精霊さまと恋愛事情?
「…苦かったです」
「ごめんって」
「別に月城さんを責めている訳ではありませんよ」
涼風はずっと少し顔を歪ませている。
よっぽどさっき飲んだコーヒーが苦かったのだろう。
そういえば涼風がコーヒーや苦めの物を食べたり飲んだりした所を1度も見ていない事を思い出した。
「別に苦いのが苦手なら無理して飲まなくても良かったんだぞ?」
「やっぱり苦手な物はチャレンジしたいじゃないですか。それに月城さんがあまり苦くないと仰っていたので」
涼風は俺が想像していたよりもアグレッシブな性格をしているようだ。
× × ×
「はぁ〜疲れた〜」
俺は家の中に戻ると早々に、リビングに置いてあるソファに座り込んだ。
久しぶりに何時間も歩いたので足の疲労が溜まっている。
「お疲れのところ悪いのですが、お肉などは冷凍する必要があるのでお手伝い頂けますか?」
「ああ、悪い、俺の家の冷蔵庫だから俺がやるよ。涼風も疲れただろうしソファで休んでいてくれ」
「そうですね、私もここまで足を使ったのも久しぶりですしお言葉に甘えさせてもらいます」
俺がキッチンに居る涼風の元に行きそう言うと、涼風は俺の提案に素直に従いリビングのソファに座った。
あまりそうには見えなかったが実は相当疲れていたようだ。
俺はそんなに涼風の様子を少し気にかけてつつ、今日買ってきた物の開封を始めた。
「なぁ涼風」
「はい、どうかしましたか?」
「まな板や包丁自体を置くことは出来たのだが、今日の夜用の肉はどうする?」
「まだまだ時間はありますから一旦野菜室にでも置いておきましょう。あ、野菜室は1番下の段ですよ」
「バカにするな、それくらいは分かってるっての」
「ふふ、もし分かっていないのなら教えてあげようという私の思いやりですよ」
涼風は俺の言葉に笑うようにして返事をした。
実際ここは俺の家だし、家電だって今まで使用してきた物なのだからどのようにして、どこに何があるのか。位は普通に分かる。
というか分からなかったら一人暮らしだなんて許されるわけが無いのだ。
涼風は俺とのやりとりが終わると、手に持っている携帯に目を落として何かをやっている。
涼風がゲームをするとは思えないので何か本を読んでいる、や電子参考書を見ていると言ったところだろう。
こちらから眺める横顔も凄く綺麗で、自分と同じ人間だとは到底想像も出来ない程に顔立ちが整っている。
女子達が羨ましいと嘆き、男子達が皆揃って1度は惚れるという理由もよく分かる。
俺が涼風を眺めていると、涼風はソファから立ち上がって台所の方に来て、俺に携帯の画面を見せてきた。
「見てください、月城くん!!このお店のケーキ美味しそうじゃないですか!」
涼風は目をキラキラさせながら、チョコやイチゴのオシャレなケーキが沢山並んでいる駅前のケーキ屋の紹介画像を見せてきた。
その光景はまるで好物を見つけた子犬のようでとても可愛らしかった。
俺は涼風がそのケーキを食べたいのかと思ったので、涼風に質問してみた。
「どうした涼風、それ食べたいのか?それなら今度帰り買ってくるが」
「いえ、これを見ていたらチョコレートケーキが食べたいなと思ったので作ろうかなと思いまして」
涼風の口から出たのは、想像の斜め上を行く回答だった。
『ケーキ屋のケーキ』では無く『ケーキ屋のケーキを真似して、自分で作った物』を食べたいと言うのは流石の涼風と言ったところだ。
「でももし買ってきて頂けるのでしたら、お言葉に甘えてお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんだ。涼風には色々とお世話になっているからな、これくらいはさせてくれ」
「ありがとうございます。それでは私はこのチョコレートケーキお願いします」
「じゃあ明後日の放課後に買いに行ってくるよ」
俺はそう言うと早速お店のホームページを調べた。
× × ×
「そういえば気になってた事が」
「どうしました?」
俺は鍋の中で肉を焼いている涼風に、ふとした疑問を投げかけてみた。
それは学園の他の生徒も気になっている内容だと思う。
「なんで涼風は恋人を作らないんだ?そんなにモテるのなら作りそうなものだが」
「恋人を作らない理由、ですか。では逆に質問ですが私に恋人が出来たと知られたら周りはどうなると思いますか?」
「…涼風を好きだった親衛隊的な奴らが、その男を取り囲んでとんでもない事になる…ということか?」
「つまりはそういう事です。それに今は特段好きな男性の方は居ませんから」
確かに学園には涼風の親衛隊(非公式)が存在し、初めは涼風に危害が加わりそうな時に守るためだったのが最近はエスカレートし、涼風に告白をするような奴も問答無用で詰められているらしい。
そんな中で涼風が恋人を作ったのならば親衛隊達は必死に探し回り、息の根を止める勢いで追い詰めるだろう。
そんな事は目に見えているのだ。
と出来上がって皿に盛り付けられた生姜焼きとキャベツを眺めながら、俺はそう結論づけた。