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ポチ大尉のマイノリティ  作者: キタボン
14/23

14 スラムの子たち


医療器(オールドクター)は10分で治す。そんくらいの苦痛は、ガマンしとけ」


 通称医療器(オールドクター)。完全治療回復機構器は、病気や怪我をたいてい治す万能の治療マシンだ。バイオと医療と感染対策という複雑な機構を背負ったぶん、装置はとてもデカい。2階建て住宅ほどで重量は30トンもあるが、これでも従来の5分の1と小型。


 幕僚は満足できず、戦場で人が運べる大きさにせよと命じた。人間のオラシオンにできることが科学でできないのかと、怒りをこめる。

 技術陣の首が数人、物理的に飛んだが、コンパクト化は限界だった。持ち運べるサイズは、100年たっても実現できてない。


 オンカミ解析は科学者の悲願だった。たとえば『チュプポッケ』なら人員だけで怪我が治せる。成し遂げられなかった彼らの恨みは深い。


 ウーリツァは苦痛に顔をゆがめた。「しね」悪態を吐く。モースト軍曹に折られた腕をかかえて去った。姫がひとりごちる。


「積み重ねが、オラシオン憎しになっていったのかもな」

「ん? あいつはポチ好きなだけで、俺らと関係ないっしょ」

「どうだかな」


 パンっ。


 モーストが手をたたいた。沈んだ場の空気を変えようと、彼なりの気遣いだ。


「それではポチ大尉のご家来さま方。ご主人さまをおいかけましょう」

「……俺たちちゃ、ポチの家来じゃねーんっすけど」


 わざとらしくへりくだるモーストに、テパがぼやいた。




 移動は歩きだ。あふれるばかりの自然豊かな星は、街の中にも景観という形で自然を残す。かいがいしく管理するライフユニットのおかげで衛生管理もいきとどく。遥か昔の物語りにあった未来都市の理想形が、ここにあった。


 しかし。体育館からしばらく歩き、ライフユニットの管理から外れると、景色はがらりと変容する。町は、そこで線を引いたように荒れている。ライフユニットはプログラムの範囲でしか活動しない。文字通りの線引きである。


「これは、ひどいっすね」

「ポチ大尉はこんな場所で育ったのか」


 線外にある町は、町の体をなしてなかった。


「こっからスラムだ。絡んでくるバカもいるから、目は合わせるな」


 打ちっぱなしのコンクリートや煉瓦の壁に、廃材の屋根をのっけただけの、バラックがひしめく。れでいながら、あちこちに、4階建てや10階建ての、旧世代建築マンションが屹立する。一番高いのは20階を越えている。


 人は多いが覇気がない。働き盛りの大人が壁に背をあずけてうごかない。窪んだ目でじっと、アシリレラたちをみる。ネズミに食われたのか小動物の死体にハエが群がる。骨が剥き出しで腐っていた。


 並んだ店はどれも、天幕をかけた簡素な露店。食材は新鮮そうだが買う客はまばら。丸椅子に根を張った売り子は、声もかけない。


 食材の匂い。小動物の死骸。それになにか悪臭がまじって鼻をつく。胃のものがこみあげそうだ。


「……ずいぶん極端な都市設計っすね」

「そうだな。ビル建ててほったらかし。それもピンポイントで、他は関知しない。地上げ屋の仕業か。いや、それなら一帯を買いあげるか」


 率直なテパ感想。アシリレラは、思いついたままを口にする。


「OJONⅢに都市設計もなにもない。言った通り、先祖は研究目的でどっかの遺伝子から産み出されたんだからな」


 モーストが、つまらなそうにビルを見上げた。建設の中途でなげ出された物件もある。完成したビルにも、まともな人間は住んでないようだ。インフラが生き届かない。水道が整備されれないから飲める水もない。機能を失った高層住宅より、平地のあばら家のほうが水場を探せるだけマシだった。


