狭く閉じられていた世界ー過去編1
「貴方は置き去りにされたのですね、何てお可哀そうに。ですがご安心ください、随分と甘やかされてお育ちのようですが、本日から私が厳しく躾けますのでそのおつもりで」
こちらを見下ろす女の顔は憎悪に歪んでいた。
数人の使用人をぞろぞろと引き連れて、そう宣った女は
数か月前に母によって心を折られ、確か休職しそれまでの地位からは退いたときいていたが。
すさまじい歪みを持って復活していた侍女長は以前よりもずっと老け込んだ顔でギラギラとした目をこちらに向けていた。
ビビったがしっかり意思は伝えておくことにした。
「お前の世話になる気はない、気安く話しかけるな」
――――その場の空気が凍り付いた。
次の言葉が出てこない侍女長が更に厳しい顔をして
「…なんとお言葉も乱暴ですね、それも矯正せねば大公家の恥となります。とても母親の元へ、王都へ送り出すことはできませんね」
なるほど、それが俺をいいなりにさせる為の「エサ」か。
しかしあまり効力がない。母と俺の関係を誤解しているのだ。
「仲睦まじい親子」とそう誤解させたのは母なのだが、わざわざ教えてやる気はなかった。
「大公家の子供になった覚えがないけど」
「大公閣下のお情けでここに居ると言うのに!!!なんと無礼なっ…反省として暫くお部屋に謹慎なさいませ!」
その後ろをぞろぞろ付いてきていた使用人たちを連れて部屋を出て行き、外から鍵を掛けられた音がした。
「何しに来たんだ……宣戦布告か?」
この時、リゼルは高熱を出して3か月も寝込んだ後だった。
その間を世話してくれた者たちが一人一人と姿を消し最後の一人が大金で王都行きを承諾させられていた。
「坊ちゃん…申し訳ありません。他の侍女さんたちもいい人だから大丈夫だと思いますが」
「大丈夫だよ、がっぽり金貰った?」
「はい!がっぽり貰いました」
そして彼女が旅立ったその日のうちに、侍女たちは申し訳なさそうな顔をしつつも、逆らえないのか侍女長の言いなりになっていた。
此方の味方を排除してからお膳立てしての言葉と態度がアレなのだ、言いなりになるほど子供ではなかった。
翌朝「躾ける」と言っていた言葉通りに朝も早くから部屋に押しかけて来た。
予想はしていたので、早めに寝ていた。今はもぬけの殻の母親の寝室で(続き部屋なので)何か色々と言われたが、無視していた。
部屋の中を見分して子供っぽいですねと言わんばかりの態度で持ち込んだものをほぼ回収していった。
その中にあのカボチャのぬいぐるみもあった、わざわざ隠しといたのに見つけ出されていた。まあ元々持ってるのを知られていたのもあるだろう。
そのぬいぐるみは前世の記憶にあるハロウィンのあれにとても似ていた。
ジャック・オ・ランタン。
可愛くデフォルメされた顔がついているし、とんがり帽子もかぶっている。
「全てこちらで預かっておきますので、何れはお返しします」
あっそ、とばかりにこの時から俺は侍女長の言葉に返事をしない答えないを徹底していた。
侍女長のみを無視し、他の使用人たちにはそれなりに接していた。
明らかな態度の違いに自分の事を棚上げして侍女長は怒り狂っていた。
暇なのか何度か部屋に来てはぬいぐるみをみつけて、捨てていた。
何故戻っているのですか!と言わんばかりに、それが何度か繰り返され、
ただのぬいぐるみじゃないくらい流石に気づけよ…と呆れていた矢先。
俺が自室にいない間に事件が起きていた。
魔法か何かで戻ってくるのだろうと判断した侍女長がナイフで切り裂こうとしたらしい、しかしナイフは侍女長の腹に突き刺さったのだとか。
大騒ぎになり――――侍女長の姿はまた見えなくなった。
前から居ましたといわんばかりにぬいぐるみは無傷で部屋にいる。
ふわふわで触り心地が良いまんまるなフォルムと手触りを気に入っていたので素直に嬉しい。
「やっぱお前……魔法具かなんか?」
返ってくる声はなかった。
やり手成金老男爵が子供の俺を連れて闇市に連れられて行った時に見つけた。
ぬいぐるみにほぼ興味のなかった養い子が突然それを買ってほしいとおねだりしたので驚いていた。
安売りされていた其れを難なく買うと、じーっと見詰めた老男爵は
「ほほー流石がわしの養い子だな、よいものを拾って来た。大事にしたいものがあればコレの傍においておくといいぞ」
あの面倒な侍女長が来なくなったころを見計らって、長剣とそして僅かな宝飾品や金貨が部屋に戻っていた。
「隠しといてくれたのか、ありがとうな」
やはり返事はなかった、薄汚れたカボチャのぬいぐるみを洗ってやり
いっしょに日向ぼっこして乾かした。




