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第三十八話 アドレナリン☆シャワー(視点変更有)

(一之瀬尚吾視点)


 その日の夕方、俺の部屋には久しぶりに陸也が遊びに来ていた。

「風花ちゃんってかわいいよな、おまえに首ったけって態度なのに、本人は誰にもそれを気づかれてないって思ってる様子でさ」

 陸也はクスクス笑った。

「風花はまだ子供なんだ。恋に恋してるみたいなところだろうよ」

 俺は溜息をつく。

「そうかなー、それはおまえの思い込みじゃね?」

 陸也が少し呆れたように言った時、着信メールが通知された。

「ん?」

 風花のケータイからだ。何気なくメールのタイトルを見て首を傾げる。「フウカ」とだけ書かれていた。メールを開いた俺は驚愕した。そこには両手足を縛られて胸元をはだけられた風花の画像が送られていたからだ。

「……なんだよこれ!」

 陸也がケータイを覗きこんで叫んだ。陸也の言葉が終らないうちに、今度は着信の表示が通知される。俺はごくりと唾を飲み込んでから、電話に出た。

「やぁ、ロキ・ミズガルズ・田中君、どう?写真は気に入ってくれた?すごくよく撮れてるだろ?」

「……あんた……もしかして……」 

 緩々と記憶がよみがえる。去年のイヴのバイト先のやつだ。

「そう、久しぶりだねぇ。あれから君に連絡をとりたくってさ、ずっと探してたんだよ。君のお陰でちょっとばかし、俺やばい立場になっちゃったからさぁ。今日君の彼女に偶然街で出会ってねぇ、君の連絡先を教えてもらったんだよ。彼女かわいいよねー。もう面倒くさいし、君の代わりに償ってもらおうかなって思ってるんだけど、どう?」

「ふざけんなっ、風花に指一本触れるなっ」

「ああ、悪いねぇ、もう指一本入れちゃったかも~」

 男は下卑た声で笑った。

「ふざけるなっ、どこに行けばいいんだっ」

 俺は一気に頭に血が上る。

「じゃあ、君にご足労願おうかな。場所は、例の場所。そう言えば分かるよね、パンダ君。あ、ショーゴ君って言うんだっけ?すぐに来てよ。警察とかを巻き込まずに来る方が賢明だよ。彼女の未来を台無しにしたくなければね」

 そう言って、通話は途切れた。俺は取るものもとりあえず、速攻で玄関へと向う。

「おい、尚吾、どこに行くんだっ?場所はどこだ!」

 二ノ宮の問いかけに、ビルの名前と場所を告げてマンションを飛び出した。




*   *   *

(佐竹風花視点)



「あれならすぐに来るな」

 薄紫スーツの男がニヤニヤ笑って言った。

 どうしよう、尚吾がこいつらに……私はパニックの一歩手前で踏みとどまる。私のケータイには尚吾の番号が入っていた。友人の名前を全部ファーストネームだけで入れるようにしておいたことに少し安堵する。私の名前はメールを見て知ったようだ。少しずつ回り始めた頭で、自分の手持ちカードを確認する。どう考えても私がここで身動きが取れないままでいることは不利な状況だ。私がこんなやつらにつかまったせいで、尚吾に危険が及ぶ。どうすればいい?しかもこんな姿を写真に撮られて、尚吾はあれを見たの?くやしくて涙が止まらなかった。

「じゃあ、お楽しみは後だな」

 黒スーツの男はニヤニヤ笑ってから、スカートの中に手を滑らせて私の太腿を触った。ザワリと不快感が体中を駆け抜ける。私は歯をくいしばった。

「……お願い、紐をほどいて……痛いの」

 私は泣きながら哀れな声を出す。男は一瞬怪訝そうな顔をしたけれど、すぐにニヤリと笑った。

「そうだな、足を縛ってちゃやることもできないしな」

 男は懐からバタフライナイフを取り出すと、足首と手首の紐を切った。

「逃げようなんて考えるんじゃないぞ?持ってるのはこのナイフだけじゃないからな。いい子にしてれば、後でたっぷり可愛がってやるし、家にも帰してやる」

 男ははだけた胸元に手を突っ込んだ。私は慌てて後ずさって襟をかき合わせる。その瞬間私はうっかりチラリと机の上の電話に視線を送ってしまった。そして残念なことに男は私の視線に気づいてしまったらしかった。

「ふふん、そういうことか。おまえはなかなか利口な犬らしい。しつけがいがありそうだ」

 男はそう言うと、私の襟首をつかんで隣の部屋に引きずっていった。

 なんてこと!私は絶望感に打ちひしがれた。


 隣の部屋には、黒スーツと薄紫スーツのほかに、体格の良さそうな男が三人、ドアの外には二人見張りとしているようだ。ドアを開け閉めするたびにそれが見える。ふと違和感を感じた。ここにいるすべての男たちがみんなやけに若いってことにだ。この人たちは一体なんの集団なんだろう……ううん、なんにせよ私はここから逃げなければ……

「ね、ねぇ、私は関係ないじゃない、もう彼は来るって決まってるんでしょ?私は帰してよ」

「今度は何を思いついた?やつは見捨てることにしたか?それとも電話を諦めて交番まで歩いて行くことにしたのか?ここから一番近い交番はどこか知ってるか?そこの交番のおまわりが、どれだけ腑抜けかも知ってるか?」

 黒スーツの男が面白そうに笑った。

「……」

 私はへたり込んだ。尚吾が来る前に、なんとかしたいのに。尚吾がどんなに強くても私がこのポジションにいる限り尚吾に不利だ。どうしたらいいの?

