第34話 魔物園
翌日。
僕は街中を歩いていた。
日差しが強く、空気は乾いているからか、出店を出す人々の活気ある声が良く通る。人ごみを避けながら歩いていると、
「おい。魔物を倒して魔法を集めるんじゃないのか? 街中に魔物はいないだろうよ」
ロウが頭の上で尻尾を垂らす。毛皮があるからか、熱さは苦手らしい。
「そうなんだけど、この街に来たら絶対見た方が良いって、昔、オストラが言ってたんだ」
「オストラって、お前を捨てたパーティーの一人だろ? そんな奴が何言ってたんだよ」
「この街にある【魔物園】は、訪ねる価値があるんだってさ。なんでも、上位種が飼育されてるとか」
【魔物園】
それは名前の通り、魔物が飼育され人々に公開されている観光施設である。冒険者以外の人々にとって魔物は脅威。だからこそ、安全安心で見れる場は、人気があるんだとか。
「はぁ。人は何でも商売にしちまうんだな」
「でも、人が多くの人が訪れて楽しめてるんだから、悪いことじゃないんじゃないかな? 折角なら、アディさんも一緒にくれば良かったのに」
【魔物園】に行くに当たり、アディさんも誘ったんだけど、ノゾミさんがそれを許さなかった。
「アディさんは客人ではないので」
と、城内の仕事を押し付けられていた。どうやら、客人として迎え入れているのは、エミリさんを直接助けた僕とロウ。
アディさんは無関係だというのがノゾミさんの主張だった。変なところで真面目なアディさんは、「一理あるな」と素直に従いノゾミさんに教えを求めていた。
あの二人は仲がいいんだか、悪いんだか。
「でも、あいつがいると常に監視されてる気分になるからな。つーか、いつまで一緒に行動するんだよ。お前だってあいつが何か隠してるのは気付いてんだろ?」
「そうだけど……でも、やっぱり僕にはアディさんが悪い人には思えないんだ」
初めてアディさんと出会った時を思い出す。僕を追って森に入った彼女は鬼気迫る顔で、自分を責めているような表情だった。
「一緒に旅をしてその思いは余計強くなったよ」
「はぁ……ま、お前がいいならいいんだけどよ」
「心配してくれてありがと。でも、こうやって冷静に考えられるのも、ロウのお陰だよ」
「はぁ? 俺はなんもしてねぇぞ?」
「何言ってるの。ロウが一番大事な力を僕にくれたんでしょ?」
倒した魔物から魔法を入手しやすくなる【魔眼】。そして、【選択領域】や【デッキ編成】。どれもロウがいたから、僕が扱えているんだ。
それが僕の「余裕」に繋がっている。
「そう考えれば、こうして二人きりで過ごせるのも悪くないかもね」
僕の言葉に、頭に乗っていたロウがずり落ちてきた。すとんと僕の腕の中に収まる。ふわふわとした毛皮が、皮膚をくすぐる。
「どうしたの?」
「いや、お前はよくもまあ、そんな恥ずかしいことをサラっと言えるな」
「そうかな? 思ってることを口にしただけなんだけど」
「そうかよ。感謝だったら口じゃなくて、モノにするんだな!」
腕の中でロウが出店の一つを指差した。そこにはロウの身体と同じくらい巨大な肉塊が、骨ごと焼かれていた。香ばしい香りに胃が刺激されたのか、ロウの口からはダラダラと涎が垂れる。お陰で腕がべちゃべちゃだ。
「……それとこれとは話が別だよ!」
「なんでだよ! 宿泊費が浮いたんだろ!?」
僕は値段を見て思わず足を速めてしまう。あの値段は余裕が合っても払えない。自分で狩って食べた方が遥かに安上がりだ。
早足で歩いていると、出店の数が少なくなり、潮の香りが強くなる。街の外れにある海岸線。そこに【魔物園】はあった。
「これが――魔物園か」
「うん。この国で唯一、魔物を飼育してる場所らしいよ」
