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第二十一話 ベリーホット☆コーヒー (佐竹風花視点)

「へぇー?それからどうしたの?」

 校舎の廊下をモップ掛けしながら、桃花ちゃんが興味津津といった風情で身を乗り出した。

「尚吾ったらひどいんだよ。コーヒーに塩と胡椒の瓶を添えて出したんだよ~」

 私は箒を使いながら口をとがらせた。


 出されたコーヒーを覗き込む。砂糖とミルクを入れると言ったのに、それらが入っている気配はない。

「この塩と胡椒は何に使うの?」

 私は胡椒の瓶を取り上げた。

「コーヒーに入れろ。おまえには、それで十分だ」

 尚吾は澄ました顔でコーヒーを啜った。私はむっとする。持っていた胡椒の瓶を尚吾のコーヒーの上に振りかけた。

「おいっ!何するんだよっ」

 尚吾のコーヒーの表面に、胡椒の粉がツイーと拡がる。

「これで十分なんでしょ?」

 私はにっこりして、自分のコーヒーをブラックのまま啜った。

 尚吾は流しに行ってスプーンで胡椒をすくいだしている。それを横目で見ながら、ちょっとやりすぎたかなと反省し始めたころ、尚吾は戻ってきた。

「砂糖とミルクを入れたいんだったな、悪かった」

 尚吾はそう言いながら、私のコーヒーの中に何かを振りいれた。

 私のコーヒーの表面に細かいオレンジ色の粉がツイーと拡がる。

「何入れたの?」

 さあね、などと言いつつ尚吾は胡椒コーヒーを飲んでいる。恐る恐る一口飲んでみた。

「かっら――い」

 口の中が火事になったみたいだ。

 尚吾は笑い転げている。

 尚吾が入れたのはハバネロで、これが半端なく辛いのだった。私も流しに行って、スプーンでハバネロをすくいだした。

 その後、二人でいかに自分のコーヒーが辛いかということを主張しあいながら飲んだ。ついでに水もたくさん飲んだ。


「それって風花の方がひどくない?」

 桃花ちゃんはあきれたように言った。

「やっぱり、そうだったかな……」

 あの後、少し反省したのだ。やりすぎだったかもと。

「ねー、彼の部屋に初めて行ったんでしょ?何かもっとドキドキするような出来事はなかったの?」

 桃花ちゃんに言われて、はっと気がついた。私ってば、尚吾の部屋に初めて行ったんだ。なりゆきで、あまりにもすんなり部屋に入ったので、すっかり忘れていた。そして、呆然とする。

「ナイ……何もなかったよ~」

 あまりにもくだらなく終わってしまった尚吾の部屋初訪問に、ショックのあまり潤み始めた瞳で桃花ちゃんを見つめる。桃花ちゃんは、やれやれという風に肩をすくめて首を振った。


 でも、あの日、他に何もなかったかというと、そうでもなくて……


「ここだな」

 尚吾と二人でオフィスビルを見上げる。パパの事務所にエレベーターで上がると、パパがほっとした顔で出迎えてくれた。一応、迷った旨と尚吾と一緒に行くことはメールで知らせてあったんだけど……

「風花は、この事務所に来たのは初めてだったね」

 届け物を受け取ったパパはすまなそうに言った。

 事務所の職員が入れてくれた紅茶を飲みながら三人で談笑する。

「尚吾君はこの後、大学に行くのかい?」

「はい。帝都大学の准教授のお宅でアルバイトを募集しているんですが、面接を受ける必要があるというので、その准教授の研究室に行くんです」

「へぇ、何のアルバイト?」

 私は紅茶に砂糖をサラサラと入れた。

「メインは准教授のお宅の実験室の維持管理なんだけど、犬の散歩もするならバイト代が更にアップするんだそうだ」

「犬の散歩でバイト代アップなら当然やるよね?」

 私は身を乗り出した。

「それが、かなり気難しい犬らしくて、俺の先輩が一度挑戦したらしいんだけど、ものすごく凶暴だからやめた方がいいって言うんだ。まぁ、様子を見てかな?」

「ふ~ん」

 まだ時間に余裕があるから駅まで送ると尚吾が言うのを、父親と一緒に帰るからと丁重に断った。何か言いたそうにしている父親の膝をパチンと叩いて黙らせると、にっこりと尚吾を見送った。

