精霊さまと誕生日
「欲しいものですか?」
俺の質問にキッチンに居る涼風がそう聞き返しながら青藤色のロングヘアをなびかせて振り向いた。
「ああ、涼風あともう少しで誕生日だろ?確か1週間後だったか」
今日は10月の13日。涼風の誕生日は丁度1週間後の10月20日だ。
なので涼風の欲しいものを聞いて、日頃の感謝と共に誕生日プレゼントとして渡そうという魂胆である。
「そうですけどなんであなたがそんな事を知っているのですか?」
「この間、涼風が少し席を外している間に机の上に開いた手帳を見つけてな、そこに涼風の誕生日の日にちが書いてあったからだ。だから調べた訳でも無い」
「別にそんな事初めから疑ってなどいないですよ。欲しいものですか…」
「なんでもいいぞ、アクセサリーだったりハンカチだったり消耗品でも構わない」
俺がそういうと、涼風は目を閉じ5秒ほど考えた後俺の方を見つめてきた。
「それでは『月城さんを1日好きに出来る権利』がいいです」
涼風の事だから「新しい調理器具が欲しい」だったり「消耗品のハンドソープ」だったりを言うと予想していたのだが、その想像など軽々吹き飛ばすような衝撃の要求だったのだ。
「…本当にそれでいいのか?」
「はい、私がいいと言っているのだからいいのです」
「そうか、それならいいんだが」
「それでは来週のの土曜日に早速使ってもいいですか?付き合って貰いたい場所があるので」
「ああ、問題ない」
「では来週の土曜日は予定を空けておいてくださいね」
俺涼風の意図が全く理解できないまま、涼風の指示に従った。
× × ×
「…付き合って欲しい場所ってここかよ」
「ええ、やはりここで買い物をするとなると人手が必要となりますから。こういう時に使うのが徹作かと思いまして」
約束の土曜日、俺と涼風は大型のショッピングモールに来ていた。
どうやら涼風の付き合って欲しい場所はここらしく、恐らく俺を呼んだ理由は買いすぎた荷物を持ってもらうことだろう。
確かに賢い使い方だとは思うが、果たしてこの為だけに使う必要があったのかというのが謎だ。
「なあ涼風、この事だけに一日券を使っても良かったのか?別に頼まれたならこれくらい普通に手伝うけど」
俺が涼風にそう言うと、涼風は小さい体をくるっと半回転させこちらを向いて話し始めた。
「今日は私へのご褒美なんですよ?月城さんの時間を使っているのですし、何しろ私自身がとても楽しいと思っているのでこれは使う必要があるものなのです」
「…わかった。じゃあその指示に反抗せず従うよ」
「よろしい」
クスッと笑う涼風を見て少しドキッとしたものの、表情は変えないように意識をしながら先を行く涼風の後を追った。
× × ×
「月城さん、どちらの方が似合うでしょうか?」
涼風は俺に見せるように右手の可愛らしいワンピースと左手のボーイッシュな服を交互に合わせている。
ワンピースを合わせた涼風はまるで本当の天使のように可愛らしく、ボーイッシュな服だとスタイリッシュでかっこいい様子だ。
「そうだな…涼風はかっこいいより可愛いや美しいイメージだからな、ワンピースの方が似合うと思うぞ」
「そ、そうですか…ではこちらにします…」
俺が涼風の質問に答えると、涼風は顔を赤くしながら手に持ったボーイッシュな服を戻し、ワンピースをレジの方に持っていった。
こちらから見える限りでは、耳が少し赤くなりどこか機嫌が良くなっているようで、若干足取りが軽いような気がする。
普段はしっかりして大人っぽい涼風の子供っぽい1面を知れた事はとても嬉しい。
「月城さん、それでは行きましょう」
俺が心の中でそんな事を思っていると、レジで会計を終えた涼風が紙袋を持って椅子に座っていた俺の前に立って居た。
俺が涼風をじっと見上げていると、涼風は不思議そうに俺を見た。
「どうしたのですか?そんなに俺を見つめて」
「いや…涼風もやっぱりオシャレに興味あるんだな」
「失礼ですね。私だって年頃の女の子ですよ?これくらい当然です」
涼風は少し不機嫌になりぷいっとそっぽを向いた。
× × ×
「これからどうしますか?」
俺と涼風は初めから考えていた予定を終えてショッピングモール内を歩き回っていた。
時刻は15時頃、帰ろうにも少し早めの時間なので俺たちはこれからどこに行こうかと考えているところだ。
「う〜ん…そうだな…ここなんかどうだ?…って涼風?」
俺がパンフレットにあった店を指さして涼風に見せよとすると、さっきまで隣にいた涼風はいつの間にか少し後ろにあったアクセサリーショップの店前にある棚を見つめていた。
俺が涼風の近くに行くと、その目線の先には鮮やかなピンク色に輝くネックレスが1つあった。
「そちらトルマリンを再現した模造石のネックレスです。お客様1度ご試着なさいますか?」
「え、いや、大丈夫で…」
「1度付けてみたらどうだ。とても似合うと思うぞ」
俺が後ろから話しかけると涼風は少し驚いた顔をして振り向いた。
おそらく涼風が止まっていることに俺が気づいて無いと思ったのだろう。
「それでは…着けてみてもよろしいですか?」
「もちろん大丈夫ですよお客様。それではこちらをどうぞ」
このアクセサリーショップの店員の女性は、涼風が見ていたネックレスを手に取りケースに入れて涼風の前に置いた。
涼風はガラスのケースから出されたネックレスを見てさらに目を輝かせている。
「お客様」
「はい」
「私がお付けするか彼氏様にお付けして頂くかどちらに致しましょうか?」
店員さんからとんでもない一言を言われたような気がした。