【魔物園】は外から、中の様子を隠すためか、周囲は巨大な岩壁で囲われていた。無骨な岩の雰囲気が、魔物という存在の期待を高めるかのようだ。
「魔物の飼育ねぇ」
本来、魔物を飼育することなどできない。魔物は気性が荒く縄張り意識が強い。よって、違う場での生活は困難だ。
なにより、そんな魔物と常に付き合う人間の方が心が折れる。
だけど、
「ここの館長は、魔物の生活環境を徹底的に調べて、再現することで飼育に成功したんだって。【魔物園】が創設されて5年。遂には芸まで仕込んだって噂だよ!」
バニス達とパーティーを組んでいた頃から、魔物がどんな芸を見せてくれるのか、一度見てみたいと思っていたんだ。
……今では、ロウという芸どころの話じゃない存在を知ってしまったんだけども。
「でも、まあ、ロウは別格ってことで」
「あ、おい! 今、お前失礼なこと考えてんだろ!」
「やだなぁ。褒めてたんだよ」
「だったら、口で言え!」
口にするだけじゃなく、モノにしろと言ったり、口に出せと言ったり、ロウは忙しいな。僕はそんなロウを抱えたまま中に入った。
中に入ると真っ先に目に入るのは、スライムだった。
スライムは比較的簡単に飼育できるのか、檻の中に数十匹がひしめき合っていた。ぽよぽよと震える姿は、まるで水のベッドだ。
自然と飛び込みたくなる。
先を進むと次に出迎えてくれたのは、ゴブリンにオーガ。
岩山に作られた洞窟で、身を潜めて暮らしていた。
「けっ。つまんねーな。フェンリルの一匹くらい捕まえて見せろってんだ」
「無茶言わないでよね。ゴブリン達だけでも充分凄いって」
入口付近に飼育されていたのは下位種ばかり。冒険者である僕達に取っては、何度も見てきた相手。新鮮味は薄かった。
「そうかぁ?」
「うん。あ、でも、この【魔物園】には、上位種が飼育されてるんだってさ」
「上位種!? なんだ、マジでフェンリルがいるのか?」
「さぁ、どうだろうね。それは見てのお楽しみってことで」
やる気のなかったロウの足が一気に加速する。折角なんだから楽しんでくれればいんだけど。
「おい! 何してるんだ。お前も早く来いよ!」
「あ、待ってってば!」
ロウを追って走り出そうとした時だった。
「……許せない」
ポツリと。
僕の背後で声が聞こえた。楽し気な雰囲気を壊すような、酷く低い怒りの呟き。ただならぬ気配に振り返ると、全身を黒で包んだ男がいた。
身体は相当鍛え上げられているようで、体格だけで言えばオーガに引けを取らない。黒の帽子からはみ出る灰色の髪が風に揺れた。
僕の視線に気付いたのか、「なんだ」と男性は鋭い眼を光らせる。その視線は僕が散々味わった瞳の色にそっくりだった。
「いえ……」
「だったら、睨むな。お前みたいな奴が一番嫌いなんだ。どけっ!!」
男は何故か僕の身体を突き飛ばすように肩をぶつけ歩いていく。やがて、黒い背中は人ごみに紛れて消えていった。
「ああん? いま、アイツ、お前にぶつかってなかったか?」
「確かにちょっと当たったけど、気にしないでおこうよ」
「ちょっとなんて勢いには見えなかったけどな?」
ロウが四足全てに力を込めて牙を剥く姿はテントみたいだ。入口が開かれたテント。
僕はお腹を抱えるようにロウを抱く。
「なんでだよ!」
バタバタと手足が独立した生物みたいに動いた。
「なんか、あの人……バニス達と同じ感じがしたから、関わらない方がいいかなって」
僕の直感にロウの動きが止まる。
あれ?
ロウってバニス達と会ったことあったけ?
「はぁ? お前やアディが話してんだ。会ったことなくても分かるだろ。ほら、次は水属性の魔物が集まってるみたいだぜ!」
するりと身体を捻り拘束から抜け出したロウが、次の展示ゾーン目掛けて駆けだしていた。
「ちょっと! 人が多いからあまり、離れないでよね!!」




