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第二十九話 INOCHIGAKE☆カポナータDON


 父が考案したエコハウスペンションは、トーネさんのダメだしの嵐をくらって開店が二週間ほど遅れるらしかった。

「家具の選定が年寄り向け過ぎるわ。それに、この家は誰に見てもらいたいの?あなたは家を売りたいの?ペンションを始めたいの?ターゲットは誰?」

 トーネさんは片手を腰に当てて父親を見つめながら、矢継ぎ早に質問をぶつけた。父親の隣で母がニコニコして聞いている。

「そりゃ、僕は建築家なので家を売りたいんですが……その、あの……どの年代にも、そして地球にも優しい家というか、なんというか……」

 トーネさんの前では、父親がなんだかできの悪い生徒に見えきて、私はこっそり吹きだした。

「だったら、色々な設定を写真でとって、部屋のあちこちにパネルに入れて飾っておくのはどうかしら。新婚のカップル用、子供のいる家庭用、老夫婦用で、それぞれニーズが違うでしょ?押しつけるのはNGだけど、暮らし方のイメージを提案するってことは結構大事なことなのよ」

 トーネさんは、その他も食事のメニューや、イベントを次々と提案し、それを可能にするために惜しみなく助力を申し出てくれた。そして助力する代わりに、トーネさんは自分が経営している北欧家具店とコラボさせて欲しいと父親に申し出た。父親は当然大喜びでそれに同意した。薄々気づいてはいたんだけれど、トーネさんはかなりのやり手実業家みたいだ。とまあ、親たちの仕事の話はこれくらいにしよう。私には関係のないことだしね。


 実は今、私は格闘している。何と格闘しているかと言うと……

「これをここに通して、ぐっと絞めて、輪にして……ありゃ?ゆるんじゃったぁぁ、もう~」

 帯が……どうしてこの浴衣の帯は私の指示通りにじっとしていないのだぁ?さっき母に着せてもらおうとしたら、浴衣も自分で着られないのかと馬鹿にされたのだ。むむむむ。怒りをバネにするタイプの私は、それから一時間ほど帯と格闘している。もうそろそろ出かける時間なのにぃ。

「風花?まだ着れないの?」

 母親が覗きに来た。

「帯がゆ~ことをきかないんだよ~」

 私は涙目で抗議をする。結局母親の用事を頼まれるという交換条件付きで着付けをしてもらった。


「ごめんね~、私寄る所ができちゃったから現地待ち合わせにする~」

 私は桃花ちゃんに電話をする。待ち合わせ場所と時間を決めてから私は家を出た。今日は街を流れている大きな川で催される花火大会に行く予定なのだ。友達数人とその彼氏たち。当然桃花ちゃんの彼の直人君も来る。私には彼がいないので尚吾を誘ったんだけど、その日は忙しいと断られてしまった。まあ、半数は彼のいない子たちなので別にどうってことないんだけどさ。

 でも、母親の用事というのが……

「これを尚吾君の所に届けて欲しいのよ」

 渡された荷物はズシリと重い。

「何これ重いじゃん。何が入ってるの?」

「カポナータ丼よ。エコハウスでサーヴする料理の一つにどうかなと思ってね。トーネさんに試食をお願いしてあるの。トーネさん今日は夜にしか戻れないから、尚吾君の部屋に届けておいてほしいって」

 尚吾は読みたいレポートがあるから忙しいと言っていたのだ。花火大会に誘った時、その日は忙しいけどマンションにはいるから、何か問題が起これば避難してきてもよろしいという返事をもらっていた。何か問題って……そりゃ、いつも問題抱えて助けてもらってるけどさ。ぶつぶつ。


 尚吾のマンションに着いたのはお昼をだいぶ過ぎたころだった。顔パスで通してもらえるようになった守衛さんに挨拶をしてスムーズにエントランスを通過する。尚吾の部屋のチャイムを鳴らすと、しばらくしてドアがバンと景気良く開いた。中から出てきた人を見つめて私は瞠目する。

「……しょう……ご?」

 尚吾?どうしちゃったんだろうか。私は硬直する。

「誰?」

 その人は怪訝そうな顔でそう言った。

「どうしちゃったの尚吾?影が薄いよ。ううん、影じゃなくて、本体が薄いよぅ。どうしちゃったの?病気?」

 私はオロオロする。薄くて金色に近い灰汁色の髪に白い肌、瞳の色まで薄い茶色でいつもと違う。オロオロする私を怪訝そうに見ていたその人は、次の瞬間にっと笑って私の手首を掴むと部屋の中に引っ張り込んだ。

「おーい、尚吾、なんか面白いもの捕まえたぞ!」

 その人はそう言いながら、私をぐいぐい引っ張って奥の部屋へ連れて行った。へ?尚吾じゃないの?

