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第四十二話 ライ & ☆ ウィッシュ(一之瀬尚吾視点)

「どういうつもりなんだよ」

 講義が終わった後の教室で俺は陸也に詰め寄られた。

「何が?」

 俺はノートと筆記用具をバックパックにしまいながら問い返す。

「風花ちゃんの気持ちは分かってるんだろ?どうして安藤なんか連れてくるんだよ。随分気にしてたぞ、風花ちゃん」

「俺が誰を連れていようが勝手だろ?それよりもおまえ俺の代わりに風花の面倒見てやってくんねぇ?受験までもう少しだからって我慢してたんだけど、最近俺忙しくてさ。おまえが面倒見てくれるんなら俺も安心なんだけど」

「何言ってんだよ」

 陸也がたじろぐ。

「あー、おまえも忙しいよなー。なら誰か別のやつに……」 

「ふざけるなよっ、別のやつに風花ちゃんを任せるくらいなら、俺が面倒見るさっ」

 陸也がそう言うことは予想していた。万が一陸也がそう言わなければ、俺の計画は一時中断するところだ。計画は続行……俺は唇をかむ。

「あ、そう?それなら良かったよ」

 俺はバックパックの荷物を確認するふりをして俯く。とても陸也の目を見ることはできなかった。

「尚吾、おまえどうしちゃったんだよ?ちゃんとこっち見て話せよっ」

「どうもしないさ。いつもどおりだろ?」

 俺は意を決して顔を上げ、陸也の顔を睨みつける。

「……」

 陸也は返事もせずに俺を睨み返すと教室を後にした。俺は教室に一人残って小さく溜息をつく。これでいいんだ……これで……

 俺はこの前の陸也と風花を思い出していた。

 陸也と恋人同士のふりをして街を歩く、助けてくれた陸也の叔父の提案だった。風花から前の日の晩にメールがあったので、心配になった俺はその日二人の後をつけた。美術館や喫茶店に入って行く二人は本当の恋人同士のように見える。

 風花を一人にさせたくなかった俺は、家まで風花を見守る為に改札を抜けようとして慌てて柱の陰に隠れた。改札の手前で、首を横に振る風花の手首を掴んだまま陸也は何か説得している様子だった。そのうちに風花が納得したらしく、二人で改札を抜けてホームへ降りて言った。おそらく陸也は風花を家まで送るつもりなんだと思い当たる。

 その時、俺はあることを思い出した。あれはまだ春のころだ、陸也と風花を初めて合わせたあの日のこと。それまでそんな話題を持ち出したことがなかった陸也が、片思いの彼女がいると突然自分から俺に告白したのだった。あの後、何度訊いても、それが誰なのかを陸也は決して言わなかった。それがもし、風花のことだったのだとしたら?そうしたらつじつまが合うじゃないか。俺は雷に打たれた気分だった。あの悪夢……陸也の思い……すべてのことが、風花を諦めることが最善策だと俺に囁いているようだった。

 風花を失いたくない……だから風花を俺の傍に置いておくことはできない。矛盾して聞こえるかもしれないが、一緒にいたいと願ったことで父を失った俺には、それが最善策に思えて仕方がなかった。風花が死なないで生きていること、それだけが俺の唯一の願いだった。


 使いやすい数学の参考書を見つけたから週末にマンションに取りに来いよと風花にメールを送った。風花から行きますという返事がすぐに来た。俺はケータイを握りしめたまま、しばらく放心する。これでいいんだ。これで……


