第三十九話 トワイライト☆ライアー(一之瀬尚吾視点)
掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
(どなたも勘違いなさらないとは思いますが、念のため(^^ゞ)
突然、その場に相応しくない笑い声が響いた。
「くっくっくっくっ、あははははははは」
低く唸るように、次いで楽しむように笑ったのは風花だった。床に殴り倒されたまま、俺は瞠目して風花を見つめる。男たちもぎょっとして風花を見つめ、黒スーツが怪訝そうに首を傾げた。
「何がおかしい?薬飲む前からぶっとんだか?」
黒スーツが問いかける。
「茶番はおしまいよ」
そう言いながら風花は黒スーツが持っているナイフの刃先を握りしめて、ゆっくりぐっと押しやった。ナイフの刃先を握る風花の表情には微塵の恐怖も見られない。まるでスイッチが切り替わったように、さっきまで震えていた風花とは雰囲気も口調も違っていた。
「それ貸して御覧なさいよ」
風花はおそらく違法薬物が入っていると思われる小瓶を黒スーツから取り上げた。自分で蓋を外し、中の錠剤を取り出す。ベビーピンクの錠剤を風花はなんのためらいもなく口に入れた。ガリと噛み砕く音がする。
「風花っ」
俺は拳銃の存在も忘れて叫んだ。
「やけに積極的だな」
少しひるんだ様子だった黒スーツが我に返ったようにニヤリと笑った。風花は黒スーツを睨みつけてから、床の上にペッと薬を吐き出した。
「安物ね。こんな不良品で私をどこに連れていくって?笑わせんじゃないわ」
風花は馬鹿にしたような目で黒スーツを見上げた。
「何言ってるんだ。これは極上のやつだぞ。おい、そうだよな」
黒スーツは心なしか慌てたように薄紫スーツに目をやった。
「言いがかりつけてんじゃねーぞ、それにどれだけ金をつぎ込んだと思ってるんだっ」
薄紫スーツがわめいた。
「こんなものにどれだけ金をつぎ込んだの?馬鹿らしい。あんたのところの連中はあまり優秀ではないようね」
風花は黒スーツに笑いかける。薄紫スーツが顔色を変えて風花を罵ったが、風花はまるで取り合わなかった。
「ねぇ、緑印会って知ってる?」
不穏な空気を纏って、風花は意味ありげに問いかけた。
「……昔存在したその筋の事務所だな。かつては一大勢力だったが二十年ほど前に徹底的に壊滅させられた。それがどうした?」
黒スーツが少し動揺したように答える。
「緑印会はまだ存在するのよ」
風花がニヤリと笑う。
「馬鹿な」
「かつてアメリカ合衆国が禁酒法という法律を施行したことがあったわ。その結果どうなったか知ってる?」
「……」
黒スーツは黙り込む。周りの男たちが顔を見合わせて、どうなったか知ってるかと目配せをしているのが見えた。
「……緑印会がアングラ化したと言ってるのか?」
「あなたが話の分かる人で良かったわ。うちのパパはね、そこの幹部なの」
妖しい瞳、魅惑的にほころぶ口元……風花?俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ふふん、大風呂敷はその辺にしとけ」
視線を外したのは、しかし黒スーツの方だった。
「大風呂敷かどうか試してみる?その前にあの男の拳銃をどうにかしてくれない?あんなものを簡単に振りまわすチンピラがいるようじゃ、ここも高がしてれるわね。どうみても素人集団……違うかしら?それにあのお兄さんのきれいな顔に傷でもついたらどうするの?何の利用価値もなくなるわよ?そんなことも分からないの?」
風花は俺を小馬鹿にしたように見て笑った。
「……あいつはおまえの彼なんだろう?」
「彼じゃないわ、まだね。ターゲットのひ・と・り」
黒スーツは風花の言葉を信じ始めたようだった。
「呆れたやつだ。おい、おまえもそんなもんいつまでもちらつかせてんじゃねーぞ」
その証拠に黒スーツはこう言って、手下のサングラスを叱りつけた。
「パパに連絡するわ。ケータイを返して」
「……何をたくらんでる?」
黒スーツは用心した顔になって、風花の目を探るように見た。
「今何時?」
「それを聞いてどうする?」
「私のパパね、私を溺愛してるの。私の体にはGPSに信号を送るマイクロチップが埋められてるのよねー。あまり遅くなるとパパが心配して探しに来るわ。私のパパがなんて言う名前かも知ってるんだったわよねぇ、ハッタリじゃなければ……」
「……」
黒スーツが迷っているのか手に取るように分かった。
「あなたにパパのことを紹介しましょうか?」
風花がにっこりと笑う。
「胡散臭いな」
「じゃあ、私はここでゆっくりパパを待たせてもらうことにするわ。もちろん紹介は無し。手首に縛られた跡がついちゃったから、パパに言いつけちゃうわ。激怒すると思うわよぉ?」
そう言って風花は楽しげに笑った。黒スーツの男は思案している様子だったが、やがて緩慢な動作で風花にケータイを渡した。風花は艶然と笑んで受け取った。風花は隣の部屋に移動しながら番号をプッシュしていく。番号を押したのは最初の二つの数字だけ、後は黒スーツにはたき落とされた。
「何の真似だ?時報でも聞くのか?それとも電報でも打つか?そうじゃないよなー、なめた真似しやがってっ」
黒スーツは風花を平手で殴り倒した。風花は悲鳴とともに吹っ飛んで隅の壁に激突した。
「風花っ」
俺は風花に駆け寄ろうとするが、周りの男たちに取り押さえられた。
「……うぅ」
風花がうめく声が聞こえた。
「いい度胸だお嬢ちゃん、アカデミー賞ものだよ。俺をだました代償はきっちりその体で払ってもらうぜ」
黒スーツは吹きとんだ風花の胸ぐらをつかんでガクガクと揺さぶった。
「やめろ!」
しかし俺は数人の男にがっちり取り押さえられて身動きが取れない。
「おいおい、俺の女になんてことしてくれるんだい?」
その時、突然ドアをあけて悠然と入ってきた人物がいた。
「!」
二ノ宮?俺は声にならない声で呟く。二ノ宮は不敵な笑いを浮かべたまま、黒スーツに歩み寄り風花を抱きとった。不意をつかれたからか、はたまた風花の緑印会話しが功を奏していたからなのかは分からなかったが、誰一人二ノ宮の行動を妨げるものがなかった。
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