 奥の部屋の机に座ってパソコンを睨んでいた尚吾が怪訝そうに振り向いた。

「風花?」

 尚吾が目を丸くして私を見つめる。私は手首を握っている人と尚吾を交互に見つめた。

「浴衣かぁ。久しぶりに見るな。いいねー、日本だねー」

 薄いほうの尚吾が言った。


 薄いほうの尚吾は、当然尚吾ではなくて悠吾という尚吾の弟だった。

「昨日突然ノルウェーから帰って来たんだ」

 尚吾が言った。

「こっちは暑いよねー。とても外に出る気がしない」

 悠吾君がうんざりしたように言う。

「だからって、俺の部屋に入り浸るなよ。うるさくてしょうがない」

 尚吾が眉間にしわを寄せた。

「だって母さんとこにいたら、あれ運べとかこれ手伝えとかこき使われそうじゃん」

 悠吾君も眉間にしわを寄せる。色が違うだけで二人はそっくりだ。背中あわせにしてクルクル回したらオセロみたいで面白いかもしれない。そんなことを想像して吹き出すと、二人が同時に怪訝そうな顔をした。

「それよか、風花、おまえ何しに来たんだ?さっそく何か問題があったのか?友達とはぐれたとか、財布落としたとか、道に迷ったとか……」

「違うよ。ママにこれを頼まれたんだよ」

 私はテーブルにカポナータ丼セットが入った袋をドンと置いた。何がどんだけ入っているのか重いこと重いこと。子泣きじじぃのように段々重くなっていくので途中で捨てようかと思ったくらいだ。

「何これ」

「カポナータ丼のセットだって。ママがトーネさんに試食を頼んだらしいよ。トーネさんは一日いないから尚吾の所に届けておいてくれって」

「母さんのやつ、俺に何の連絡もせずに……」

 尚吾は溜息をつく。

「カポナータ丼?」

 悠吾君が目を輝かせた。

「うん。ママのカポナータ丼は結構いけるよ。温泉玉子をのっけてパルメザンチーズを散らして食べるんだよ。おいし~の」

「食う!俺、それ食いたい!」

 悠吾君は身を乗り出した。

「たくさん入ってるみたいだから、食べても大丈夫じゃない?」

 私は尚吾を見た。

「勝手に食えよ。俺はもう少し集中したいから、おまえそれ食って大人しくしてろ」

 尚吾は呆れたように言い残して、じゃな、と私と悠吾君を残して奥の部屋に戻って行った。

「尚吾、本当に忙しそうだね~」

「なぁ、これどーやって食べるの?」

 袋の中から小分けにされたタッパを引っ張りだした悠吾君が途方に暮れたように言った。


「いやだよ。だって私浴衣着てるんだよ?袖が邪魔で料理なんてできないし、浴衣が汚れてもヤダし……」

 私は悠吾君に文句を言う。

「だって、俺作れないもん。作ってよ。尚吾もご飯作ってくんねーし。俺、腹へってんだよー」

「作り方は教えてあげるから、悠吾君が自分で作んなよ~」

「やだ。作れねー。そうだ、エプロンがどっかにあったよ。あれを着ればいいじゃん」

 悠吾君はどこからか黒と青の縞模様のエプロンを探してきた。

「え~だって、袖はどうするの?」

「袖は……そうだ、あれがあるじゃん、ほら、時代劇でおばあちゃんとかが、シャキーンって紐取り出してさ、あれ、なんだっけ……あれ、ほら、あれ」

「紐?ハチマキ?」

 ナギナタ持って、いざいざってか?

「頭に紐結んでどうすんだ?袖だろ?ほらあれ、なんて言ったっけ、なんとか掛け……えと……」

「雑巾がけ?」

「掃除してどうすんだよ。ああ、思い出した!命がけだ!」

「……」

 悠吾君は思い出せてすっきりという風に顔を輝かせたが、私は眉間にしわを寄せる。

「やだよ、いくら私だって、カポナータ丼作る為にかける命なんて持ってないよ~」

 私は頬を膨らませた。



読んでくださってありがとうございます 招夏

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