 週末の午前十時きっかりに呼び鈴が鳴った。俺が風花に指定した時間だ。

「おっはよ~尚吾!久しぶりだねっ」

 秋晴れの爽やかな風の中、風花は無駄に元気いっぱいだった。沈痛な気分だった俺は、ついほほ笑んでしまいそうになり、慌てて表情を引き締めた。

「おまえは無駄に元気そうだな」

「無駄には余計でしょ~?おっじゃましま~す」

 風花はさっさと上がりこむ。

「悪いけど、あまりゆっくりはしてもらえないんだ」

「うん、分かってる。忙しいんだよね~」

 俺は早速探してきた参考書を取り出した。あれこれ細かく参考書の使い方を説明する。

「もういいよ~、後は使いながら尚吾に質問するから~」

「駄目だ、ちゃんと聞け」

 俺は風花を睨みつけた。

「だって、忙しいんでしょ?」

 風花が頬を膨らませたその時、奥の部屋でバサバサっと物が落ちる音がした。

「誰かいるの?」

 怪訝そうな顔で風花が俺を見上げた。

「ごめーん、尚吾、本を落としちゃったわ」

 奥の部屋から安藤の声が聞こえた。風花が驚いたように俺の顔を見た。俺は舌打ちする。合図するまで静かにしておいてくれと言っておいたのに。俺は奥の部屋に顔を出して、もう少しだから静かにしておいてくれと呼びかけた。

「おいっ、待てよ!」

 リビングに戻ると風花がいない、玄関で靴を履いている姿が見えた。

「待てって言ってるだろ!」

 風花の腕を掴む。

「離して!尚吾の気持ちはよく分かったよ。私はもう尚吾の傍にいられないんでしょ?それを言う為にわざわざ呼び出したの?そんなの必要なかったよ、電話でもメールでも一言そう言ってくれたらよかったんだよ。なにが参考書よ!それくらい自分で見つけられるよ。子供扱いして馬鹿にしないでっ」

 俺の手を振りほどいてドアノブに手を伸ばす風花の手首を掴んだ。

「本当に子供だな!まだ話は終わってないんだ。待てよ!」

「離してよっ、尚吾の話なんてもう聞きたくないっ」

 振り向いた風花の目から大粒の涙が零れ落ちた。俺はひるんで手を離しそうになる。そこに呼び鈴の音がした。ドアを開けると陸也が立っていた。

「なんだよ俺に話って……」

 そう言いながら入ってきた陸也は、俺と風花を見て言葉を途切れさせた。奥から安藤が俺のシャツを羽織って出てきた。四人が玄関先で沈黙する。最初に行動を起こしたのは風花だった。握っていた俺の手を引っ掻いて振りほどくとドアの外に飛び出して行った。

「おい!」

 俺は慌てて追いかけて行きそうになったが、なんとか踏みとどまる。俺は陸也に向き合った。

「悪いけど、あいつのこと頼んでいいかな?俺、芹香とまた付き合ってるんだ。子供の面倒見るのももう飽きたしな」

 俺は安藤の腰に手を回した。

「……おまえ、サイテーだな」

 陸也はそう言い残すと、風花を追って出て行った。


 俺はマンションの窓から通りを見つめていた。しばらくすると風花が小走りでエントランスから出てきた。そのまま通りまで飛び出しそうな勢いだ。俺はやきもきしながら風花を目で追う。陸也のやつ、悠長にエレベーターを待ってるんじゃないだろうな。しかし、それは俺の杞憂だったらしく、すぐに陸也は風花に追いついた。引き止める陸也を風花が激しく拒絶しているように見える。俺はそれをハラハラしながら見ていた。やがて説得されたらしい風花は、陸也に手を引かれて俺の視界から外れて行った。

「ねぇ、尚吾、あれで良かったの?」

 リビングに戻ると安藤がまだ俺のシャツを羽織ったままで問いかけてきた。

「ああ、良かったよ。ありがとう。悪かったな、そんな恰好をさせて……」

「随分手の込んだふり方よね。よほど聞きわけがない子だったのかしら?」

 安藤は俺の肩にしなだれかかった。

「安藤には関係ない。もう服を着ろよ」

 俺は顔を顰める。

「このまま一緒にベッドへ行ってもいいわよ?」

 安藤は誘うような瞳で俺を見つめた。

「悪いな、そんなつもりはないんだ」

 決してプラトニックな関係だったわけじゃない、だけどその豊かな凹凸も、甘ったるい香水の匂いも、かつてのように俺の心をかきたてることはなかった。

「……あっそ、じゃあいいわ。だけどきちんと約束は守ってよ?まだ先だからって忘れないでよね」

「分かってる。その時期になったら、企業訪問する前に履歴書を書いて、忘れずに持ってきておいてくれよ。母親に口利きしてもらうから」

「尚吾って、相変わらず何を考えているのか分からない人よね」

 安藤は肩をすくめて奥に消えた。


読んでくださってありがとうございます 招夏

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