閑話休題 ラスト☆クリスマスイヴ (一之瀬尚吾視点)
一区切りついたので(自分の中では(^^ゞ)、少し整理をしてみようと振り返ってみました。んで、閑話休題編を書いてみました。風花と尚吾が出会う直前のエピソードです。良かったらおつきあいください。
「尚吾、頼むっ、もうおまえしか俺を救えないんだ」
講義が終わった教室で、俺は同じ学部の友人に掴まった。
「なんだよ、救うなんて大げさだな」
俺は胡散臭げに眉を顰めると後藤に問い返す。
ここ最近、俺はバイトに精を出していたが、それ以上にバイトを入れまくっているのがこの後藤というやつだ。かなりヤバめのバイトもしているという噂で、あまり関わりたくないやつなのだが、何故かやつは、俺のことを頼りになるやつだなどと買い被っている様子だった。
「ちっとも大げさじゃないんだ。来月の二十四日のバイトなんだけど、どうしても他の用事と重なっちまって、でもどっちも休めないんだ。休んだら俺、どんな目に遭わされるか……来れないんならピンチヒッター用意しろって言われちまってさぁ」
「来月の二十四日ってクリスマスイヴじゃないか」
俺には最近できたばかりの彼女がいる。クリスマスイヴをバイトで潰すのはまずいだろう。
「尚吾も金が必要なんだろう?実入りのいいバイトなんだ」
金額を聞くと、なるほど拘束時間の割には良い値だ。今、俺は少しばかりまとまった金を必要としていた。
「なんのバイトなんだよ。ヤバイやつじゃないだろうな」
後藤の話によると、雇い主が少しばかりヤバイ系列なので、偽名を使う必要があると言う。でもバイト中に誰かに顔を見られることは絶対にないから安心して働けるのだそうだ。
怪しさ百五十パーセントじゃないかと断ると、後藤は泣きつかんばかりに俺に縋りついた。
「助けてくれよう。俺、殺られちまうよ~。おまえだけが頼りなんだっ」
その後、後藤の泣き落としは数日間にわたり、俺はとうとう根負けしてそれを引き受けたのだった。
二十四日の夕方、俺は後藤に渡された紙に書かれた住所を訪ねていた。それは繁華街の、飲食店やマッサージ店や何だかよく分からない事務所などが入った雑居ビルの中にあった。
「あんたが佐藤のピンチヒッター?」
後藤は佐藤という偽名を使っていると言っていた。怪しさ百パーセントの黒背広、サングラスの男に俺は頷いた。
「佐藤と違って、いい男じゃんか。あんたホストのバイトしない?あんたなら人気でるって。保証するぜ。ここはホストクラブも経営してるんだ。そっちの方がいい金になるし」
男は、俺の顔をしげしげと眺めてそう言った。見かけは強面だが、しゃべり方は軽くて年若らしかった。
「いえ、今日はピンチヒッターで来ただけなんで……」
俺は口ごもる。やっぱり怪しいバイトじゃねーか。後藤のやろうぅ。
「そっか?もったいねーな。気が変わったらいつでも言えよ。じゃあ、ここに名前と住所と電話番号を書いて、奥に衣装と看板があるんで準備してくれよ」
男に渡された紙に、偽名と偽住所と偽電話番号を書き込むと、俺は奥の部屋へ向かった。
俺は、奥の部屋で呆然とする。確かに顔はばれないだろうさ。しかし……なんだよ、これ。後藤ぅぅぅぅ~殺られてよし!
「あんた、ハーフ?」
衣装をつけて看板を持って事務所を出ようとしたところで、さっきの男が記入した用紙を手に話しかけてきた。
「ええ、そうです」
「へぇぇ、ロキ・ミズガルズ・田中……変わった名前じゃん?」
「まあね」
ちょっとふざけ過ぎたかなとは思ったが、男は北欧神話を知らないようで、特にそれ以上は追及されなかった。
俺は、いつもよりも格段に自由が利かなくなった手足に舌打ちしながら事務所を後にした。
『一時間一万円ポッキリ!ラブラブ小屋』
と書かれた怪しげな看板を持って、俺は繁華街をポテポテ歩く。
「あー、パンダだー」
母親に手を引かれた小さな女の子が、声を上げて俺にタックルしてきた。突然のタックルに俺はよろめき、次の瞬間、どうしたらいいのか分からず硬直する。子供相手の店のコマーシャルだったならば、頭の一つでも撫でればいいんだろうが……
すぐに顔を引きつらせた母親が、すごい勢いで俺から女の子を引きはがして逃げるように立ち去った。
おいおい、すみませんでしたくらい言ってもいいんじゃね?まぁ一秒だって、関わりたくないのは分かるけどさ。
俺はため息をつくと、子供連れがあまり通らないような通りを選んで歩き回った。教育的配慮って訳だ。
しかし、なんでパンダなんだよ。子供ターゲットならともかく。全然意味無いだろ。
そいつに気付いたのは、駅前のビルに挟まれた通路の中だった。二つのデパートが向かい合った真ん中がドームのようになっているので、この街の駅前で待ち合わせをするときに良く使われる場所だ。
ショートボブの髪に、ファー付きのダッフルコート。包を抱えて寒そうに立っている。さっき通った時にもいたのだ。もう三十分以上はああして立っている。待ち人来らずか。俺は、なんだか気になって、そいつが見える辺りをうろつきまわった。
そいつの周りには、他にも何人か待っている人がいたが、次々に待ち人がやって来ては立ち去っていく。もう待たないで帰りゃいいのにと横眼で眺めつつ、俺はそいつの前を通り過ぎた。
次にそいつが視界に入った時、俺は唖然とした。泣いているのだ。誰もが驚いて振り返るくらい、そいつは泣いていた。
ウサギ……俺が、まだ小学生の低学年だった頃のことを思い出した。
その頃の俺は、ウサギを飼いたがっていた。しかし、住んでいたのは郊外のアパートで、ペット厳禁だった。でもウサギなら煩く鳴かないし散歩も必要ない。同じアパートの友達がカメを飼っているのを知っていたので、カメが大丈夫ならウサギだって大丈夫だと俺は主張した。
しつこく主張する俺に、当時まだ健在だった父親は、ウサギのおもちゃを買ってきた。鼻先にくっついているニンジンを引っ張ると、ジコジコ音をたてながらウサギは歩いた。
「お父さん、これオモチャじゃん。僕は生きてるウサギが飼いたいんだよ!」
当然、俺は父親に文句を言った。
「あれ?これ本物じゃなかったの?動くから生きてると思ったよー」
父親はすっとぼけて笑った。
「これのどこか生きてるんだよっ」
ブリブリ文句を言う俺に、父親は穏やかに笑いながら言った。
「尚吾、生きているウサギはいつか死ぬよ?死んだらきっと君は泣くよね。お父さんはそんな君を見たくないんだよー」
なにが泣く君を見たくないだっ。俺は一人心の中で文句を言う。そんなこと言ったあんたが、なんでさっさと死んじまうんだよっ……
あの時、欲しがっていた茶色の毛のウサギ、それが目の前の女の子に重なって見えた。
俺はイライラする。なんだってあのウサギは、あんな目立つ所で泣いてるんだ?ここは都会の、いわばサバンナだ。弱っていることを知られたら標的にされてしまう。それが分からないのか?ほらみろ、目つきの悪い男たち三人組がおまえを見てるだろーがっ。おまえには生存本能がないのか?いい加減泣きやめよっ。
俺は居てもたってもいられなくなり、そいつのところへ向かってポテポテ歩き出した。