「風花、パパはこの後、まだ仕事があるよ?一緒に帰ると遅くなるけど……」

「いいの。ひどく遅くなるようだったら一人でも帰れるよ。それにせっかく街に出てきたんだもん、少しお店とか見たいし、帝都大学のキャンパスも見てみたいし~」

「危ない所に行っちゃ駄目だよ?」

 パパが心配そうに言った。

「分かってるよ~。私、もう高校生だよ?パパも尚吾も心配しすぎだし~」

 私は口をとがらせる。

 それでもやっぱり一人で歩き回るのは心配だとパパがうるさいので、帝都大学見学だけを一人でして、他は遅くなってもパパを待つことを約束させられて事務所を後にした。全く心配症な人たちだよ。私は一人ごちる。尚吾に勉強を見てもらうために都内の図書館に出てきても、尚吾が駅まで送ると言い張ってきかないので、いつも勉強が済めば真っ直ぐ家に帰ることになってしまう。せっかく都内に出てきているのに……いつも不満に思っていた。

 そんなに私って頼りないかな。尚吾に訊けば、ズバンと肯定されるに違いないんだけど……。この点では、前科のある私は尚吾に頭が上がりそうになかった。


 事務所から坂を登っていくと、帝都大学はすぐそこだ。大学の敷地に面した歩道は銀杏並木になっていて、深緑が目に鮮やかだ。秋になれば黄色いじゅうたんが敷き詰められるのだろうと想像して嬉しくなる。その時、後ろから女の人の声がした。

「アンリ!アンリ!待ちなさい。ウェイト!アンリ、ウェイト!」

 振り向くと、巨大な黒い熊のようにでかい犬が走ってきていた。ちらほらいた通行人が声に振り向いて、その巨大な犬を止まらせようと試みるのだが、なにしろ大きな犬なので誰も及び腰になり、犬を止めることができない。叫んでいる女の人は、どうやら妊婦さんみたいだ。私は巨大な犬の真正面に立ちふさがり、

「アンリ、ストップ!」と呼びかけた。

 実は、私は無類の犬好きで、散歩をしている犬を見かけると触って回らずにはいられないと言うタイプだった。一緒にウォーキングしていた母親が呆れて、一体いつになったら家に帰りつけるのかと愚痴をこぼすほどだ。

 アンリと呼ばれたその犬は、何かに脅えて走っているということが、私にはすぐ分かった。アンリは私の手前で立ち止まり、落ちつか無げにウロウロ足踏みをした。私がハーネスをつかみ、頭を撫でて、お座りと言うとアンリは落ち着いて座った。

「そっちまで連れて行きましょうかぁ?」

 私は女の人に呼びかけた。

「いえっ、今そっちに行きますからっ」

 女の人はほっとした様子で、それでもかなり焦った声で言った。

「じゃあ、ゆっくり来てくださ~い。アンリはもう落ち着いていますから~」

 その女の人は帝都大学まで行くのだという。それならと、目的地が同じな私は、アンリのリードを引くことを申し出た。こんな大きな犬を引くのは初めてだ。ついワクワクしてしまう。

 いつもは大人しくて言うことを良く聞く犬なのに、消防車のサイレンの音に驚いて走り出したのだと言う。そう言えば、さっき消防車が通ったなと思い出す。

 私は、帝都大学まで、アンリの飼い主と楽しく話しながら歩いた。彼女は元帝都大学の学生で、今日は用事があってアンリを大学に連れていくのだという。それで私は、キャンパスの見所や、お勧めの大学グッズなどを彼女から色々教えてもらったのだった。


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