初恋ー7年前
大公女ソフィーリアは7年前の8歳のころ、ぷよっとしていた。
たぷっと表現すべきか、大公家直系特有の髪色に少しグレーかかった水色の目を持つ少女は大変愛らしかったが母を亡くした6歳のころから部屋に引きこもるようになっていた。
それを甲斐甲斐しく世話をしていたのが侍女長のグレータだった。
侍女長はじめとして使用人たちは気落ちする幼い姫様へお菓子でご機嫌を取り、ちょっとした外出すら侍女たちが付き従い、何くれとなく手を貸して、その結果、ソフィーリアは大変ふくよかな少女に育っていた。
父も兄も特に体型に言及しなかった。
しかし従兄弟たちにからかわれたり同年代にも笑われ、8歳になるころには男子を苦手とする女の子になっていた。
そんなある日、美しい女性を父が連れ帰ったと聞いて邸宅内は大騒ぎとなっていた、ソフィーリアも随分と周りから気遣われた。
其れよりもソフィーリアを不安にさせていたのはその連れ子という少年の方だった。
兄より1つ下で自分より2つ上、10歳だという、父は亡くしているのだと聞いて、私と一緒だと親近感をもっていたが……
(…きっとまたからかわれるわ。…いじわるなこだったらどうしよう)
子供たちの反応は素直で時に残酷だった、大人たちが知らぬ間にソフィーリアは酷く傷ついていた。
兄の背に隠れるようにしてその母子を客人として紹介された。
フレイヤと名乗る母親はとても美しい人だった、赤毛はこの領地にもいて見かけた事があったが、これほど深い赤は初めてだった。
大人の女性を体現していた、ソフィーリアの母はどちらかといえば可愛らしい部類だったのだ。
兄が先に挨拶をしていた、そして兄に促され、一歩出る。
幼いながらも淑女の礼をし
「ソフィーリアです、ようこそおいでくださいました」
「はじめまして大公女様、フレイヤと申します。まあ、なんて可愛らしいお姫様なのかしら、子ブタちゃんのようね」
ソフィーリアはぐっとスカートを握りしめた。
「その髪飾りとても似合ってますね、何かの花を模しているのですか?」
ふ、とすぐに話題を変えるように母親の隣にいた少年が話しかけてきた。
突然の事で答えられないでいるソフィーリアを気遣っているのか一歩踏み出て、ソフィーリアと目線を合わせるように屈んでくる。
「はじめまして、ソフィーリア様、リゼルともうします」
「は、はじめましてリゼル様…あのこれは花ではなく氷をイメージしているのです」
「そうなんですね、とても素敵ですね、僕が住んでたところではあまり見ないデザインだったのでつい気になりました」
「ありがとうございます、とてもきにいっているので嬉しいです」
この時ソフィーリアは幼い中で今まで感じたことのない想いを抱いた。
母親が漏らした何気ない一言を気にしている私に気付いて話を逸らしてくれたのだろうか。
春の花のような髪色に柔らかい茶色の目が印象的な2つ年上の少年がとても大人びて見えた。
少し和んだところでリデルが手を差し出してくる、それに手を重ねるよう添えれば軽く口づける真似をした。
まだ子供の遊びのようなものだがソフィーリアはとてもドキドキしてしまっていた。
その様子を見ていた兄が、ずいっと二人の間に割って入る。
「リゼル、兄の前で妹を口説くのはよせ」
「―――…は?、人を下心ありありのくず男みたいにいうな」
「…え」
「――……素が出ているぞ」
「おっと失礼、大公子様に無礼な物言いでしたかお許しください」
「今回だけ許してやろう、そろそろソフィーから離れろ。真っ赤な林檎のようになってる」
「……可愛くていいとおもうぞ、あ、恥ずかしいか、悪い…」
からかう兄の言葉に今更自分が真っ赤になっていることに気づいた。
