12 パピーウォーカーの人はいま
「体育館は、あくまでも一時的な収容所だ。近く幹部用の住居を提供できるから、期待してまっておけ」
モーストの話を聞いたアシリレラは、不審な匂いを感じとった。待遇があまりにも良すぎる。
「ずいぶん至れり尽くせりですね」
ポチの活躍により優位な戦況で降伏することができた。悪辣な環境にならないだろうと踏んでいたが、所詮、立場はたかが捕虜。この、下にも置かない好待遇はできすぎで、アシリレラは裏を疑う。
「反乱の件。収束していないのですか」
父とアシリレラの2班は、反乱の疑いあるOJONⅢに降ろされた。ところが反乱の実態はなく、最後の一人までオラシオンを消すための罠だった。
そこでアシリレラは、モーストに提案した。
『アシリレラ隊は全滅した』と軌道上の艦隊に通信し、SNSには『OJONⅢに反乱の意思はない』と投稿してみては。
その後モーストから、帝国は惑星の人民を滅ぼしたがってると聞かされても、世論を味方にできれば軍だって手出しができなくなる、と考えた。反乱の件がうやむやになれば、平和な暮らしが惑星に訪れる……はずだった。
「提案どおりにやってみたが、情報戦で負けた。すまん」
「情報戦ですか」
「そうだ。こちらの宣言は、あたかもフェイクであるかのように印象操作された」
モーストは、手持ちのスマホにその映像を映す。アシリレラは感嘆した。
「これは……上手い」
OJONⅢ兵が、帝国が派遣した役人を虐殺してるニュース映像だった。AIに作らせた虚偽の動画だろうけど、市民が隠し撮りした緊迫感あふれる映像は、非常に説得力がある。これは、疑いは晴れないどころか、OJONⅢを潰せと世論が炎上してもしかたない。
家族を連れて星から避難した、軍人、役人や科学者たちへのインタビューもあった。答えは当然、OJONⅢでの恐怖体験。
議会は増兵も検討してると、アナウンサーは報じる。もはや戦闘は避けられない状況だった。会った現地部隊の中には、少尉以上の幹部がひとりもいなかった。幹部はすべて派遣された帝国兵で固めていたのだ。
状況を理解してるアシリレラでさえ信じたくなる。練られた構成に感心してしまった。
好待遇の謎はこれのようだ。
「兵がひとりでも欲しいんですね」
「あんたたちの腕が欲しい。喉から手がでるくらいな。いまなら出世は思いのままだぜ。望めは将軍にだって就ける」
正直、アシリレラは、戦いにうんざりしてる。戦果をあげて幹部になったのは、出世して散り散りになった仲間たちをひとつ隊に集める権力を欲したからで、出世欲などまったくない。
オラシオンの地位が高まれば、一族の安寧が望めるとも思いもあって、作戦には積極的に挑んだこともあったが、いまは戦う意味は無い。
こうして降伏したからには戦争なんか忘れたい。古の祖先とおなじに、のんびりとその日暮らしの狩り生活をしようと、わりと本気で考えていた。手つかずの自然が豊富なOJONⅢなればこそ、その夢はかなう。
だが。
モーストの懇願は聞き入れるほかない。下手にみえても多勢に無勢という関係は変わってない。従わなけえば、よくて最低ランクの収容。悪ければ、帝国のエサとして放り出される未来が目に見える。小さなアシリレラから、大きなため息が漏れる。
「……人生うまくかない、ものですね」
言葉にはしないだけの分別はモーストにもある。「まったくだ」とだけ、つぶやいた。
仲間のオラシオンたちが聞き耳を立ててる。広い館内に子供たちの笑い声だけが、響きわたっていた。
「話は変わるが。ポチ大尉のパピーウォーカーの名前な。確認したいから、もう一度、おしえてくれ」
自分のことだと気づいたポチが、片ほうだけ耳を立てた。館内に騒がしさが戻る。長が万歳の格好で床にひっくり返った。ちんちろりんで、完全に負けてしまったのだ。ざまみろ。と、少女は舌を出す。
「ざ、なんて?」
「あ、いえ。イエティ・マッスルアームさんです。この惑星の出身で帝国兵。准将までいったひとで、退官後に帰郷したと聞いてます」
「マッスルアーム。うむもらったメモと一致だな。もっとも一回聞いたら忘れないすげぇラストネームだが。住んでるところがわかってる。案内するがいいか」
「いまからですか! よかったですね大尉」
「うぉん?」
だがモーストは、これまでで一番浮かない渋顔をつくった。
「……よかったかどうか。まぁ行こうぜ」




