精霊さまと休日
「暇だな」
俺は休日のゆったりした雰囲気を堪能しながら家のソファに深々と腰掛けている。
平日や出掛けている時は時間を気にして行動しているが、今はする事もない為こうして時間の流れを感じる事が出来る。
今日は涼風も外出をしている為、夜まで俺1人で1日を過ごす事になっている。
「…本当に暇だ」
いくら望んでいるのどかさと言ってもここまでする事が無い状態ではむしろ落ち着かない。
普段は涼風が居るから話したり出掛けたりして時間が過ぎていくのだが、現在はその涼風もましてや七瀬や蒼真すらも予定が入っているのだ。
「…ちょっと久しぶりに顔出すかな」
俺はソファから立ち上がって近くの服掛けにかかっていた上着を羽織って外に出掛けた。
× × ×
「おじさん、来たよ」
「おお要かい、よく来たね」
俺はおじさんのカフェに来ていた。
前まではなかなかのペースで来ていたのだが、涼風と過ごすようになってから休日にも予定が出来ることが多かったので来るの自体が久しぶりだ。
「最近はなかなか顔を出しに来てくれなかったからね。てっきり忘れられたのかと思ったよ」
「まさか、最近は休日も色々やる事があって来れなかったんだよ」
「そうかそうか、それなら仕方が無いね。…あの女の子とここに来たのが最後だから大体2ヶ月ぶりくらいかね」
「もうそんなに経ってたのか、最近どうも時間の流れが早いような気がするんだ」
涼風と出会うまでは特に忙しい訳でもないただの男子高校生であった為1ヶ月という日時が過ぎるのは長い1日の繰り返しだった。
しかし今は涼風に振り回されて暇とは無縁の生活を送っている為1ヶ月が過ぎるまでがとても早く感じるのだ。
「それはいい事だね。今までの要くんに足りなかった何かを埋めるものがあの女の子の存在だったと言うわけだね。確か凛ちゃんだとか言ってたかね」
「ああ、『涼風 凛』だよ。学園内ですごい人気があるのにこんな俺と一緒に居てくれている今が奇跡なんだろうなとつくづく思うよ」
今でこそ当たり前のように一緒に過ごしているが相手が学園の人気者という認識が変わることは無い。
そんな相手がこんな平凡で特別な物も何もない俺なんかと居るのが他の人にとっては不思議な状況だろう。
「君はあの子と出会ってから表情が柔らかくなっているね」
「そうか?」
「そうだね、今までは人を信用する事があってもどこか疑いの目を無くさないから完全な笑みというものでは無かったけれど、あの子の前でだけは心からの笑みが出ているね」
「…よく見てるな」
「これでも60年以上この世で生きてきて色んな人たちを見てきたんだ。その人がどんな人なのか、どんなところが普段と違うかなんてものは一目見ただけで分かるものなんだよ」
「…そうか」
俺はカウンターの上に置かれたコーヒー入りのカップを握りしめ、黒く染まった水面眺めた。
その水面に反射をする自分の顔を見て、やはり平凡な顔だなと思わざるを得なかった。
「時に要くん、あの子とは一体どういう関係まで進んだんだい?」
「ブフゥ!」
おじさんの唐突な質問に俺は思わず口に含んだコーヒーを吹き出しかけた。
さすがにコーヒーを吹き出すのはまずいと思いギリギリで踏みとどまったが、危ない所まで出かけたので俺はむせ返ってしまった。
「ごほ!ごほ!…なんだよ急にそんな質問してきて」
「いや、あんなに素敵な女の子に食事だったりあんなに良くしてもらって意識が友達以上になっていないなんて事はありえないと思ってね。どんな関係になったのか聞いておこうとね」
「別に特に変わってなんかないよ、恋人でも無いし普通の隣人としての関係で止まってるよ」
「でも心の中の意識は変わっているよね」
「!」
俺はおじさんに言われた一言に否定も出来ず驚くことしか出来なかった。
確かに進展しようとして今の関係性が壊れてしまうことを恐れて心の中で「好意」というものを消し去ろうとした事実はある。
しかしそれは涼風にも、他の人達にも絶対に伝わらないように努めてきたつもりだ。
実際今まで俺の本心は誰にもバレたことは無かったはずだ。
「いや、俺は別に涼風に対してどうも思ってなんか…」
「…それは嘘の答えだね。要くん」
おじさんはそう言って1口コーヒーを飲んだ。
「君が自分の事を卑下してあの子とは釣り合わないと言う結論を出したとしても、それは君の一般常識が判断しただけで本心は否定しようとしているはずだ。一体その本心がどのように結論づけたのかが君に1番重要な答えなんだよ要くん」
「俺の本心がどう思っているのか…」
「正直この答えを今すぐ見つけるのはとても難しい事だからね、ゆっくりでいいから答えを見つけて行きなさい」
おじさんは穏やかな表情でそう言うと店に入ってきたお客さんの接客を始めた。




