表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/56

第三十二話 マジカル☆HANABI


「ね~、着くの遅くなっちゃうよ?」

 のんびりと出店の焼きそばとか、イカ焼きとかを食べながら歩く悠吾君を呆れて見上げる。

「ほら、おまえも食えよ。ビルに着いたら気取ったパーティー料理しか食えねーぞ」

 私はノリ巻きのお団子を握りしめている。醤油の香ばしい匂いに釣られてしまったのだった。

辺りはすっかり日が落ちて、ついさっき、もうすぐ開始だという合図の花火が上がったところだ。LTビルはもう目と鼻の先だと言うのに、悠吾君はビルの谷間の路地で突然立ち止まった。

「?」

 私も歩みを止めて悠吾君を見上げる。

「おい、ちょっとここに座ってろ」

 悠吾君はビルの植え込みの縁を指差した。

「どしたの?」

「動くなよ。怪しいやつが話しかけてきたら、すぐにビルの中に入れ。中に守衛がいるからな」

 そう言い残すと、悠吾君はどこかへ行ってしまった。悠吾君がいなくなってまもなく、最初の花火が打ち上げられた。そこはまさに穴場だった。ビルとビルの隙間の道路の上に大輪の花火が開く。

「うわ~」

 そう言って空を見上げた途端、おでこにヒンヤリしたものが当てられた。

「緑茶とウーロン茶、どっちがいい?」

 悠吾君だった。

「お茶買ってきてくれたの?ありがとう」

 私は緑茶を選んだ。確かにのどが渇いている。まさにグッドタイミングだ。

「もう花火が上がりそうだったから途中で買いそびれたんだ」

 少しだけ外で見てからビルに入ろうぜと悠吾君は言った。ビルの中に入ってしまうと音があまり聞こえなくなるのだと言う。私は悠吾君の完璧な案内ぶりに感心する。

「すごいね、こんなところで花火が見られるなんて……きっと誰も知らないよ~」

「俺たち良くここの花火を見に来たんだ。父親が死んだ後、こっちに出てきたからな。母親はいつも家にいなくて……尚吾と二人で良く見に来てた」

「……そうだったんだ」

 尚吾と悠吾君のお父さん、トーネさんの旦那様……当然会ったことはないわけなんだけど、この三人と話していると常にもう一人って感じで身近に感じる。優しい思い出として、悲しいわだかまりとして。そして私は時々、その穏やかな日だまりにも似た高エネルギー体の前で途方に暮れてしまう。どうしたらいいのか戸惑う私に、その高エネルギー体の方も戸惑っているような気が……いつもしていた。

「ねぇ、悠吾君はノルウェーの大学に通ってるの?」

 戸惑いが私に話題を変えさせる。

「……ああ」

 悠吾君がふと現実に戻ったという様子で返事をした。

「何を勉強してるの?」

「……魔法」

「なにそれ。私、真面目に訊いてるのに……馬鹿にしてんの?」

 私は口をとがらす。

「俺だって真面目だ。実は俺さ、魔法使いだったんだよ」

 悠吾君は私の顔を覗きこむと、真顔で不真面目なことを言った。私は明後日の方を見てふ~んと頷く。悠吾君はそんな様子の私を見て小さく笑んでから続けた。

「でも、俺そうだって知らなくてさ……自分でも気づかないうちにものすごく強力な呪いの魔法を使っちゃったんだ。でも俺解除の仕方が分からなくてさ。それで、その呪いを解除する方法を習得しようとずっと勉強してるわけよ。でもこれがなかなか難しくて……って、聞いてんのかよ、おい……」

「花火、きれいだね~」

 私は、連続で上がっている花火を愛でて緑茶をごくりと飲んだ。

「……でも、その呪い、少し効果が薄れてきてるような気はしてるんだ。もしかしたらおまえが解除しかけてるのかもしれない……」

 私は怪訝な面持で悠吾君を見上げる。

「私?」

「うん」

 悠吾君はウーロン茶をゴキュゴキュと飲みほした。私は首を傾げる。

「それって、誰かに呪いをかけちゃったってこと?」

「うん」

「誰に?」

「……尚吾に……」

 悠吾君の答えと同時に夜空に金色の大輪の花が広がった。その刹那今まで聞こえていたものよりも数倍大きな炸裂音が響きわたる。

「今、尚吾って言った?」

「うん。あいつ妙に人を避けるところがあるだろ?」

 言われてみれば確かにそうかもしれない。週末ごとに私に数学を教えてくれていたのだ。友達との約束があればそっちを優先して構わないと言っているのに、これまでそれを理由に尚吾が休んだ日はなかった。

