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第十七話 クリムゾン☆ホワイトデー (佐竹風花視点)

 私は、今、最後の設問を解いているところだ。

 学期末テスト……これがラストチャンスになる。範囲は決まっているので、鬼のように復習を繰り返していた私には何とかなる……はずなんだけど……

 最後の一問。これを落とすとマイナス十点だ。

 ずずーっ

 泣きそうな思いで必死に考え込んでいると、鼻水が落ちてきた。まだ本調子ではないのだ。私はハンカチで押えながら、再び俯いた。

「佐竹、問題を解きながら泣くな」

 数学の先生が心配そうに声を掛けてきた。

「泣いてません!」

 教室の張りつめた空気が一瞬緩んで、どっと笑い声が起きる。

 もう……本当に泣きたくなってきた。


 最後の設問は、はっきり言って自信がない。あれを落とせば九十点……ミスがあれば点数は更に下がる。答えを見直す時間がなかったのだ。

 日が当って、ホコリが光を乱反射させている空中を私はぼんやりと見つめる。

「だーれだっ」

 後ろからいきなり目隠しをされた。誰だも何も……私は苦笑する。

「ラブラブで幸せな女の子」

「やだー、なにそれー」

 桃花ちゃんは、きゃらきゃらと笑った。

「ね~、ホワイトデーは直人君と過ごせるの?」

「さぁ、どうかな」

 直人君と桃花ちゃんは仲がいいけれど、始終ベタベタしている訳じゃない。映画や図書館に行く時、私を含めて三人で行くこともあるし、他の友達も一緒に大勢で集まることもある。そんな時には、決して二人だけの世界を作らない。距離をきちんととって、でも、さりげなくお互いを気遣いあう。大人なんだなと思う。

「いつも会いたいとか思わないの?毎日会いたいって」

 直人君の家は桃花ちゃんの家と割と近い。もしかしたら毎日会っているのかもしれない。

「んー、会いたいけど、会いたくないかも……」

「え~なんで?」

「だってー、先の事は分からないんだもの、そればっかりにかまけている訳にもいかないでしょ?」

「ひぇ~大人だなぁ」

 私は心底感心していた。桃花ちゃんってすごい。可愛いだけの女じゃないって、同性から見ても惚れそうだ。そう考えている私の顔をじっとり見つめていた桃花ちゃんが、ふいにニンマリ笑って問いかけた。

「もしかしてー、風花には毎日会いたいって思う人がいるのかな?」

「な!なにを……い、いないよ~そんな人」

「家庭教師の彼かなー?」

「いっ、いないって言ってるでしょ?」

 ふと、脳裏に浮かんでしまっていた俺様パンダをグニッと沈めて、私は言った。



 私はベッドに突っ伏して、もう何度もため息をついていた。勉強机の上には返ってきた答案用紙。

「あ~、あああ~」

 ベッドの上を転がって往復しながら呻く。

 最悪で、最低だぁ。尚吾に何を願うか、だなんて……これぞまさに、獲らぬ狸の皮算用ってやつだ。


「佐竹!頑張ったなっ」

 答案用紙を一人ずつに返していた数学の先生が、私に声をかけた。その言葉に目を輝かせて点数を見た私は愕然とする。

 また無限大だ……しかもダブルだ。ダブル無限大。


「先生っ!」

 授業終了後、私は廊下で数学の先生をつかまえた。

「ん?どうした?佐竹」

「私、これ書き直しますから、無限大を一つ減らしてください!」

「?」

「もう~、だからぁ、十の位の八を消してくださいって言ってるんですよぉ」

 書き直すから点数を増やしてくれ、というのは無理だということは世の中の常識だが、減らしてくれというのは可能なんじゃないかと、ふと思ったのだ。思い返すと、あまりにもアホらしくて、穴があったら入りたくなる程のものだが、その時の私は、そんな愚行を犯すほど必死だった。

「佐竹、おまえ勉強のしすぎなんじゃないか?」

 先生は、少し心配そうに私の顔を覗き込んでから、頭を軽くポンポンと二回叩いて歩き去った。

 確かに勉強のしすぎだった。ほどほどにしておけばよかったのだ。中途半端に良い点数をとってしまえば、どうなるのかということを考えていなかった。私が尚吾に願うことなんてただ一つだったのに。こんな点数をとってから、そのことに気付くなんて……


