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第二十二話 スリリング☆アルバイト (一之瀬尚吾視点)

 その日、四時に雪村准教授の研究室にいくと、部屋の外に椅子が並べられていて、数人のバイト希望者が座っていた。俺はその列の一番後ろに並ぶ。知っている顔がチラホラいて、目が合うと「おう」と手を上げる。

 雪村准教授の研究室は分子生物学を専門としている。人気のある研究室なので、ゆくゆくはマスターコースで雪村研究室に入ることを希望している学生が、かなり集まっている様子だ。俺もその一人なんだけど。


 しばらくすると準備が整ったのか、一人ずつ呼ばれて中に入って行く。中で何をしているのか分からないが、どうやら大型犬がいる様子で、時折激しく吠えついている声がした。

 出てきたやつの表情は、様々で、怯えきってるやつ、怒ってるやつ、ドアから飛び出してくるやつ……一体、中で何が行われているんだ?待っているやつらと目を合わせて、首を傾げる。

 まもなく列は短くなり、とうとう最後の俺の番になった。眼鏡をかけた神経質そうな研究室の学生が、中に入れと俺を見て言った。


 中には、雪村准教授と助手らしい人が二、三人いて、雪村准教授の隣に真っ黒なでかい犬が座っていた。犬は、その場にいる助手たちに油断なく目を光らせながら、怪しい動きをすれば食っちまうとでも言いたげに、グルルという低いうなり声を上げていた。助手たちの緊張が俺にまで伝わってくる。

「理学部三年の一之瀬尚吾君だね?」

 一人にこやかにリラックスした様子で、雪村准教授が言った。

「はい」

「彼で最後なのか?」

 少し途方に暮れた様子で、准教授は周りの助手に訊いた。助手たちは、頭だけをカクカクと縦に振る。極力動かないようにしなければならないと思っているみたいだ。しかし、その僅かな彼らの動作にさえ、グルルルという低いうなり声が大きくなる。

「そうか……一之瀬君、端的に言おう。うちには、ここにいるアンリという犬がいるんだが、この犬がかなり気難しくてね、こいつが気に入らないと家の中にさえ入れないという事態になりかねないんだよ。君は犬が好きかね?」

「嫌いではないですが……」

 俺は黒い魔獣のような巨大犬を見つめた。犬の方でも俺を値踏みでもするようにじっとりと睨んで、鼻をヒクヒクさせている。今のところは食っちまった方が良いという判断には至っていないのか、大人しくしている。

「吠えませんね」

 助手の一人が少しほっとした様子で言うと、アンリがその助手を見つめて、グルとうなった。

「もう少し近寄れるかい?」

 雪村准教授が言うので、はぁ、と言いつつ、俺はアンリの近くに歩み寄った。大丈夫そうだと判断した俺は、そっと手を伸ばした。アンリは俺の手をクンクンと嗅いだ。内心俺はびくびくする。が、アンリが攻撃態勢をとる様子もないようなので、伸ばした手をそっとアンリの頭に置いてグリグリと撫でた。


 結局、バイトは俺と、もう一人の女の子に決まったらしい。彼女は実験室の維持管理だけで、俺はアンリの散歩を兼ねることになった。



 夜、風花から電話があった。今日のお礼と、バイトはどうなったのかという伺いだ。

「バイトできることになった。しかも散歩付きだ」

 俺は得意げに言った。

『よかったじゃん。もうけ~』

「もうけたのかな?ものすごくでかい犬で、あれを散歩に連れて行くのは大変そうなんだ」

『え~犬、でかいの?いいな~私、大きい犬大好きなんだよ。大らかで、小さいことは気にしないって感じで悠然としてて……』

 風花は羨ましそうに言った。

「いや~小さいことを気にするタイプの大型犬だと思うぞ、あれは」

 アンリが、いちいちグルグルうなっていたのを思い出す。

『そうなの?細かい大型犬かぁ、それはそれで見てみたいかも……』

「おまえは気楽でいいな」

 俺は溜息をつく。

『あ~、あのね、尚吾……あの……今日はごめんなさいでした』

 唐突に、風花が躊躇いながら言った。俺は首を傾げる。

「どの件だ?」

『どの件って……私そんなに色々謝るようなことをした?』

「おまえのことだから、俺が見てないところで色々やってそうだからな」

『ひっど~い。やっぱり謝るのやめた。そうだよ、そもそも尚吾が胡椒なんてコーヒーに添えて出したのが悪いんだし~』

 その件かと俺は小さく失笑する。

「そっか、そんなに俺に償いがしたいのなら仕方がない、今度、映画でも付き合えよ。来週ロードショーのやつで見たいのがあるんだ」

 風花は償いがしたいなんて言ってないとブツブツ言いながらも、映画を見ることには同意した。


 映画館に映画を見に行くなんて何年ぶりだろうか。小学生の時には、父親と弟の悠吾と良く一緒に行ったものだ。母親はアクションものやアニメなんて見たくないと、俺たちが映画を見ている間、いつもショッピングをしていた。

 誰かと映画館に行くことを楽しみだと再び思えたことが、不思議で、通話を切ってからもしばらくぼんやりしてしまった。



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