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第三十一話 YUKATA☆ラッシュ


「おい、そりゃないだろ?」

 玄関で履物を履こうとしたところで悠吾君が素っ頓狂な声をあげた。

「何が?」

 私は怪訝な顔で悠吾君を見上げる。

「なんで浴衣でサンダルなんだよっ。下駄はどうした?下駄はっ」

「げ、下駄は……苦手なんだもん。鼻緒で足が痛くなっちゃって……」

 はぁーっと悠吾君は大きな溜息をついた。

「浴衣には下駄だろぉ?白い足首とか鼻緒の色に合わせたペディキュアとかが色っぽいんだろーが」

 悠吾君はがっくりとうなだれた。なんだか悠吾君には下駄に対する思い入れと言うか、こだわりがあるらしい。でも足首ならサンダルでも出てるし、一応浴衣の色に合わせたピンク色のペディキュア塗ってるし~と、私は一人心の中で言い訳をする。

「よしっ、下駄の似合う色っぽいおねーちゃんを捜しにいくぞっ。ほら来い、ちびっ子」

 悠吾君は突然鼻息荒く言い放つと私の手を引いた。

 さっき尚吾と悠吾君は話があるとかで、二人で奥の部屋へ消えた。何かヒソヒソ話していると思ったら、すぐに悠吾君がへらへら笑いながら、尚吾は仏頂面で一緒に出てきた。同じようで表情が違うところが神社の狛犬みたいだ。

 私は、玄関先で心配そうに見送る尚吾にほほ笑んで手を振ると、少し影が伸びてしのぎやすくなった陽光の中へと歩き出した。


 この浴衣は、今年、桃花ちゃんやその他仲の良い友達数人とで街に買いに行った。種類が豊富なお店で、店員さんも感じが良くて、それぞれの雰囲気に合った浴衣選びをアドバイスしてくれた。私は最近流行りの黒っぽい粋な感じで艶やかなのが欲しかったんだけど、勧められたのは、ピンク系の綿紅梅変わり生地で古典的なナデシコ柄の浴衣地に小さな金色の蝶が舞う黒地の帯だった。一方桃花ちゃんが勧められたのは、涼しげな黒系の綿絽生地に艶やかな赤い薔薇が描かれた浴衣地に銀線がすっきりと入った赤い帯で、私が最初にいいな~と思って見ていたものだった。桃花ちゃんが勧められていた浴衣地に比べると、私のはなんとも子供っぽくて溜息がでたが、みんながこぞって私にはこれが一番似合うと言った。確かに私にはこれが良く似合っていたし、試してみた黒系の浴衣地はどれもこれも私には似合わなかった。


「もうこんなに人が……」

 予定していた待ち合わせ場所に行く途中で、私はあっけにとられていた。会場に近い駅から、じゃんじゃん人が吐き出されて来る。帰りも混むので帰りのチケットも用意しておくか、これを機にSuicaを作るかしておくことをお勧めしますと駅員さんがメガホンでアドバイスしていた。臨時のチケット売り場も開設しているようだ。

「ものすごい人だね」

 見上げると、悠吾君は人の多さなどどこ吹く風といった様子で、嬉しそうにキョロキョロしている。宣言通り色っぽい浴衣のおねーちゃんをサーチ中らしい。浴衣を着ている子は結構多かった。派手なレース使いの帯飾りや、浴衣というよりも着物のような優美な柄のものや、丈の短いものなど様々だ。見ているだけでも楽しい。

「ここの花火大会はいつもこうじゃん。もしかして初めてなのか?」

 悠吾君は私の手を引いたまま、人ごみの中をすいすい歩いて行く。やけに慣れているようだ。

「うん、実は今日来るみんなが初めてなんだよ~」

「どうりで、あんな場所で待ち合わせなんて甘いことを考えていたわけだ」

 悠吾君は鼻で笑った。

「連絡してみろよ。誰もそこに近寄れてないから。俺が保証するぜ」 

 悠吾君が言うので、桃花ちゃんに連絡を入れた。悠吾君の言うとおり、桃花ちゃんたちは、まだ待ち合わせ場所につけてないと言った。桃花ちゃんの声のバックに、やはりメガホンを使っているらしい駅員さんの誘導の声が聞こえた。

『ものすごい人だね、会場なんてとても近寄れそうにないよ』

 情けない声で話す桃花ちゃんの横から、『桃花、危ない』と直人君の声が聞こえた。

「桃花ちゃん、大丈夫~?」

「貸してみな」

 私が慌てて叫んだ瞬間、ケータイがするりと抜き取られる。マッタク、尚吾んちの人たちは、誰もかれもケータイを抜き取る技をいつも私に繰り出すんだから、と一人ブツブツ呟く。悠吾君は桃花ちゃん達の現在位置を聞くと、テキパキとそこからの行き先を指示した。

