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第四十話 キープ☆マイ シークレット(二ノ宮陸也視点)

掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

(どなたも勘違いなさらないとは思いますが、念のため(^^ゞ)


 目を見開いたまま硬直している尚吾の背後に回って、俺も硬直した。ケータイに送られてきた画像には風花ちゃんが写されていた。破かれたブラウスの胸元、縛られた手足、おびただしい涙の筋……俺は驚愕の声を上げていた。その後の通話で激高した様子の尚吾が飛びだして行くのを俺は見送った。

 俺は考える。こんな画像を送ってくるやつなんてマトモなやつじゃない。しかるべき力を持った人間の協力が必要だ。

「もしもし、叔父さん?ご無沙汰しています。陸也です。少し力を貸してもらえませんか?俺の彼女が悪いやつに掴まったみたいで、これから助けに行くんですけど、ちょっと筋の悪い関係みたいで……ええ、そうです。場所は……」

 何かあった時には力になるぞ、いつでも連絡しろ。叔父は会うたびにそう言ってくれていた。叔父の力は最後の切り札だと俺はいつも思っている。ならば今使わずにいつ使う?


 尚吾が言い残した住所のビルに出向くと、既に叔父が待ってくれていた。

「よぉ、陸也。おまえ、ちっとも顔を出さない癖にいきなりやばい頼みごとをしてくるじゃねぇか」

 叔父は俺の顔を見た途端、ニヤニヤ笑いながら言った。服を着ているとよく分からないが、職業柄か叔父は筋骨隆々とした体を維持している。まさに一騎当千といった風情なのだ。

「そこの事務所はやばいの?」

「やばくなりそうな集団として目をつけられてる事務所だな。おまえの彼女が攫われたって本当か?」

 叔父は咥えたばこで、目をしばたたかせながら言った。

「たぶん何か勘違いされたんだと思う。いい子なんだ」

「……陸也、これだけは言っとくぞ。やつらはまだ所謂そう言った筋の集団じゃあねぇ。だがほぼ取り込まれようとしている素人集団だ。だからやることは似たり寄ったりだ。助けることは簡単だが、彼女が無事で済んでるとは思わねぇ方がいい。おまえ、その時の覚悟はできてるのか?」

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。風花ちゃんの画像を思い出して寒気を覚えた。何をされているんだろう。

「もちろんさ」

 風花ちゃんは、もちろん俺の彼女じゃない。だけど、俺が何かの力になれるのなら、助力を惜しむつもりはなかった。


 事務所のドアを蹴り開けて、叔父が事務所の受付らしい男に案内を乞う。乞う……と言うよりも脅して口を割らせると言った方が正確だ。受付の気の弱そうな若い男はビビりまくって、一番奥のドアを指示した。叔父はその男に悪いことは言わないから、ここから黙って消えろ、その方が身のためだとアドバイスした。男はそのとおりにしたようだ。

 ドアの前に立っていた屈強そうな男を、叔父は一言の発声も許さずに気絶させると、薄く開いたドアから中を覗きこむ。視線の先には拳銃を突きつけられた尚吾がいた。俺は瞠目する。

「ありゃ、誰だ?」

 叔父さんが声をひそめて俺に問いかける。

「あいつは俺の親友なんだ」

 叔父は少し怪訝そうな顔をして俺を見つめる。そこに低く落ち着いた女性の笑い声が響いたのだった。

「あれがおまえの彼女か?」

 俺は豹変した風花ちゃんにあっけにとられながらも、うんうんと頷く。

「へぇ、おまえのことだから、もっと……守ってやらなくちゃならないようなか弱そうな女を想像してたよ。おまえ、趣味変わったか?」

 叔父がくっくっと密やかに笑い、あれならまだ無傷かもしれねぇなと小さく呟いた。

「それよか、どうするよ。踏み込む?」

 女性の好みを言い当てられて動揺したのを隠すように俺は問いかけた。たぶん俺の趣味は変わってない。変わったのは風花ちゃんだった。

「まぁ、まて、おまえの彼女にもう少し時間稼ぎをしてもらおう。あんな物騒なものを持ってることが分かったんだ。こりゃ、一網打尽にできるチャンスかもしれねー。ああいう輩はいっぺんきつーくお灸をすえてやらないと目が覚めないからな。俺はちょっくら電話してくっから、なんかまずい動きがあれば刺激しないように入って芝居しろ。宅配便でも、アルバイト募集を見たでもなんでもいいから気を引くんだ。そしてなるべく時間を稼げ。できるか?」

