まれたことも、教えられた。物心つく前から受けてる運動機能や脳波テストに、いらだつときがあるけどそれだけだ。虐待もなく普通にくらしてる。ウーリツァにとっての歴史だ。


「『ガビーン』か。古典漫画に登場する驚いたときの表現だな。歴史を知ってるじゃないか見直したぞ」

「なぜか誉められたーっ」

「しっ。大きな声を出すな」


 隊長はウーリツァの口を押えて鉄のドアに耳をあてた。中の音を探ったが頭をふる。音がなにも聞こえてこない。


「科学者とミャーサたちは50人ほどです。オラシオンは30人以上。推移はどうあれ、無音はへんです」


 伍長が状況を告げる。


「膠着してると考えよう。頭に血が上った奴らを説得する」

「突入ですかこっちは6人ですよ。蜂の巣にされますって」


 ウーリツァが青くなる。一人が発砲すれば、ほかの兵も釣られて撃つ危険がある。見知った顔だけだとしたって、頭に血がのぼった人間は理性がとんでる。突入は命取りだ。


「武器などもたないさ。バンザイして、正面からいけば大丈夫だ」


 隊長と4人がもろ手を挙げて、下げた。まるで売れない集団芸だ。潔く散る未来しか見えない。


「わ、私はイヤですからね」


 ウーリツァは銃を胸に抱いて尻込みする。身体を震わせ恐怖の色を浮かべた。


「敵前逃亡は銃殺――と言いたいところだが強制はしない」


 隊長は「いくぞ」と先陣を切って両手をあげると、部下にアゴをしゃくった。一人が厳ついノブにてをかける。ウーリツァは去ろうとした。しかし彼女が逃げるよりも早く、ぎーっと金属が擦れる耳障りな音が響いて、扉がゆっくりと開いた。


「ちっ、巻き込むなんてズルいです」


 悪態をついたウーリツァは、引き込まれるように内部を凝視。あたりまえだが人の姿が見えてくる。人数分の簡易ベットと、それを仕切るパーテーションの合間に戦闘服を着くずしたオラシオンが、困ったように立っている。それを、銃を持ってとり囲む仲間たちがいる。


 80人以上がいる。子供もいる。だというのに声も音もなく、動きが感じられない。時が止ったように、静かだった。仲間たちは棒立ちになって、動かない。この場で指揮をとる立場もミャーサもだ。


「よかったミャーサ。虐殺は思いとどまったようだな。おい? ……なぜ、黙ってる」


 ほっとした隊長が手を下ろして呼びかけたが返事がない。目も動かず同じところをじっと見続けてる。6人は警戒の色を強めながら、足を踏み入れた。死傷者はいないようだが、安堵する空気じゃない。


「隊長、あそこを」


 ウーリツァは自由に動いてる人間をステージ上にみつけた。白衣を着た2人は研究室をたばねる所長と補佐だ。腰が抜けたようにへたり込んで、歯をガタガタ震わせていた。


「舐められたもんじゃの。プルートキングドッグを遠ざけりゃ殺るとおもったか」


 老人の声がした。オラシオングループの中からだ。もろ肌脱ぎでベッドに胡坐をかいた族長のタムウパシが、腰を抜かした所長をあざわらってる――というより、困った笑いを浮かべていた。


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