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第三十話 アイスプリンス☆ファンクラブ(一之瀬尚吾視点)


 隣のリビングから悠吾と風花の揉めている声が聞こえる。何を揉めてるんだ?雪村准教授から借りているレポートに集中しようと思うのだが、ついつい俺の耳は二人の言葉を拾ってしまう。雪村先生の家にバイトで通っているうちに、俺は色々な仕事を頼まれるようになり、雪村先生が研究している内容などをこっそり教えてもらえるまでになっていた。頼まれる仕事の内容は興味深いことばかりで勉強になる。


「これネクタイじゃん。こんなことに使っていいの?」

 風花の声だ。ネクタイ?ネクタイをどうするんだ?

「いいって、いいって気にすんな。で、これをこうやって、ここを通して……」

 悠吾の声だ。ネクタイを使って何かしているらしい。何をしてるんだ?

「ありゃ?これじゃ、駄目だな」

 悠吾がブツブツ言っている。シュルシュルと音がするので、なんだかしきりにネクタイを結んだり解いたりしているようだ。しかし、どうしてネクタイを結ぶ必要があるのか。俺は首を傾げる。カポナータ丼を食べると言っていたのに……しかも、悠吾はネクタイなんて持ってたっけ?俺は更に首を傾げる。次の瞬間、風花の助けを呼ぶ声が聞こえた。

「やだ~、悠吾君ひどいよ~。もうやめてっ、これじゃあ全然動けないじゃない。ね~尚吾ぉ~助けてよ~」

何をしてるんだ?俺は慌ててリビングを覗いてあっけにとられる。

「……おまえら何をしてるんだ?」

 そこには、ネクタイで縛りあげられて半泣きになっている風花と、結んだネクタイの結び目と格闘している悠吾が立っていた。


「まったく、俺のネクタイ勝手に使いやがって……」

 俺はブツブツ言いながらテキパキと風花にたすき掛けを施した。

「手慣れてるな、さてはしょっちゅう着物着て掃除してるな?」

 悠吾君が感心して呟く。

「んなことすっか。中学生の時に応援団でよくやってたんだよ」

 俺はぼそりと言った。

「応援団?尚吾が?」

 悠吾が驚いて問い返す。

「ああ、おまえがノルウェーに行った後だよ」

 悠吾が中学になじめずにノルウェーに行ってしまった後、俺は少し生き方を変えてみた。それまでなるべく目立たないように生きてきたのだが、思い切って何かに挑戦してみようと思ったのだ。それが応援団だった。実情はクラスでやるやつが誰もいなかったので手を挙げてみた、それだけのことだったのだが……。以来俺の生活はガラリと変わった。一番驚いたのは、応援団の俺は女子にかなり評判が良くてファンクラブまでできたことだ。まぁ、俺にしてみれば、若気の至りってやつなのだが……風花の顔を見て、すぐに俺は応援団のことを口にしたのを後悔した。嫌な予感がする。

「ええええ~、尚吾の応援団?見た~い。写真ないの?」

 風花が両手の指を組み合わせたまま目を輝かせて身を乗り出した。予感的中だ!

「ない」

 俺は明後日の方向を見て即答する。

「あるんだな?」

 悠吾がニヤリと笑った。

 

