大公女のおもい
燃え盛る炎が迫ってきた。
お母さまが遺して下さった薔薇園が燃えている―――…なぜと思う暇もなく
側に仕えてくれていた侍女がその炎に撒かれて――あっと言う間に火達磨になる。
悲鳴すら上げられなかった。
「あ、ああ、……っ」
いち早く駆け付けた騎士に抱えられて私はすぐにその場から助け出された。
炎の先に、長い赤い髪が靡いていた。
火の粉が降り注ぐほどの業火がゆれるなかで、その近くに淡い赤色の髪の少年も立っている。
(ダメ、もえちゃう…、にげて――っ!!)
いつ気を失ったのかすら思い出せない、気が付けば私はベッドの上にいた。
精神的ショックが大きかったのでしょう、しばしゆっくりお休みください。とお医者様がおっしゃっていた。侍女は一命を取り留めたとも、ただ誰も教えてくれない、一番知りたいことを。でも聞けなかった、怖くて
食事は喉を通らず、侍女長のグレータも姿を見せない。
兄がようやく姿を見せた時に酷く安堵したのを覚えている。
「お兄さま……っ」
「驚いただろう、ソフィーもう大丈夫だ」
そういって抱きしめてくれた兄は幼い妹の気持ちに気づいていた。
一番気になっていることを何も言わずとも教えてくれたのだ。
「リゼルにケガはない、…フレイヤ様が庇ったのだろう。侍女長のグレータは軽度の火傷を負っていたがこちらも命に別状はない他の侍女もだ」
「…よかった、……庇ったとは、どういう事ですかお兄さま……?」
「あれは魔法の火だ、フレイヤ様の火で燃えたんだよ。発火した際に近く居た者たちは熱風や火の粉で軽度の火傷を負っていたが、リゼルは一切なかった。無意識に庇ったのだろうと」
「じこ、ということですか……?」
「そうだ、ソフィーも知っていただろう。グレータとフレイヤ様はあまり………どうやら薔薇の棘が刺さったらしい。リゼルの手にも棘のケガがいくつかあった。あの場の薔薇は…棘が抜かれていなかったようだ、それでフレイヤ様がお怒りになったのだろう」
魔力が強く持つ人には稀に暴走する事があるという、しかし今までそんなそぶりはなかった。魔力を暴走させ薔薇を焼き尽くす程に――フレイヤを怒らせたのだ。
この日は――白と青を基調にしたお茶の席を設けていた。
お客様はここ数か月前から東陽宮と呼ばれる建物に招かれている母子。
時間に少しだけ遅れてしまって、その間はグレータがお相手しておきますと…言ってくれたのに。
数日して侍女長のグレータがやつれた様子で戻ってきた。
申し訳ありませんと泣いて詫びて、―――あの女の所為で薔薇園が…と口にした途端ソフィーリアは口を開いた。
「嘘つき」
「は、…ひ、姫様」
「グレータはうそつきよ!ほんとうはあなたのせいでしょ!ふれいやさまや―――りぜるにばらのとげをさしたのでしょう!ひどい…!りぜるにみせてさしあげたかっただけなのに、……ひどいわグレータが台無しにしたのよ!!」
うわあああああん
ソフィーリアの、泣きじゃくる姿にグレータは何も言えず、ただ茫然と座り込んだ。
すぐに控えていた騎士に強制的に部屋から引きずり出される。
一度口火を切ったら止めることが出来なかったソフィーリアは泣いて誰も寄せ付けなくなった。
兄が慰め、とうとう父である大公すらも側に来て慰めるほどだった。
薔薇園炎上はフレイヤへ非難の声が上がったが、重ねて侍女長グレータの行いも明るみに出たのだ。以前から細やかな嫌がらせをしていたことが、それを大公女が知る所になり、更に侍女長は遠ざけられる事になった。
グレータは何度も詫びの言葉をソフィーリアへ告げたがそれが届く事はなかった。
侍女長は亡き大公夫人の筆頭侍女だったこともあり、口出しできる者は少なかったが、ソフィーリアが侍女長を責めたことは大いにフレイヤに有利に働いた。
大公もまた、この機会を逃さずに侍女長の職を解き休職させた。
その後、王命による王都行きに連れられて行く事になった。
リゼルも同行するはずだったが、彼は高熱を出して……誰も口にはしなかったが、薔薇園の事故が原因では?と思われていた。
だが優先すべきは王家と、そして大公女――
「あのあと、私はひどく精神的に不安定な子供になったわ。お父様もお兄様もとても心配された」
大公女の為に、フレイヤ夫人は出来るだけ遠ざけられ、邸宅と変わらぬ暮らしをさせるために使用人達を多く呼び寄せた、そこに侍女長を務めていたグレータは呼ばれはしなかったが。
「王都の環境はここよりも一年を通して暖かい、夏はとても暑くて…恋しくなったけど、本来なら学園には高等部から入るのが習わしだったけど、お父様は私を中等部から入れるために同じ年頃の貴族の令嬢たちを招いてくれたり、王都の叔母さまの家族や従姉妹たちも一緒に過ごしたの、学校に通うのに知らない人ばかりでは不安でしょう?」
グレータは何も言わず椅子に座っている、彼女の知らない私を、貴女が受け取っているはずの手紙に綴っていた。
恐らく封を開けずに読んでいないのかもしれない。
「そして13歳で王立学園の中等部へ試験を受けて入学した、通学か寮か選べるけれど私は父の希望で通学を選んだの。お兄様が一年一緒に通学してくれた、高等部から寮を希望されていたから……私もそのつもり来年は高等部の寮へ入るのよ」
「姫様……」
「グレータ、あの時…私は幼くて……責める事しか出来なかった。その事は悔いているの。確かに支えられていたのに、ごめんなさい。幼かったとはいえきっと、酷く苦しめてしまったのだと今回の件を聞いて気づかされました」
その言葉をグレータはどうとったのだろうか、ただ何も言えずに、座ったままだ。
「貴方は私にとって薔薇の棘と同じ、いつまでも痛くて気になって、辛いの。だからこの場をお父様が設けてくださった。…信頼していたわ、幼かった私は…でももういないのよ。あの子はもういないの。だから…これからの話をしましょう?貴女と私の為に」
大公女はぐっとグレータの手を握り締めた。
その手は彼女が紡ぐ言葉とは裏腹に、まだ幼さが残る15歳の少女のものだった。
その数日後に幾つも馬車が行きかい、その中にはやせ細った老女が大切に大切に箱に納められた手紙を抱えて、迎えに来た姪と共に邸宅を去っていった。




