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第二十六話 ニヴルヘイム☆ヘルヘイム (一之瀬尚吾視点)

一之瀬尚吾視点です

 

 俺はマンションの駐車場に車を入れてから、重い気持ちでエレベーターの最上階のボタンを押した。最上階には俺たち親子が住んでいる部屋の他に会社の会議室として使う部屋がいくつか入っているが、今日は使われていないらしく最上階は静まり返っていた。その静けさが更に俺の気持ちを重くする。

母親はまた性懲りもなく誕生日パーティーの準備をしているんだろう。留守電に入っていた予定の時刻を一時間も過ぎていた。大事な人?誰だよそれ。また適当な嘘を……俺は盛大な溜息をつく。

 既に待つのが嫌になって飲み始めているのに違いない。そして、酔いつぶれて、いつものように泣いているのだろう。もういい加減やめろと言っているのに。もうそろそろ過去のことは忘れなくちゃいけない。母も俺も……たぶん悠吾も。一番引きずってる俺が言えることではないことくらい分かっているけれど、どうしたらここから抜け出せるのか、それが皆目わからなかった。

 酔いつぶれている母親をベッドに運ばなくては……沈痛な思いで実家のドアを開けた。


「あ~、尚吾、帰ってきたみたいですよ~」

 ドアを開けた途端、聞き覚えのある間延びした声が聞こえた。は?俺は玄関で立ち尽くす。

「尚吾、遅いよ~」

 パタパタと足音を響かせてウサギが出てきた。ウサギはフリフリの白いエプロンをつけている。

「おまえ、ここで何してんの?」

 コスプレか?

「お帰りなさいませ~ご主人様ぁ、って感じのエプロンでしょ?」

 ウサギがエプロンの裾を広げてニパッと笑った。

「ピーターラビットのお母さんかと思った」

 俺は笑いをかみしめたまま、靴を脱いで上がりこむ。

「むむむむ、ピーターがレタス畑に行ったまま帰ってこないってお母さんが心配してるから、一緒に待ってたんだよ。このおや不孝者めっ」

 ウサギはそう言いながら、俺の背中をグーでグリグリ小突いた。

「おい、やめろよ、くすぐったい」

 リビングで、母親がほほ笑みを浮かべて立っていた。酔いつぶれていない。久しぶりに見る母親の顔。ドアを三つ隔てただけのこんな間近に住んでいながら、めったに顔を会わせない親子なんてあまりいないのかな。俺もほほ笑みを返す。

「おかえりなさい。尚吾。ちゃんとニヴルヘイムから帰ってきたのね?」

 母親は少し泣きそうな顔でそう言った。

「ああ、帰ってきたよ。ニヴルヘイムにも、レタス畑にも行ってないけどな」

 俺は苦笑する。ニヴルヘイムとは北欧神話で「霧の世界」のことだ。ニヴルヘイムとヘルイム「死者の世界」は共に世界樹ユグドラシルの根っこの部分に存在し、ニヴルヘイムとヘルヘイムの間には、ギャラルブルと呼ばれる黄金の橋が架かっているといわれる。


「ほらほら、感動の親子対面はそのくらいにして、尚吾は手を洗って、トーネさんは飲み物を出してくださいよ~」

 風花がバタバタとミートボールやポテトを温めなおしたり、小皿を配ったりしながら指示をだす。

「なんでおまえが仕切ってるんだよ」

 俺は風花の頭を軽くチョップする。

「だって~、おなかがすいちゃったんだもん」

 風花は口をとがらせた。

 

 こんな風に和やかに誕生日を過ごしたのはいつ以来だろうか。

「……それがね、ひどいんですよ、尚吾ったら~」

 風花は去年のクリスマスイヴの話を母親に聞かせていた。さっきから母親は笑いっぱなしだ。母親の笑い声も久しぶりに聞いた気がする。

「悠吾もいたら良かったわね」

 母親がつぶやくように言った。

「悠吾さんって、さっき電話で話していた人ですか?」

 風花がミートボールにクリームソースをからめながら言った。

「俺の弟なんだ。ノルウェーにいる」

「誕生日が同じなの?トーネさん、さっき悠吾さんにもお誕生日おめでとうって言ってましたよね?」

「俺たち双子なんだ」

「ええええええー、双子?こんな尚吾みたいのがもう一人……」

「こんなってなんだよ、なんか文句でもあんのかよ。もっとも、二卵生だからあまり似てないけどな」

「二卵生そーせーじ」

「おまえが言うとハムの親戚に聞こえて嫌だな」

 俺は眉間にしわを寄せた。


 結局酔っぱらってソファで眠り込んでしまった母親にタオルケットを掛けると、テーブルを片づけてくれている風花を手伝った。軽くゆすいで、食洗器に食器を入れていく。

「ごめんね、尚吾……本当は、プレゼントを置いたらすぐに帰るつもりだったんだよ……でもプレゼントが郵便受けに入らなくって~」

 風花がもじもじしながら言った。

「いや、風花がいてくれて良かったよ。母親が……一人で酔いつぶれなくて済んだ」

「尚吾……どこに行ってたの?」

「……」

「ごめん、言いたくないなら言わなくていい……」

「……風花……」

 俺は風花の頬に手を伸ばした。指先に伝わる風花の体温に安堵する。あの日も、今日みたいに暑い日だったはずなのだ。だけどあの日を何度思い出しても、父親の体の冷たさしか俺は思い出せなかった。

「?」

 不思議そうに首を傾げている風花の頬に指を這わせて、そのまま髪を何度もすきあげる。

「……おまえ、なんともないのか?」

「なんともって?」

 風花は首を傾げる。

「具合が悪かったり、どこか痛かったり、苦しかったりしないんだよな」

「?」

 俺は、更に不思議そうに首を傾げている風花を強く強く抱きしめた。


読んでくださってありがとうございます

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