逃れられないもの
リゼルたちを乗せた馬車は裏門から入り、本宅の正面の玄関口で止まった。
迎えに出てきた使用人達の中に、大公女ソフィーリアの姿もある。
兄とそして王都の学園で顔見知りなのだろうソージュと挨拶を交わしている。
一度だけ侍女長の事で話したっきり忙しくしていた彼女には会っていなかった。
15歳のソフィーリアは身長も高くなり、まだ幼さが残るがとても美しく成長していた。
「ただ今帰りました、ソフィーリア様」
「…、お帰りなさいリゼル様。ご一緒なので驚きました」
「街で偶然会ったので、馬車に一緒に乗せてもらったんです」
強引に同乗させられたのだが、そうですかと頷くソフィーリアはその後の言葉が紡げず少しもじもじしていた。
リゼルは大公家の血筋なのか表情があまり変わらない大公女の様子に恥ずかしいのか?と視線を少し逸らしソージュの何してんだお前らという目線と合う。
「私たちは父上に挨拶をしてくるよ、リゼルはどうする?」
「今日はもう部屋に戻ります、久しぶりに外出したので疲れてしまったので…」
「…そ、それは大変です!ゆっくりお休みになって下さいね」
三人へ礼儀正しい礼をしたのち早々にその場を辞した。
本館から東陽宮へはそれなりの距離がある、人気もない。
散策のようにゆっくりと歩きながらリゼルは考えていた。
呪いの定義は曖昧だ、それぞれで異なる。今回は特に純粋な魔物の本能によるものだろう。
ディートリヒは領内の恩恵のギリギリの周囲を魔物討伐しながら回って来たらしい。
大公家の後継ぎが危ない事をする。
屍竜もソージュと一緒にあの時乗り込んでいたと聞いて驚かされた。
「私は敵を知らな過ぎる、個体が違うが同じ魔物であるのは変わらない」
後日詳しく話を聞かせてくれ、と言われた。
屍竜ファムリア
「もうずいぶん前のような気になるな………」
色々と重なったからなとため息をつく。
討伐後に冒険者ギルドの北端支部のアライエには事細かく話してはいた。
シアが遭遇し、瘴気は聖水もどきだったが「瘴気払い」という昔からあるおまじないのような魔法を使って効果があった。とか、あとは―――…………チリ、とふいに首後ろに違和感を感じ掌で撫でる。
(?……、何だ、なにか……あとは魔法で隠れるのが上手かったか)
何時しか足を止めていたリゼルに不意に声が掛かる。
「今から、東陽宮へお戻りですか」
はっと顔を上げると、手に小箱を持った見た事がない男が立っていた。
身長はアルファルドと変わらないだろうか、腰に剣を帯びている。
肩に掛かるマントの色から第一騎士団所属の騎士だ。
「――そうだけど、…貴方は?」
「こちらを直接お渡しするようにと命じられまして、お届け物ですよ」
一見特に敵意は感じないが――貼り付けたような微笑みだ。
差し出されたのは二つ折りのカードには確かに表に『リゼルへ』と指定されていた。
目の前に立つ騎士を気にしながら、カードを開いた。
17歳おめでとう。
貴方の時がこの先も幸福でありますように。
母より――
定型文でしかも代筆だったが、
「…………………、もう冬なんだが?」
…言葉で表せない衝撃を何とか呑み込み、春生まれのリゼルはついカードへ小さく突っ込んだ。
「忘れてたのか何なのかは聞いてないが、酷い母親だな」
笑いを含む男の声がリゼルの突っ込みに被ってくる。
先程の口調とは打って変わった軽口だ―――――しかも。
「王都のいい工房の品らしいぞ、いいねぇ母親が大貴族の妾だと、その息子はそのおこぼれで贅沢できる」
声は毒を含んでいた。先ほどまでの穏やかそうな空気はなく、皮肉気に口元を歪めて目は嘲笑っている。
(こいつ……?)
無造作に男が持っていた小さな箱を揺らしていた。中身を男は知っているようだ。
「――――…どーも」
「嫌味言われて、その返事か。ぼうっとしてんのか、度胸があるのか?」
「…さあ、それは俺じゃなくそっちが判断したらいい」
「あの面の厚い女の息子だけあるな。似てるぜ、見た目も中身も――」
そうなのだろうか?見目は言われるし自覚もあるが中身はあまりよくわからなかった。
言い知れない重い気持ちが沸くのを堪える。
「……下らない話なら聴く気はない、それ、…欲しいのならやるけど?」
「そんなんだと本当に捨てらちまうぞ? 結構な品だ――懐中時計だってよ、17歳の息子に贈るには…まあまあのセンスだな」
的確にこちらの心を抉って来る。
気にしていない、という言葉が自分にとって虚勢でしかないのだとリゼルは思い知る。
「……何か俺に思うところがあるなら、はっきりと言ったらどうなんだ」
「…――、6年前に火達磨になった女の名は憶えてるか?」
男は感情を消したように、予想だにしなかった言葉を返してきた。
思わず目を見開き、相手の男を観察し…取り繕う事もなく答えた。
「覚えていない、あれから見かけた事もない」
「……下手な誤魔化ししねぇとこは悪くないな?…はぁ、本当になんでお前らみたいな奴らの所為で……」
苛立ちげに舌打ちをしている。
「――……、第一騎士団の騎士だよな」
「騎士らしくないって? そーかもな。第一に入ったのは最近だ、腕がいいってな。お前の母親にも気に入られてたんだぜ?自分を憎んでるのを知ってる騎士を呼びつける神経の図太さは…お前にも遺伝してそうだな」
……それは呪いの言葉のようだ。
この男は意識していないだろうが。
其処に鋭い声が掛かる。
「サルヴァドール・クロー、その手の物をお渡し頂けますか」
突然のメリエの声にびくっとリゼルが驚くが、サルヴァドールと呼ばれた男は特に驚きもせず。
口元の笑みを変わらずに湛えてメリエへと目線を投げている。
「これはこれはメリエ殿、私の名を覚えていてくださったとは光栄だ、今は執事になられたとか――加えて神出鬼没ぷりは流石で。………勿体ないなァ」
すっとメリエが踏み出して、リゼルの斜め前へと立つ、真っすぐにクローと視線を合わせている。
サルヴァドールが手にしていた箱を差し出し、メリエは表情を変えずに受け取る。
「お言葉にお気を付けを。この事はしっかりと騎士団長へお伝えしておきます」
「世間話だろう、口煩い母親役まで買って出てるのか。俺はそこの坊ちゃんの本当の母親から頼まれたんだぜ?用は済んだし、さっさと退散するさ」
またな、と声にならない口の動きで告げると男はその場から歩み去っていった。