「風花!風花!ちょっと下りてきてちょうだい」

 ベッドで唸っていると、階下から母親の呼ぶ声が聞こえた。

「今、忙しい~」

「忙しい訳ないでしょ?早く来ないと後悔することになるわよっ!」

 母親が階下で怒鳴っているのを、私は無視した。

 しばらくして階段を上がる足音がして、ドアがノックされた。

「……風花」

 案の定母親だ。

「今取り込み中。ねぇ~ママ、今日具合が悪くなったから、尚吾に今日の家庭教師いいですって電話してよ」

「そんなの自分で言えばいいでしょ?ママは、そんな嘘を尚吾君に言うつもりはないわよ」

「嘘じゃないもん。本当に具合が悪いんだもん」

 本当に数学のテストの具合が悪かった。

 人並な成績をとってしまえば、もう尚吾に家庭教師をしてもらう口実がなくなってしまう。百点じゃない人並な成績など、私にとっては不都合極まりないものだったのだ。

「なんでそんな嘘をつきたいの?」

「……だって、人並な成績をとっちゃえば、もう尚吾は家庭教師やめちゃうんでしょ?そう言う約束だったんでしょ?私……自信がないよ……今、尚吾に見放されちゃったら、またダメになりそうな気がして……」

 ママが部屋の中に入ってくる気配がした。私はベッドに突っ伏したまま、泣きごとを並べ立てた。

「今日の数学のテスト、八十八点だったんだよ。これってたぶん人並だよね?百点とれたら、尚吾は私の願いごとを一つ聞いてくれるって言ったんだよ。百点だったら受験が終わるまで勉強を見てほしいってお願いしようと思ったのに、それもダメで……それだったら八点の方がまだましだったって……人並みじゃない点数なら、まだ尚吾と一緒にいられたって……そう思ったら……本当に具合が悪いんだもん。本当だよ?」

 そう言って、私はママを見上げた。

 しかし、そこにママの姿は無く……

「だったら、俺にそう言えばいいだろ?」

 尚吾が立っていた。

「……」

 私は呆然として、ベッドの上に正座をすると尚吾を見上げた。

「あれだけ勉強見てやったのに、また八点だったら、そっちの方が見放すだろ」

「パンダ……なんで?まだ時間じゃ……」

「パンダじゃねー、しょーごだっ。今日は都合が悪くて勉強を見てやれないから、用事がすんだらすぐに帰るからな」

 尚吾は腰に手を当てて、偉そうに、そう言った。



 私は一人、自室の勉強机に座ってぼーっとしていた。

 机の上には、ビロード張りの黒い小箱。パチンと開くと、中には深紅の石がはめ込まれたネックレスが入っている。


「これ、ホワイトデーのプレゼントだ」

 尚吾は投げ出すような勢いで、リボンがかかった小さな小箱を私に渡した。

 本当は誕生日プレゼントに渡そうと用意していたんだけど、プレゼントになった自分が渡すのはどうかと出しそびれていたのだと、尚吾はものすごい早口で言った。

 深紅色(クリムゾン)の石、ガーネットは私の誕生石だ。

「おまえの言う通り、数学で人並な成績をとれば、俺の家庭教師は終了だ。だから、家庭教師は今日で終わりにする」

「……っ」

 私は縋りつくような目で尚吾を見てしまう。

「家庭教師じゃなくなるけど、俺たちは友達だ。そうだろ?」

「……友達」

「だから、何か聞きたいときや、話をしたいときには、いつでも連絡をくれればいい。友達だからな」

「数学で分からないことがあった時に連絡していいの?」

「ああ。理科でも社会でも、俺で分かることなら教える」

「何にも話すことがなくて、でも、尚吾の声を聞きたいときでも連絡していいの?」

「……いいさ。友達なんだから」

「じゃあ、私がメール送ったら、絵文字だけのメールじゃなくて、ちゃんと返信してくれる?」

「わかった」

 尚吾は少し苦笑してから、そう言った。



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