 俺は少々ビビりながらも、風花ちゃん負けていられないと自分を鼓舞して小刻みに頷く。

「ただし、陸也、無理だけはするな。おまえに何かあったら兄さんに合わせる顔がねぇからな」

 俺はごくりと唾を飲み込んでから、深く頷いた。


 黒スーツに殴られた後、胸ぐらをつかまれて揺さぶられている風花ちゃんに、俺はゆっくりと歩み寄った。駆け寄りたいのは山々だったが、ちょろちょろした動きで相手を刺激するのはまずい。相手が拳銃を持っているからだ。

「大丈夫か?」

 黒スーツから取り返した風花ちゃんは、ひどく頬を腫れあがらせていた。

『風花ちゃん、俺に話を合わせて。俺のことを陸也って呼んで』

 俺は抱き寄せるふりをして、風花ちゃんの耳に小さく囁いた。

「に……陸也さん?」

 放心したような風花ちゃんの目が俺を捉えて、小さく俺の名前を呼んだ。

「あーあ、こんなに腫らして、かわいい顔が台無しだ。やってくれるねぇ。俺の彼女になんてことしてくれるんだい」

 俺の言葉に黒スーツが目を見張る。

「おまえ何者だ?」

「緑印会って知ってる?彼女の父親の配下にいるものって言ったら分かるかなぁ」

 俺は黒スーツを睨みつけた。

「な……に?」

 黒スーツと取り巻きの男たちの顔が硬直したのが分かった。

「GPSからの信号で、彼女が変な場所に居るらしいからって、親父さんに迎えを頼まれてねぇ」

 言いながら俺は目を細めて威嚇する。さて、この後どんなハッタリをかましてやるか、そう考えた途端、ドアがバンッと勢いよく開いた。

「警察だ!たった今、善良な市民から拳銃の発砲音のようなものを聞いたと通報があった。家宅捜索をする。全員壁に向かって立ち、両手を頭の上に乗せろ!」

 叔父が目でサインを送ってきたので、俺は尚吾と風花ちゃんの手を引いて、ドアの外に出た。


「風花っ、風花……」

 尚吾が泣きだしそうな顔で風花ちゃんを抱きしめた。風花ちゃんは放心したままの様子で尚吾にしがみついている。そんな二人を見ながら俺は充実感と一抹の淋しさを感じていた。ほんの一度だけ、頼りなく呼ばれた俺の名前が愛おしかった。俺は苦笑すると部屋の中を覗きこむ。中は騒然としていた。かなりな量の違法薬物が発見されたからだ。拳銃はモデルガンの改造品でそれ自体に殺傷能力はないものだった。彼らは大学生とそのOBで構成された一種のサークル集団で、違法薬物の売買に手を染め始めていて、警察から目をつけられていたらしかった。


 次々と事務所の男たちが拘束されて連れ出されていく。最後に叔父が得意げな顔で出てきたが、すぐに奇妙な顔になった。

「おい、陸也、あの子はおまえの彼女じゃねぇのか?」

 叔父の視線の先には抱き合っている尚吾と風花ちゃんがいた。

「あれ?俺そんなこと言ったっけ?」

 俺はすっとぼけて見せる。叔父はいきなりヘッドロックを掛けてきた。

「優しい叔父さんをだまして利用するだけ利用したってわけか?ああ?」

 警察庁刑事課勤務の叔父のヘッドロックはシャレにならない。俺はすぐに悲鳴をあげた。

「あー、ごめん、ごめん。本当のことを教えるからやめて!」

 俺の言葉に叔父の力がゆるんだ。俺はケホケホむせる。

「本当のこと?なんだ?」

 叔父が首を傾げた。

「……俺、彼女に片思い中なんだ。以上」

 小声でぼそぼそと自白する俺の言葉に、叔父はぽかんとした後、俺の背中をバシンと叩いて、おまえも報われねぇやつだなぁと呟いた。

 

