第九話 パンダナイト☆モーニング (一之瀬尚吾視点)
「いい?私がこっちで引きつけておくから、尚吾は素早く盗ってきてよ?」
風花が、今から銀行を襲うとでも言うように声を潜めて手順を説明する。
「わかった」
俺も神妙に頷く。
コケーッ、目つきの鋭いコッコが、俺たちを睨みつけた。
風花が鶏小屋のドアを開けると、コッコ達が騒ぎ始めた。中にいるのは四羽。一羽だけが雄らしい。雌たちは、風花が撒いたエサをさっさと啄みに突進して行ったが、雄のコッコは威嚇するように胸を張って、俺の前に立ちふさがった。コケーッコケーッケーッ。
採れた卵は三つ、突かれたのは四か所、鉤爪で掴まれたのも四か所。かつて俺が渡ったことのないヤバイ橋だった……気がする。
キッチンにいる風花の母親に卵を渡すと、彼女は目を見張った。
「ずいぶんやられたわねー」
「なんだかゴウザブローの機嫌が悪かったみたいで~」
風花もキッチンにやってきた。
「あらまあ……」
新鮮な卵は、ベーコンエッグになって出てきた。水菜のサラダに、具だくさんの味噌汁、ゴマをたっぷりまぶした白菜の漬物ときゃらぶきの佃煮が、炊き立ての白いご飯に良く合った。食材のほとんどが自家製なのだそうだ。なぜだか牛乳までが、いつも飲んでいるものよりも新鮮な気がする。これも自家製とか言わないだろうな。
自炊することが多い俺は、久しぶりの家庭的な朝食に満足した。
クリスマスの朝は快晴だった。風花が駅まで送ると言い張るので、二人で取り留めのないことを話しながらブラブラ歩く。
「そだ、尚吾のメルアドを教えて?」
風花が、ふと思いついたようにケータイを取り出した。
「ああ。じゃあ、赤外線通信で送るか」
風花がやったことがないというので、二人して道端に立ち止まってケータイ同士をつき合わせて通信する。
「んん?届いた……かな?あ、届いた」
風花が届いたデータを確認しているので、俺も画面を覗き込む。俺のメルアドとケータイの番号が表示されている。風花は慣れた手つきで登録し、『一之瀬尚吾』と書きこんだ。
「おい、パンダって書くな。削除しろ!」
俺は思いっきり不機嫌になって、風花からケータイを取り上げた。
「ああっ!ダメだよ。返して!」
風花がぴょんぴょん飛びついてケータイを取り返そうとするので、俺は高く掲げたまま、パンダを消去する。やっぱりウサギだな。ぴょんぴょん跳ねてるしと思って吹き出してしまう。
「風花?」
声がかかったのはその時だった。道の向うに俺と同じ年くらいの男が立っていた。
「聖ちゃん?」
風花が跳ねるのをやめて、その男に返事をする。
「風花……彼は?」
そいつは殿みたいな端正な顔を顰めて、思いっきり不審者を見る目で俺を見つめた。
「聖ちゃん、昨夜はごめんね?連絡くれたんだってね?友達は大丈夫だった?」
ドタキャンされた風花が、先に謝っていることに俺は眉を顰めた。
「昨夜は何時に帰ったんだ?心配したんだぞ?」
風花はすっかりしょげた様子で、帰り着いた時間を報告する。俺は益々気分が悪くなる。誰のせいでそんなことになったと思っているんだ?こいつは。
「先に謝らなきゃならないのは、あんたの方だろ?」
俺は黙っていることができなかった。
「君は?」
「俺は一之瀬尚吾だ」
俺と聖ちゃんが睨みあう。
「尚吾、尚吾、もういいんだってば、もう気にしてないし……」
風花がオロオロして言った。
「よくねーだろ?おまえ、昨夜はあんなに泣いて……」たじゃねーかと言おうとしたら、風花に思いっきり腕を引っ張られた。
「もういいんだってばー」
「風花?」
聖ちゃんが少し驚いたように風花を見つめた。風花はうなだれる。俺は盛大にためいきをつくと、聖ちゃんに向き直った。
「あんたさー、こいつの幼馴染なんだろ?ずっと前から知ってるんだろ?ドタキャンされたこいつが、どんな行動をとるのか想像がつかなかったのか?」
「……それは……」
「何があったかしらねーけど、こいつがどこにいて、どういう状況だったのかくらいは確認しても良かったんじゃねーの?一人で都内にいるって分かってても、あんた、こいつを放ったらかしていたか?」
「あの時、もう都内にいたのか?」
聖ちゃんは驚いたように言った。
「……」
風花は益々うなだれていっているみたいで、返事もない。
「風花っ!」
風花はピクンと顔をあげた。おびえた小動物みたいだ。
「ちょっとだけ早く着いちゃったんだよ。でも、平気だったし……」
「平気だったか?」
俺は片眉を上げて風花を見つめる。
「しょーご!」
風花は泣きそうな目で見上げてくる。黙ってろと言いたげだ。
「風花っ、何かあったのか?」
事情が飲めてきたらしい聖ちゃんが、驚いて問いただす。
「とーぜん何にもないさ。俺がいたからな」
俺は聖ちゃんを睨みつけた。
「今回は俺がいたから何にもなかった。けど、次は無いと思った方がいい。もし、あんたがこいつのことを少しでも大事だと思っているんなら、もう少しこいつの性格を考えて対応してやってくんねーかな」
呆然としている聖ちゃんと、すっかり沈没している風花を見てから、俺は風花に別れを告げた。
「え?駅まで送るよ」
風花が慌てたように追いかけてくる。
「ここまででいい。駅までの道は分かってるからな。おまえが向き合わなきゃならない相手は俺じゃなくて、聖ちゃんだろう?じゃ、うまくやれよ」
俺は軽く風花の額を指でつつくと、さっさと歩きだした。
なんか、俺、騎士みたいだな。世間知らずな姫を無事に鈍感な殿に引き渡したパンダナイトって訳だ。
俺は苦笑すると、冬晴れの小道を軽快に歩いて行った。