精霊さまとアールグレイ
「自宅には調味料は置いてありますか?」
「ああ、醤油と塩、胡椒くらいなら置いてあったはずだ」
「…つまりほとんど無いということですね」
俺は現在涼風とスーパーマーケットに向かっている。
しかし先程の恐怖心がまだ残っているのか、涼風との距離が少し近い様な気がする。
やはり心細い時には人肌恋しくなるのは涼風も変わらないようだ。
「涼風」
「はい?」
「今日の夜に作るものが決まっていないと何を買えばいいのか分からないから、まずはそれを決めないか?」
「大丈夫です。今日の夜は生姜焼きを作るとあらかじめ計画してありましたので、調味料類と使う用の食材だけを買っていけばいいです。あ、月城さん、今日はカップ麺の購入は禁止ですよ」
涼風は俺の方を向いて少し睨むような目で見つめてきた。
よっぽど昨日の買い物が衝撃的で到底理解の出来るものでは無かったのだろう。
「もちろん買わないよ。まだ家に沢山あるし何しろ料理をするなら無駄な出費だろ?」
「そういう事です。とりあえずこんな雑談はこの辺りにして早く選びに行きますよ」
「ああ、わかったよ」
俺は涼風の忠告にきちんと返事をしてから先を行く涼風の隣に行くべく、早歩きで歩き始めた。
× × ×
「ひとまず何を買いに行くんだ?」
「そうですね…それじゃあまずは今日の夕食の材料から揃えましょうか。生姜焼きなので薄切りのお肉とキャベツ、後は薄力粉と生姜と料理酒、ごま油くらいですかね。醤油と砂糖に関してはもう自宅にあると思いますし」
「醤油と砂糖か?それならうちにあるな」
「それでは決まりですね」
俺と涼風はまず初めに精肉コーナーに向かった。
精肉コーナーには俺の腰辺りから頭の辺りまでの高さの保冷棚に、ズラっと赤いパック肉が並んでいる。
「う〜ん。正直な所を言うと少しでも良いお肉を使いたいのですが出費の問題もありますしこちらにしましょう」
涼風は国産と外国産の肉をじっくりと見て悩んだ末に、外国産の肉を手に取った。
涼風が言うに「国産のお肉は品質がいいのですが高いです。なので出費を抑える為に、外国産のお肉を買うことが多いですね」という事らしい。
それから俺達は必要な調味料や材料を買い揃えてスーパーを出た。
朝の9時に家を出たはずなのに、現在の時刻はもう午後の1時半、絶妙にお昼時が過ぎた時間だ。
「涼風、もう昼時も過ぎたがお昼はどうする?」
「今普通に食べてしまうと夕食が食べれなくなる可能性があるのでどこかカフェに寄って行く、くらいにしましょう」
「そうだな、それじゃあ俺のおすすめの所でいいか?」
「ええ、案内をお願いします」
俺は涼風を連れてお気に入りのカフェに向かった。
位置はスーパーマーケットからおおよそ3分くらいで着く位置にある。
レンガ造りのどちらかと言えば喫茶店に近いような雰囲気のレトロなカフェだ。
濃い色の木で出来た扉を開けると「チリンチリン」という鐘の音と一緒に目に映ったのは白髪の特徴的な60代くらいのマスターだ。
「おじさん、来たよ」
「ああ、要くん、今日も来てくれたのかい。おや?そちらのお嬢さんは彼女さんかな?」
「ち、違います。私月城さんの恋人なんかではありません!!」
「そうかい、こんな美人が要くんの彼女さんだったら飛んで喜んだんだけどなぁ」
「おじさん、涼風を困らせないでよ」
「はっはっは!すまないねぇ」
俺はこのおじさんに昔からお世話になっている。
というのも親とほとんど会えなかった幼少期に俺を育ててくれた中の1人でもあるからだ。
だからこそ恩返しのつもりでここに通っているという考えも無い訳では無い。
「それじゃあおじさん、いつものコーヒーを1つ。涼風はどうする?」
俺はおじさんに自分のをオーダーしてから、ずっとメニュー表とにらめっこしている涼風に声をかけた。
「はい、じゃあ私はアールグレイを1つお願いします」
「ホットとアイス、ミルクとガムシロップの有無を決められますがどうしますか」
「ではホットのミルクとガムシロップをつけてお願いします」
「かしこまりました」
おじさんは俺たちの注文を聞くやいなや、カウンターの下からコーヒードリッパーとティーポットを取り出してコーヒーの粉とティーパックをそれぞれ入れてお湯を注ぐ。
ポトンポトンとコーヒーのドリッパーに付けられたフィルターから黒い液体が1粒ずつ落ちていき、ティーポットでは透明な水が徐々に濃いオレンジ色に染まっていく。
言動こそは落ち着きのある愉快なおじさんという印象だが、マスターとしての腕前は一流であり、この人が入れるコーヒーは、色んなところのコーヒーと比べてもどこか1つ飛び抜けている。
「お待たせ致しました。こちらアールグレイ茶葉の紅茶とキリマンジャロ豆のコーヒーでございます」
カウンターの上には色のムラが全くない鮮やかな紅茶と底の全く見えず反射をしている真っ黒なコーヒーが置かれた。
「…綺麗」
涼風は紅茶のカップを手に持ち、まるで芸術品かのような目で見つめていた。
俺はそんな彼女を見ながらカウンターの上にあるコーヒーを取り、1口飲んだ。
酸味とコクがありながらも強い苦味が無くあっさり飲める。
そんなコーヒーを飲んでいると涼風はこちらの方向、それもコーヒーの方を見ていた。
「月城さん、そのコーヒーって苦いですか?」
「?いや、他のコーヒーと比べるとそこまで苦味は無いよ」
「飲んでみたいです」
「いいけど…」
涼風は俺のカップにあったコーヒーを1口飲むと、徐々に顔が歪んでいって、俺にカップを返して自分のガムシロップが入った紅茶を飲み始めた。
「…苦いじゃないですか」
「はっはっは!キリマンジャロは他の種類と比べると苦味は少なく酸味が多いですが元々のコーヒーの苦味自体はありますからね。苦いのは無理がないですよ」
「すまん涼風…俺が苦くないって言ったから」
「いえ、大丈夫です」
その後も涼風は涙目になりながら自分の紅茶で口直しをしていた。