「そこも混んでて身動きがとれないようなら、また連絡をくれる?え?俺?いや、尚吾じゃないよ、尚吾の弟の悠吾って言うんだ。君は?桃花ちゃんね。じゃあ、後で」

 悠吾君はそう言うと、私に代わりもせずに通話を切った。

「ちょっと~、それ私のケータイなんだからねっ」

 私は頬を膨らませる。

「なーなー、桃花ちゃんってすっごく大人っぽくてかわいい声してんなー。どんな子?画像ないの?」

 私の言うことなんてちっとも聞いていないらしい。それでも桃花ちゃんを自慢したかった私は、ケータイでとった画像を悠吾君に見せてやった。この前一緒に浴衣を買ったときに、みんなで撮りっこをしたので、今日来る子たちのほとんどの浴衣姿の画像があった。

「うっわー、みんな、すごカワ。しかもこの子なんて、色っぽい、大人っぽい。誰かさんと違う……」

 悠吾君は桃花ちゃんを見て褒めちぎった。私は持っていた布の巾着を悠吾君にぶつける。

「ムカムカする~」

「いてっ、誰かさんが風花だなんて言ってないぞー」

「顔に書いてあるじゃん」

 私のふてくされた態度に悠吾君はクスクス笑った。


 街には夕暮れの気配が漂い始めていた。あちらこちらにある出店から、イカを焼く匂いや醤油の焦げた匂いが誘惑する。暑い日だったので、かき氷の店には行列ができていた。悠吾君が指示した場所に着いたが、ここもかなりな人出でほとんど身動きが取れない状態だ。

「あちゃ、ここも駄目そうだな。おい、もう一度連絡してみろよ」

「うん」

 私は持っていたイチゴ味のかき氷のカップを悠吾君に渡すとケータイを取り出した。かき氷は悠吾君が空いている店を目ざとく見つけて早めに購入したのだ。そのうち行列することになるから、ここで買おうと。そしてそのとおりになった。

「あ、桃花ちゃん……うん、今着いたんだけど、ここもすごい人で。桃花ちゃん達は今どこ?えーっ?沙耶ちゃんが?大丈夫なの?」

 私は驚いて悠吾君を見上げる。悠吾君がどうした?という風に首を傾げる。

「友達の一人が怪我をしちゃったんだって」

 私は悠吾君に伝える。悠吾君はすぐに再びケータイを私から抜き取った。

「悠吾です。友達はどんな具合なんだ?……うん、そっか。今いる場所は?ふーん……じゃさ、その近くにLTビルってあるの知ってる?……じゃさ、誰か知ってる子いないか聞いてみて、いたらその子と代わってよ。うん……あ、ども、一之瀬です。怪我をした子はそこからLTビルまで行けそうかな……そっか、じゃあ手を貸してやってくれ。LTビルの守衛に連絡しておくから、そこで手当してもらっておいてくれる?ここからだと、たぶん俺たちの方が着くの遅くなると思うからさ。そこのビルからも窓越しになっちゃうけど花火見れるから、他の子はそれで我慢してもらって。たぶん、中の人が案内してくれるはずだから……うん、じゃ、LTビルで」

 途中から明らかに声のトーンがダウンしたので、桃花ちゃんから誰かの彼に代わったのだろうと推測して私はクスクス笑う。

「何笑ってんだよっ。おい、ケータイ借りるぞ」

 悠吾君は私の頭をケータイでコツンとつついてから、素早い指の動きで番号をプッシュした。

「あ、母さん?実は……」

 母さん?トーネさん?悠吾君は今までの経緯を簡潔に説明し、怪我をした沙耶ちゃんの手当と、他の子が花火を見れるようにしてほしい旨を告げた。

 トーネさんはLTビルって所にいるんだろうか。私は目をぱちくりさせる。

「ね~、悠吾君、LTビルにトーネさんがいるの?」

「ああ、いるよ。今日は花火大会だから客を招いてパーティーをしてるんだ」

「ふ~ん。なんかすごい迷惑掛けちゃってる……よね?」

 私は心配になってくる。パーティーを開くだけでも大変だろうに、怪我人とその一行が詰めかけるなんて……

「……おまえも覚悟しておいた方がいいぞ」

 悠吾君がしかつめらしい顔をして言った。

「え?何を?」

「母さんにものを頼んだら、その倍以上の見返りを求められるってことだ」

 悠吾君は世にも恐ろしいとでも言いたげに首を竦めた。

「なんだ~、それならその方が気が楽だよ~。よしっ、皿洗いでも掃除でも、風花さまにお任せだよ~」

 ニパッと笑った私を、悠吾君は一瞬ポカンと見つめてから、そっか、と言ってゲラゲラ笑った。

「なー、ところで、上杉って誰?誰かの彼?」

 悠吾君が眉間にしわを寄せて言った。

「上杉直人君は桃花ちゃんの彼だよ~」

「なぬー」

 悠吾君はがっくりと肩を落とす。でも次の瞬間再び元気を取り戻して、打倒上杉っ!と叫びながら私の手を取って歩き出した。


読んでくださってありがとうございます 招夏

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