恥ずかしくて俯くとリゼルが庇うように背を向けてくる。
兄とリゼルとの会話がまるで昔から友達のようだ。
戸惑いつつ、ふふ、とソフィーリアは笑ってしまう。
妹の笑みに何を思ったのが兄が不意にリゼルへと気安く笑いかけた。
「仕方ないな、私のことはディーと呼んで構わない」
「なんでそうなったんだ? 俺の名前は略せないからリゼルでいいけど」
「りぜとか、リールとか、リジーとか」
「……意味あるかそれ」
「わ、わたしも…ソフィーと呼んでください」
思いのほか大きな声になってしまったのか兄とリゼルだけでなく周りからも視線が注がれた。はっとソフィーリアは身を固めるとそれを兄と、これが初対面のはずの2つ年上の少年が庇ってくれていた。
よくわからないが、兄とリゼルはとても仲良くなっていた。
ディートリヒとソフィーリア、そしてリゼルの初対面は周りが驚くほど、すんなりと仲良くなっていた。
しかし、それはすぐに大人たちによる妨害によって敢え無く崩されてしまう。
「あのような得体の知れぬ子を我が跡取りの側になど置けるものですかっ」
特に強く反発したのはユウリス大公の実の母だった。
彼女に同調する家門の人間も多かった。
―――このまま大公家に仕えさせるならば、そのように教育するべきだ
―――実子と同等など、あらぬ欲をかき後々困ることになる
―――聞けば実の父は誰とも知れぬというではないですか
―――成金の男爵家にて養育されたとか…とても釣り合わない
その声は当主によって退けられたが、何時しか本人の耳にも届き、リゼルは大公の子供たちとの関係を改めたのだった。それにディートリヒ大公子は残念そうにしていたが、一族の声も無視できずそれに付き合い、そしてソフィーリアも否応なく巻き込まれていた。
時折フレイヤに誘われお茶を共にする時は必ずリゼルが同席していた。
ソフィーリアはフレイヤの何気ない嫌味を言われても気にならなくなっていた、必ずさりげなくリゼルが庇うようなことを言ってくれるのが嬉しかったのだ。
それ以外でほとんど私的に話せる機会はなかったが、稀に、ソフィーリアはリゼルの姿を見かけていた。
何度か追いかけ、何度も何度も声もかけられず撒かれていた、そしてようやく捕まえた。
もうすでに出会ってから冬が過ぎ春が終ろうとしていた季節だった、常に側にいた侍女たちをこの時には撒くことを覚えていた。
「何をしているのですか」
「っ!? ソフィー…いつ、いつのまに、散歩だよ、色々と見て回っているんだ」
「かくれながらですか?」
物陰に隠れて身を潜めていたリゼルの背後にソフィーが屈みこんでいた。
大人の目がない時は変わらず接してくれた。
「あまり目立つと面倒になるだろう」
「そうですね…もっと、…ゆっくり、その―――…」
「ソフィー、あのさ、母さんのお茶会、別に断ってもいいんだぞ」
「いいえ!わたし…嫌じゃないです。こ、今度はわたしがお誘いします…だからリゼルも」
「それならいいが、…俺も?」
「はい、もうすぐ薔薇がとても美しく咲くので…一緒にと」
「あの広い薔薇園だよな? わかった行くよ。……っと、面倒なのがきた、…ソフィーはちゃんと気になることは相談しろよ?ディーも忙しくても妹の話位聞くだろうから」
じゃ、とリゼルは慌ててソフィーが声をかける前に木々や茂みを移動してどこかに行ってしまった。
「……………おさそいしちゃった、ふふ」
自分を呼ぶ声が聞こえてくる、ぱっぱとスカートを払い、何事もないよう茂みから外へと出た。
とても楽しみにしていた、白い薔薇が咲き誇る庭園はソフィーリアの母が遺したものだった。
きっとリゼルも、そしてフレイヤ様も喜んでくださるだろうと……。




