精霊さまとご友人
「明日の放課後は蒼真や七瀬達と遊んでから夕飯そのまま食べてくるんだが、涼風は今日の夜はどうする?」
俺はソファで紅茶を飲んでいる涼風にそう質問した。
涼風に料理を教えて貰うようになって早1週間。
徐々に料理の楽しさが分かってきて色々と作るようにしているがやはり涼風には到底及ばない。
今までの経験を考えてれば当たり前なのだが。
「明日ですか?月城くんがご友人と遊びに行くなんて珍しいですね。普段はずっと家に引きこもっているのに」
「一言余計だ。それで、涼風はどうする?」
「私ですか?私は…久しぶりに友人を食事に誘おうかなと思います」
「…涼風、友達居たんだ」
「そちらこそ一言余計です」
涼風は少し不機嫌になり、頬を膨らませながら俺の方からぷいっと視線を外した。
俺は涼風が本気で怒っている時はこんな反応をしないと知っている為、この光景を見てとても微笑ましい気持ちになった。
× × ×
『第6回!カラオケ大会〜!!』
うちの学園の生徒8人が集まっているカラオケボックスで、今回の主催である蒼真がマイクでそう言うと謎の拍手が沸き起こった。
「第1回から5回まではどこに行ったんだよ」
「そんなものはそこら辺にポイした」
「ポイ捨てはやめろ、拾いなさい」
俺と蒼真がいつも通りの変なボケと変なツッコミを繰り広げると、生徒達はそのやり取りを見て笑っていた。
「いや〜まさか月城がそんな風に喋る奴だとは思っても居なかったよ」
「こいつは学校ではクールぶってるけど、普段はそんな事は全く無いような面白い男だぜ」
1人の男子生徒が俺に話しかけてくると後ろから蒼真が体重をかけてのしかかり、全てを知っているかのように話し始めた。
確かにうちの学園の中でも、俺とプライベートで交友のある珍しい奴なのでそこは否定しない。
だが
「クールぶってるは余計だ。別に意識してクールぶってるつもりも無いし、そこまで人と話す事が無いから話してないだけだ」
「またまた〜本当はかっこいいと思ってるくせにぃ〜」
蒼真が俺の肩の上で「おりゃおりゃ」と言いながら俺の右頬を人差し指でグリグリしてくるので、俺は蒼真の頭をちょっと強めに殴り肩から降ろした。
蒼真は頭を抱えながら椅子の上でゴロゴロとしている。
「いってぇ〜!!要〜そこまでする必要は無いだろ〜」
「うるさいな、そんなに人の頬を触りたいのならお前のご自慢の彼女にでもしとけ」
「誰が触りたいと思って男の頬を触るかよ」
「今の発言1分前に戻っても出来るのか?」
「無理」
俺がした質問に、蒼真は潔く即答した。
「まぁ実際の所、自慢の彼女というところは否定しない。むしろ大大大肯定だ。しかしな…恋人だからといってどれだけ触ってもいいと言うわけでは無いのだ!!」
「なぁ、ちょっとジュース入れに行こうぜ」
「お〜そうだな。行こうぜ」
「無視すんな!」
俺はいつも通りに彼女自慢を繰り広げている蒼真を無視して、隣に座っていた男子生徒をドリンクバーに誘ってそそくさその場から退散した。
あの自慢はあのまま聞き続けたら5から10分程はあの調子が続くため、即座に逃げるか早々に話を切り上げる必要があったという訳だ。
× × ×
「いや〜歌った歌った!」
「お前は終わりが近づいてくると国歌を入れるのやめろ」
「やっぱり国歌斉唱は大切だよ、国民として!」
「そういうところは無駄に愛国心あるのな」
「半分くらい遊び心だけどな」
カラオケは2時間程で切り上げ、この後の夕食は『全員で予め決めていたファミリーレストランにしよう』という事で、現在近場にあるファミリーレストランに向かっている。
近場も言っても歩いて3分程掛かるのである程度距離はある。
少し憂鬱になりながらも歩いていると、1人の男子生徒が急に声を上げた。
「お、おい!あれって精霊様じゃないか!?」
「うわぁ、精霊様だ。ここから見てもすごく綺麗〜」
その言葉に反射するように顔を向けると、友人2人と楽しそうに歩いている涼風を見つけた。
涼風は男子生徒の声に気づいたのか、こちらを見ていつも通りの精霊様の笑みを浮かべたのだが、その中に居る俺の姿を見てどこか驚いたような顔を一瞬した。
するとその瞬間、俺のポケットに入っていたスマホが鳴った。
浮かび上がった画面を見ると、涼風から「何故ここに居るのですか」というメッセージが届いていた。
俺が涼風とのトーク画面を開き、「俺に言うな」と返信を送ると、怒っているクマのスタンプがひとつだけ送られてきた。
「なぁなぁ月城。本当に精霊様可愛いと思わないか」
隣から男子生徒が話しかけてきたので、俺は急いでスマホの画面を消してポケットにしまった。
俺が涼風と仲良さそうにメッセージのやり取りをしているとバレたら、とてもめんどくさい事になるのは目に見えているからだ。
「確かに可愛いけれどそれ以上の事を考えているんだったら無駄だから諦めた方がいい」
「そんな!別に精霊様と付き合える確率が何倍になるシチュエーションがあるかもしれないだろ!!」
「0に何をかけても0だぞ」
「ひっど!」
俺は架空の妄想をしている男子生徒に現実を突きつけた。
正直、涼風と付き合おうって言うのならまずは涼風の考え方を変える必要がある為、奇跡では到底無理なのだ。
俺はそんな男子生徒を哀れだなと思いながら、涼風に「また今度ゆっくり話そう」とメッセージを入れてもう一度スマホをポケットにしまった。