懐かしさが現実を知らしめる
本館内の執務室がある階は何度か母と共に訪れていた。
ユウリス大公とは常に一緒にいたわけではない。
日に何度か母が呼ばれたりしていたが、朝は必ずご挨拶を兼ねて俺を連れて執務室に顔を出していた。
稀に大公が居ない時があったが、…具合が芳しくないのだろう、そういう時はお付きの人たちの顔色が悪く皆憔悴していたので分かりやすかった。
その日にもよるがその後母は執務室近くに部屋を与えられていて、そこに俺は出入り自由だった。
母は気に入った侍女や侍従そして騎士などともゲームに興じたり、本を読んだりと過ごし、邸宅内で乗馬や庭を散策し、そして大公女や大公子たちも交えてのお茶会なんてのもしていた。
懐かしい廊下だ。
そういえばここへ初めて訪れた季節は今と同じくらいだろう。
母の背をおい、歩いた廊下。
その時の情景を昨日のように思い出された、今はもうきっと俺の方が高い―――。
一国の王宮と変わらない豪華絢爛な内装の懐かしい廊下の先に騎士たちが佇む扉が見える、
案内人の後を付いて歩いていたリゼルは少しだけ立ち止まる。
「…如何されましたか」と立ち止まったその背に後ろに付いていたメリエが控えめに声を掛けてくる。
何でもないと答えて、軽くかぶりを振る。
先導していた執事長補佐と名乗る初めて見る男は暫くこちらを伺い、数秒後にではと先へと促した。
―――本館 執務室
リゼルの先導をしていた現在この邸宅を纏める侍従長補佐が騎士に目配せした。
「どうぞ、お入りください」
すっと腰を折り礼をされる、開かれる扉の先へと踏み入る―――。
「ご子息様をお連れしました」
室内は封じられていて(魔道具で出入りを禁じ、掃除も不要状態にするもの)当時のままだった。
紙やインクのにおいがする―――
扉が背後で閉じられた。
メリエは外で待つらしい。
室内にはユウリス大公と護衛騎士、そしてここへと案内した侍従補佐のみ。
何となく不用心に思える、…これが信頼なのか罪悪感からなのかリゼルには判別できなかった。
執務室にある大きな窓の外には広い庭園がある―――あの薔薇園も見えた。
今は何もない殺風景な景色だろう。それを眺めていた大公が振り返りあの冷ややかな瞳がこちらを捉える。
初めて会った時は恐ろしく感じたが――
「リゼル、随分と大きくなった」
静かな声だ、少し双眸をすがめてこちらを見詰めている、アルファルドと合った時のことを思い出させる目だ、身長は随分と伸びたし当然だろう。
「お久しぶりです、ユウリス閣下。お元気そうで安堵しました」
リゼルの形通りの挨拶に頷きかえす。
「何とかまだ生きている、――君たちのお陰でね。さあ、こちらに来なさい」
執務机からこちらに歩いてきた、足取りはしっかりしている、魔道具は……アレかとユウリスの右手の見慣れない異国風のブレスレットが見えていた。
少しだけこちらも近寄ったがどの位置が正しいのか分からず立ち止まるとユウリスは遠慮もせずに腕を軽く伸ばせば触れるほど近くへと距離を縮めていた。
「すまなかった、私が不甲斐ないばかりに。…そなたの成長する姿を見れなかったのを今更に悔やんでいる」
「――、…自分で何とか出来たましたし、閣下も大変だったと伺っていますので」
「ならば詫びと共にこうも言わねばな。―――よくやった。大人たちが不甲斐ないなかをよく切り抜けた。再び会えたことを私はこの上なく幸運であると感じている」
ユリウスは自然な仕草でリゼルの頬を指腹で撫でて。
怪我をしたそうだな、と話題を振られ。目に見えて動揺してしまったリゼルだったが其れに気付いてか気付いていないのか。
「少し落ち着いたなら、改めて呼ぶ――様々な事が起こり驚いているだろう。何事があればそなたに付けた者たちに遠慮なく伝えるように。―――ルチアの助けが必ずあるだろうゆっくり休みなさい」
今までになく近い距離で――なんというかユウリス大公が子供たちと接するような近さで淡々とそうつげ、執務室を来たとき同様侍従補佐の先導により退出した。
「……………」
「リゼル様、本日はもう宮でゆっくりされてよろしいかと」
メリエの言葉にリゼルは気が抜けた声で答える
「……ああ、そうするわ……」
そこに不意に執事補佐が話しかけてきた、本館を出るまで彼が案内するらしい。
「お寒くございませんか?」
「え、……いや…大丈夫だったが?」
「それはそれは、ようございました。火の気が強い方にはこの地はもとより生きにくいと申しますがご子息様には問題ないようで、よろしゅうございました」
ニコニコと先ほどの緊張感が嘘のように微笑んで頷いている。
「………………?そんなこと、感じた事がないです」
リゼルはよくわからないまま答えている横でメリエがひっそりとため息を吐いていた。
本館を出るまでの間、案内をしてくれた侍従補佐とそんな会話したのち、東陽宮へ戻る。
「ルチアは光を表す言葉だね、この大公家でルチアの助け…というのはつまり大公閣下が殊更に気に掛けている、という意味だ」
その後、夕食時に現れたアルファルドの説明に――なるほど貴族特有の、言葉だなとリゼルは納得して頷くのだった。