「助けていただいてありがとうございました」

 叔父に気づいた尚吾が風花ちゃんの手を取って近づいてきた。尚吾のジャケットを羽織らされた風花ちゃんは少し焦点の定まらない目をしている。

「まぁ、市民の安全を守るのが警察の役目だからな。君もこれからは付き合う相手を考えた方がいいぜ、悪い奴は弱いところから攻めてくるからな」

 叔父は二時間ドラマの警察のセリフのような言葉を吐いた後、尚吾に苦言を呈した。叔父の言葉に風花ちゃんがふと我に返ったようにお礼を言った。

「どうした?お嬢ちゃん大丈夫か?あの黒スーツがしきりに緑印会のことを聞きたがってるようだが……お嬢ちゃんのあれはただのハッタリかい?それとも何か知ってることでもあるのかい?」

 叔父がいかつい顔を懸命に優しく見せようとしているのが分かって、俺はこっそり吹きだす。

「私、隣の県の緑陰高校の生徒なんです。入学が決まった時、パパがいつも緑印会のことで私をからかってて……それで思いついたデタラメです」

 叔父は風花ちゃんの話を聞いて大笑いした。風花ちゃんの大芝居がなかったら、ここまで人を動員できる時間がなかっただろうから、取り逃がしがあったかもしれないと言って叔父は礼を言った。度胸の座った娘だと、更に大笑いした。

「一つお願いだ、お嬢ちゃん。今日俺は、お嬢ちゃんが彼じゃなくて陸也のガールフレンドだと聞いてやってきた。そこでさっきやつらに、俺の甥っ子のガールフレンドに今度手ぇ出したら二度とブタ箱から出られねぇようにしてやるって脅しちまったんだ。知らずにとはいえ、俺は嘘をついちまったことになってる。まぁ、原因はこいつなんだがね」

 と言って叔父は俺を肘で小突いた。俺はごめんごめんと手を合わせる。その方が話が早かったんだとみんなに言い訳をする。

「そこでだ、二、三回でいいんで、俺の嘘に付き合ってこいつと街を歩き回っちゃくれねぇかな?その後別れたってことにすれば、あいつらもだまされたと思わずに済むだろ?」

 そう言った後、叔父はこっそりと俺だけに見えるようにウィンクをした。俺は慌てる。何を言い出すんだ?尚吾の前で……でも、

「でも、そんなご迷惑を二ノ宮さんに掛ける訳には……」と風花ちゃんが申し訳なさそうに言うので、俺は反射的に、そんなの全然迷惑じゃないと力強く叫んでしまった。

「悪いな二ノ宮」

 尚吾までが頭を下げるので、俺はすっかり居心地が悪くなってしまった。


 尚吾の車で風花ちゃんを家まで送ることにした。風花ちゃんは少し足取りがおぼつかない様子だったからだ。尚吾が気づいて、口をゆすがせる。

「あんな錠剤を噛み砕くなんて……」

 尚吾は泣きそうな顔で怒った。

「すぐに全部吐き出したよ。だって、犬に噛まれた時は手をひっこめちゃいけないんだよ~。逆に強気でぐっと押しこむ、それが基本だもん」

 風花ちゃんの言葉に俺は吹きだした。恐れ入るよマッタク。


 尚吾が運転をして、俺と風花ちゃんが後部座席に座った。尚吾が風花ちゃんを自分の隣に乗せたくないと言い張ったのだ。誰が見ているか分からないからという。自分と風花ちゃんが知り合いだと言うことさえ隠したがっているようだ。風花ちゃんに対する尚吾の態度が、少し変化したような気がして俺は首を傾げる。風花ちゃんはぼんやりしていて、特に気にする様子もなく静かに俺の隣に座った。車内を沈黙が支配する。風花ちゃんは青白い顔をして、少し前かがみで苦しそうに体を丸めていた。

「風花ちゃん、苦しい?椅子を倒してあげようか?」

 俺が問いかけると風花ちゃんは首を横に振った。こうしている方が楽なのだと言う。それなら俺に少しもたれるといいと言ったけど、風花ちゃんはそれにも首を横に振った。俺は強引に風花ちゃんの肩を抱いて寄りかからせる。風花ちゃんは特に抵抗せずに、小さくありがとうございますと言った。顔にかかる髪をよけてやる。艶やかな柔らかい髪が俺の指に添うように絡みつく。俺は気づかれないように小さく溜息をついた。このまま……ずっとこのままでいられたらいいのに。



読んでくださってありがとうございます 招夏

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