「前は、あいつあんなじゃなかったんだ。もっと人懐こくて……もっと……甘ったれだった」

 甘ったれな尚吾?瞬時に想像してはいけないものをつい想像してしまい、緑茶にむせる。

「どんな呪文を使ったわけ?」

 ひとしきりケホケホ咳きこんでから問いかけた。

「……俺、尚吾に……」

 ドンっと大きな音がした後に、バリバリバリっと夜空を空入りしているような音が響き渡る。

「……ごめん、言えない……俺、あの時はまだ子供で……言葉にそんな力があるなんて知らなかったんだ……」

 悠吾君は痛みをこらえている様子で言った。私は再び途方に暮れてしまう。

「……そろそろ行こうぜ?みんなが心配するといけないから」

 悠吾君は突然立ち上がると、ズボンのお尻をパンパンとはたいてニッと笑った。

「うん……」

 途中にある自販機の横の缶入れに缶を入れる。カンッと忠実な音がした。進む方角の少し左手に花火は上がっている。

「あ!あれ、ニコニコマークだったよ!」

 私は夜空を指差す。

「おい、腕につかまれよ。そうしたら花火を見ながら歩けるだろ?」

 悠吾君が腕を差し出した。

「え?」

「なるべく俺にくっついとけよ。俺がおまえの目になってやるから」

 私の目になってくれる、その言葉がやけに新鮮ですっかり嬉しくなった私は、悠吾君の腕につかまった。悠吾君に縋りついて歩きながら花火を堪能する。花火は色を変え、形を変え、螺旋の光跡を残し、光の粉末を撒き散らし、飽くことなく眺められるように趣向を凝らされていた。二人で黙ったままゆっくり歩く。

「……おまえさ、危ない目に遭うなよ」

 悠吾君の声が突然頭上から聞こえた。

「え?」

 私は驚いて悠吾君を見上げる。

「尚吾の傍に居たいのなら、危ない目に遭うな。呪いを完璧に解いてしまうまでは絶対だ。約束しろ」

 怖いくらいの真面目な声に私はゴクリと唾を飲み込んだ。

「呪いが解けたかどうかなんて、どうしたら分かるの?だって……」

 尚吾が呪いにかかってるなんて私には分からないし、信じられない。

「俺は分かる。俺が知らせる。それまでは絶対だ。じゃないと俺はお前を許さない」

 あまりに真剣な悠吾君の言い方に、私は少し怖くなってくる。


「風花?」

 その時、LTビルの前の人影が私の名前を呼んだ。

「しょーご?」

 私は驚いて、悠吾君の腕から手を解くと尚吾に駆け寄った。

「尚吾、どうしたの?やっぱり尚吾も花火を見たくなったの?」

 私はなんだか無性に嬉しくって、ぴょんぴょん尚吾に跳ねつく。嬉しくて跳ねついたのに尚吾は私の頭をこぶしで挟んでグリグリと絞めつけた。

「いたたたた、何すんの?」

「何してたんだよ。連絡があってから随分たつっておまえの友達は言うし、ケータイに連絡してもでないし、何かあったのかって心配するだろ?」

「尚吾、心配してここで待っててくれたの?」

 私は目を見開いた。

 尚吾は仏頂面のまま、ふんと横を向いた。確認すると、ケータイは充電不足で電源が落ちていた。

「ありがと」

 私は尚吾の手を取って振りまわす。

「こら、おまえ、何やってんだよ」

 尚吾は呆れた顔で、もう一方の手で私の頭をクシャっと撫でた。尚吾になんと言われようと、尚吾に呆れられようと、尚吾に触れていたかった。尚吾に呪いなんてかかってないって安心したかったから。

「おう、心配したか?悪かったな」

 ゆっくり歩いてきた悠吾君が笑みを湛えて尚吾に片手を挙げた。

「……別に」

 仏頂面の尚吾に、悠吾君は急にいかめしい顔つきになって耳元に口を寄せると、

「姫は無事に届けたぞ、後は尚吾がしっかり護衛しろ」と言い残して自分はさっさとLTビルに入って行った。

「……やけに仲良さそうじゃないか」

 悠吾君の後ろ姿をぼんやり見ていると、頭上から尚吾の不機嫌そうな声がした。

「え?」

 私は驚いて尚吾を見上げる。とくん、鼓動が一瞬跳ねあがる。ん?なんだろう、今の。

尚吾はぷいっと視線を外して私の手首をギュッと掴むと、ぐいぐい引っ張ってビルの中へ入って行った。




読んでくださってありがとうございます 招夏

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