「ならこの町は?」


「リゾート開発だったそうだ。自然は豊かだからな。目を付けた企業が金持ちを呼び込もうと建てた。労働者が増え、そこに、一山あてようとした連中がおしかけた。で、うまくいかずに企業が撤退。帰るに帰れなくなった貧乏人が山と残って、スラムになった」


 メアン一等兵が憤りをみせる。ヘルメットからはみ出たツインテールが揺れた。


「そんなところで、プルートキングドッグのパピーウォーカー? 大事な戦力をこんなとこで育成って、軍はバカなの?」


「パピーウォーカーは軍のエリート様。その人の故郷がここだったとかなんとか。履歴にそうあったが。少尉も知ってるんじゃないか」

「一通りは。実物をみて驚きましたがどうでもいいです。大尉を探しましょう」


 アシリレラは言葉を切ると、メアンに命じる。「街中だが頼めるか」


「いけるよ姫。『気まぐれな狐よ 我が行く道を教えたまえ』 チロンヌフ 」


 メアンがオンカミを唱え、半透明のキタキツネが出現する。住人たちが驚いた。気持ち悪がって何人か売り子が逃げた。キツネはかまわず、クンクン嗅いで地面をたどる。ゴミの散乱する路を細い足で、ちょちょこ歩く。


 アシリレラたちが追いかける。


「キュイ」


 キツネは辻まで進むと、留ってメアンをふり返る。鼻先が左を向いてる。


「あっちだな」

「すげーな。俺がもらった目的地にむかってる。さすが英雄さまだ」


 モーストが感銘をうけてる。辻までいくと、子供らが囲んできた。ぼろをまとった子供たちが4人ばかり。モノをねだりにきたのだ。


「なんかくれ」

「ちょうだい」


 汗と泥の混じった酸っぱい臭いがした。


「あっち行け。やれるもんはない」


 モーストは銃先をふって威嚇した。子供は逃げずに手を出した。


「な、なにもないと、おやかたに、ぶたれるんだ」


 にまーっ。年長の少年の顔がひきつった。どうやら笑い顔らしいが、強張りがひどくて、笑顔になってない。見れば手足はあざだらけ。


 少年は、アシリレラにじっと見つめられると、笑顔を消した。頂戴と出した手を背中に隠してうつむいてしまう。まともな物を食べてないようだ。身体が、がりがりにやせてる。のだろう。囲んだときの歩きかたも、力なく無気力だった。


「メアン。ポケットにあるオヤツを渡してくれ」


 アシリレラはそうメアンに命じると、子供たちと同じ目線までしゃがんだ。メアンは、目を泳がせて膨らんだぽけっとを隠した。


「え。は? 姫。そんな持ってないよ」

「以前、私にくれたことがあった”補給品から掠め取った加給食”のことだ。ところでラメトクの了解はとってるのか」


 食糧や消耗品はラメトクの担当だ。戦場での食糧不足は死に直結するので、バレたらキツーくお仕置きされる。


「後で食べようと思ったのに……」


 メアンはしぶしぶ、ポシェットを開いた。至急されたポシェットは内容が決まっていて、包帯やミニライト、ナイフなどを仕舞うことになってる。中からでてきたのは飴、カルパス、チーズ、乾パンといった食糧だけだった。


「これをあげよう。わけて食べるといい。親方には金平糖だけで十分だ」


 古代からの伝統食だ。一人分の乾パン袋には金平糖の小袋が封入される。甘みが欲しくなったときにちょうどいい量なのだ。


 子供たちが満面の笑みを浮かべて食い物を分ける。小さな囲いが解かれた。オンカミのキツネがアシリレラたちを待ってる。


「ありがとおねえちゃん。これおれー」


 歩き出すと、一番幼い男の子に引き留められた。おぼつかない言葉で礼をいって、握ったグーをアシリレラの手に置く。


「なにかな」

「へへ。ねずみさん」

「へ……?」



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