 間もなく外がざわつく気配がして、ドアがバタンと開いた。その時の尚吾は、私が今まで見たこともないくらい険しい顔をしていた。くすんだ緑色の瞳がいつになく碧い。

「これはどういうことだ?どういう理由でこんなことをする?」

 尚吾は薄紫スーツの男を睨みつけた。

「随分お早いお付きだねぇ。かなり大事な女らしいな」

 薄紫スーツは目を丸くして嬉しそうに嗤った。

「威勢がいいな、ショーゴ君」

 黒スーツは私を片腕で抱えたまま、前に進み出た。

「じゃあまず、おまえが俺の女の電話番号を知ってたわけを教えてもらおうか?そうしたらおまえの女がこうなった理由と、この後どうなるかを教えてやるよ」

「電話番号?」

 尚吾は首を傾げた。


 事情をかいつまむとこういうことらしい。尚吾がパンダのバイトをした後、薄紫スーツは尚吾に連絡を取るために電話をした。別のバイトの勧誘のつもりだった(薄紫スーツの言)のだが、電話に出たのは黒スーツだった。その電話は黒スーツの愛人のマンションの部屋の番号で、黒スーツは愛人が薄紫スーツと浮気していると思い込んだらしい。理由はその電話番号を誰にも教えたことがなかったから(黒スーツの言)だという。


「電話番号なら、あの時電話の横にあったメモ帳の隅に書かれていた番号を書いただけなんだけど……」

 尚吾は呆然として言った。

「なんだって?おまえ、そんな適当なことをっ。そのお陰で俺がどんだけ迷惑したか分かってんのかっ」

 薄紫スーツが唾を飛ばしてどなり散らした。その時、低い笑い声が部屋に響いた。

「手品にはちゃんとタネも仕掛けもあったってわけだ……くっくっくっ」

 黒スーツは面白そうに笑った。

「これで誤解は解けたんだ、風花を返してくれ」

 尚吾が一歩歩み出る。黒スーツが私を抱えたまま一歩後ずさった。

「この女がこうなった理由がお互い良く分かって良かったよ。さて、次にこの女がこの後どうなるかを教えてやらなきゃな。約束だから」

 黒スーツがニヤニヤ笑いながら言った。

「ふざけるな」

 尚吾の顔が再び険しくなる。

「おい、誰かあれを持ってこいよ。手間取らされたお礼をしなくちゃな」

 黒スーツはそう言うと、ポケットからさっきのナイフを取り出して私の顔にあてた。私は竦み上がる。尚吾が瞠目したのが見えた。

「動くなよショーゴ君、彼女のかわいい顔が台無しになるぜ?」

 黒スーツは手下が持ってきた茶色いガラス瓶を手に取った。

「この中には実に気分が良くなる薬が入ってる。極上ものだ。それをフウカちゃんに飲んでもらおうってわけだ。天国に連れて行ってやるよ。フウカちゃんもきっと気に入るはずだ。ショーゴ君はそこで見学だ」

 黒スーツがガラス瓶で私の顔をすぃーっと撫でる。私は目の前が真っ暗になるのを感じていた。周りの男たち全員がニヤニヤしているように見えるのは気のせいだろうか、私は震えが止まらなくなった。

「随分震えてるな、寒いか?これを飲めば熱くなるぜ」

 黒スーツは楽しそうに瓶で私の顔を撫でまくった。

「やめろ!」

 尚吾が一歩踏み出すと、周り男たちが一斉に尚吾に殴りかかっていった。私は悲鳴をあげる。尚吾は素早い動きでそれらをかわすと、二人ほどを殴り倒した。尚吾の手が私の顔に突きつけられているナイフをつかもうとした瞬間に、尚吾の脇に立っていたサングラスの男が尚吾の頭に何か黒いものを突き付けた。テレビでしか見たことのないその物体は、拳銃だ!

「動くなよ、これは本物だぜ?」

 サングラス男はニヤリと笑って、拳銃を持っていない方の拳で尚吾を殴り倒した。

 それを見た時の私の気分をどう表現したらいいんだろうか。まるで血が逆流したようだった。脈が跳ねあがり、体中がかぁっと熱くなり、震えはピタリと止まった。逆に頭の中は急速に冷ややかになり、思考が研ぎ澄まされていく。ショウゴニナニヲスル!ユルサナイ!研ぎ澄まされた思考は、この言葉だけに集約していった。


読んでくださってありがとうございます 招夏

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