「きゃゃゃゃ~、かっこい~私入る!この応援団ファンクラブ!まだあるの?」

 風花が目を輝かせる。アルバムには応援団ファンクラブと書かれた大旗を広げた女子たちが写っている写真もあった。

「んなもん、もうあるかっ」

 悠吾の裏切りによって、俺の中学時代のアルバムはあっという間に発掘され披露された。

「ね~、どうして尚吾っていつも無表情で写真に写ってんの?なんかいつも怒ってるみた~い」

 風花が指摘する。

「どれどれ?お、本当だな。おまえちっとは笑えよ」

 悠吾が覗きこんで呆れた顔をする。

「どんな顔してようと俺の勝手だろ」

「この旗って色々書き込んであるんだね~。もしかしてこの鷹の絵は手書きなのかな」

 旗の中央には鷹が翼を広げている絵が大きく描かれている。絵のうまい女子が集まって大騒ぎでこの鷹を描いていたのを俺は覚えていた。

「そうだよ」

「ん?何々?応援団の人の名前がみんな書かれてるみたい……」

「もういいだろ!」

 風花が写真に目を近づけて凝視しているのを俺は取り上げた。

「あ~」

「ふーん、なるほど、名前と……あだ名みたいなのがカッコ書きで書かれてるなー」

 俺が風花から取り上げたアルバムを悠吾が取り上げた。

「おいっ!」

 俺は慌てて取り返す。

「いいじゃん、俺の知ってるやつの名前があったぞ。青木颯太、『蒼穹の稲妻』だってさ、意味わかんねー」

 悠吾はぶはっと吹いた。

「え~、尚吾は?尚吾はなんて書かれてるの?」

「もう、いいだろっ、そんなのどうだってっ」

 俺は取り返したアルバムを奥の部屋に隠しに行った。戻ってくると、風花が目を潤ませていて、俺と目を合わせようとしない。

「悠吾、おまえ……」

「ごめん、風花が教えないとカポナータ丼食わせないってゆーから」

 ぶはっと悠吾が笑い始める。

「悠吾君、笑っちゃダメじゃん。でも写真の尚吾には合ってるよ……無表情だし~」

 おまえが笑ってんじゃねーか。俺は小刻みに肩を震わせている風花を睨みつける。あの頃俺についていたあだ名は「氷のプリンス」、いつも無表情だからとからかわれてつけられたものだった。勝手に笑えよっ、ちっ。


 俺は無言で風花が作ってくれたカポナータ丼をがっつく。温かいご飯の上にカポナータを乗せて温泉玉子を乗せてパルメザンチーズを振りかける。カポナータはニンニク風味を効かせたトマトソースが不思議なくらいご飯と合っていた。さすが小春さんだ。少し気分が良くなった。

「うまいなこれ。おかわりあり?」

 悠吾も隣でがっついている。

「温泉玉子は三つ入ってたから、残りはトーネさんの分だよ~。おかわりはなし~」

「ちぇー」

「三人分ってことは、小春さん悠吾のことを知ってたのかな?もしかして風花の分だったんじゃないのか?」

 俺はふと気づいて言った。

「たぶんママは悠吾君のことトーネさんから聞いてたんだと思うよ。私は浴衣を着る前に食べたもん。だって帯しめた後は何も食べたくなくなるしね~」

 風花は帯のあたりをポンポンと叩く。

「食欲がでるように俺がほどいてやろうか?」

 悠吾がニヤニヤしながら言った。

「駄目だよ~、一旦ほどいたらもう着れないんだもん。この帯ったら私の言うことをちっとも聞かなくて~」

 風花は頬を膨らませた。おい、抗議する点はそこなのか?何かズレてないか?俺は溜息をつきながら頬杖をついて風花を見つめる。隣で悠吾が楽しそうにくっくっと笑っていた。


「んじゃ、そろそろ行くね」

 風花はそう言いながらエプロンとたすき(ネクタイ)を外した。

「友達とはどこで待ち合わせてるんだ?」

 ここに届け物をすることで面倒な状況になってるんじゃないだろうか、俺は急に心配になった。風花が言った場所は待ち合わせ場所としてポピュラー過ぎる場所で、花火大会の人出を考えれば、あまり適切な場所とは思えなかった。

「そこで落ち会えなかったらどうするつもりだ?」

 当然プランBは考えているんだろうなと俺は問いかけた。

「そんなの考えてないよ~。でもケータイ持ってるからだいじょ~ぶ、大丈夫」

 俺ははぁ~と溜息をつく。俺がついて行った方が良さそうだ。そう言おうとした時、悠吾が口をはさんだ。

「俺がついて行くよ」

「おまえが?」

「悠吾君が?」

 俺と風花の声が重なった。

「ああ。久しぶりに花火も見たいし。他の浴衣姿の女の子たちも見たいしなー」

 悠吾がニッと笑って言った。


 俺は悠吾にちょっと来いと奥の部屋に呼びつける。

「言っとくが、あいつはトロいんだぞ。ちゃんと責任もって面倒をみれるのか?」

 俺は声をひそめて悠吾に警告する。

「なんだよ俺が信用できねーの?」

 悠吾は憮然とした。

「絶対、目を離すなよ。すぐ迷子になるし、すぐ泣くし……」

「どこのちびっ子の話をしてるんだよ。まったく心配症だなぁ。それに少しは俺のことを信用しろよ、双子だろ?」

 悠吾はへらへら笑った。その態度が信用できないんだろ、俺は心の中で舌打ちをした。


読んでくださってありがとうございます 招夏

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