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第十五話 セイント☆バレンタインデー(3) (一之瀬尚吾視点)

基本的には一之瀬尚吾視点ですが、一部三人称の挿話があります。

(一之瀬尚吾視点)


 俺は呆然とする。抱き枕……

「私も抱き枕持ってるんだよ。ママが作ってくれたの。あれがあると良く眠れるんだよね~」

 そう言いながら、風花は間延びしたクマの抱き枕をベッドから取り出して見せた。黄色とオレンジ色のシマシマのクマ。

「それ……この前俺がベッドを使わせてもらった時……」

 いなかったよな。

「どけといたよ。いなかったでしょ?いくら尚吾でも、これは貸してあげられないもんね」

 そう言いながら、風花はクマをぎゅうぎゅう抱きしめた。


 俺が昔失くした抱き枕のクマは、茶色とベージュのシマシマだった。

「……」

「あれ?どしたの?」

 風花が目の前で掌をヒラヒラさせる。

「……いや、なんでもない。これ、ありがとう」

「やっぱりどうかしたんでしょ?尚吾がありがとうなんて素直に言うと、なんか気味が悪いよ?」

 風花は、墓場で人魂でも見たかのように、顔をこわばらせた。

「……しょうがないから貰っておいてやる……とでも言えば良かったのか?」

 俺は苦笑する。

「あはは」

 風花は気が抜けたように笑った。

「じゃあ、お礼に、ワンモアチャンスだ。今度の三月十四日までに、小テスト以外のちゃんとしたテストで百点をとったら、一つだけ風花の願いごとをきいてやる……ってのはどうだ?」

「え?」

「ただし、永遠にとかは無し、大金がらみも無し、法律・条例に反するものもダメだっていうのでどうだ?」

「本当に?本当にホント?」

「しつこいな。男に二言は無い」

「分かった、やるっ!後で、やっぱり自分はパンダだから二言があるとか言わないでよっ」

「誰が言うかっ」

 俺はむっとして即答した。


 やっぱり、あんな約束しなきゃよかったかなと、俺は後悔をし始めていた。このワニのお礼なんて必要だったのかと疑問に思えてきたからだ。

 風花がくれた目つきの悪いワニは、あちらこちらで注目を引いた。あちらこちら、と言うのは、風花の家から俺の部屋までの間の、あちらこちら、ということだ。

 当然抱き枕なので、長く作られている。それなりに包んではくれたのだが、キバむき出しのデカイ赤い口と白い歯、そして極め付きの睨みを効かした目が、ニョキっと包みから飛び出していた。

 電車で隣に座った子供が、ずーっとワニをチラチラ見ていた。

「お兄ちゃん、これなに?」

 子供が躊躇(ためら)いがちに小さな声で訊いてきた。電車で子供に話しかけられたのは初めてだ。子供というものは大抵、俺を不思議そうな顔で見るか、珍しい生き物を見るような目で見るかのどちらかで、決して話しかけてはこない人種だった。

「……この世で一番恐ろしいワニだ」

 俺は声を(ひそ)めて答える。子供は笑っていいのか、怖がるべきか悩んでいるような曖昧な表情で笑った。

 俺は、ジャケットの内ポケットからサングラスを取り出した。俺はサングラスを常に携帯している。この国では、時々この瞳の色を隠したくなることがあるからだ。俺はサングラスを自分で掛けるかどうか迷ってから、目つきの悪い方を隠すべきだろうと考え、ワニに掛けた。ワニの程良い弾力と電車の揺れで、俺はウトウトしながら街まで戻った。




*   *   *



 バレンタインデーの次の日(正しくは次の登校日)の休み時間、廊下で加納君はクラスメートの男子達につかまっていた。

「おい、加納、おまえ本当に佐竹にチョコレート渡したのか?」

「お、おう。下駄箱に入れておいた」

 加納君は、ゴツイ顔を赤く染めながら頷いた。

「それで?」

 みんなが興味津津な様子で訊いてくる。加納君は暗い顔になった。

「それが、放課後に話そうと思ったら、もう帰った後だったんだ」

「じゃあ、今日が勝負ってことか?」

「……勝負……」

 何を勝負すればいいのか、加納君は戸惑ってしまう。

 彼女とはクラスも違うし、一度も話したことがない。ただ、ちょっと気になる存在だったので、話すきっかけになればいいくらいの気持ちでチョコレートを贈ったつもりだった。

 そりゃ、そのきっかけが発展して……ということは、もちろん想定内だが。

「加納く~ん、お~い、加納く~ん」

 佐竹風花だった。

 クラスメート達に背中を押されて、加納君はアワアワした気持ちで前へ進む。

「お、おう、佐竹」

「あのさ、念の為に訊いておきたいんだけど、先週くれたチョコレートって、なんかの先払いとかじゃないよね?」

「先払い?」

 加納君の頭の中を、色々な「払い」が浮かび上がる。借金の支払い、厄介払い、裾払い、お祓い……あ、字が違う。

「違うならいいんだ。んじゃ、ありがたくもらっとくね。ホワイトデーには何かお返しするから。んじゃねっ」

 軽い。軽すぎる。これは……友チョコと認識されたらしいと、加納君は深いため息をついたのだった。




 *   *   *

(一之瀬尚吾視点)



「おい、尚吾、これ何だ?」

 陸也が、ベッドの上で寝ているワニを持ち上げた。バレンタインデー以来、陸也は俺の部屋に入り浸ることが多くなった。

「史上最悪のワニ、ゴウザブローβだ」

「は?β?αもいるのか?」

 陸也が不思議そうに問う。

「αは風花の家に生息している鶏だ」

「はぁ……これ、もしかして風花ちゃんにもらったのか?」

 陸也は苦笑した。

「そんなやつを俺にくれるのは、風花しかいないさ」

 俺はため息をつく。陸也は笑い転げた。

「面白い子だなぁ。今度紹介しろよ」

 陸也は、俺が話す風花しか知らない訳なのだが、彼は、その俺の話の登場人物としての風花を気に入っているようだった。

「……機会があればな」

 俺は言葉を濁す。

 そんな機会は、この先ないだろうとは思うのだが、そんな機会が来て欲しくないと密かに思っている自分に気づいて戸惑う。

 陸也には、今現在ガールフレンドはいない。元来、明るくて面白くて、まぁ、好みにも依るだろうが、顔だって良い部類に入る。男にも女にも人気があるやつで、陸也を悪く言うやつにお目にかかったことがなかった。

 実家は地方都市にあり、両親とも健在だ。兄と妹の三人兄弟で、父親は大きな会社の要職についていると聞いている。

 陸也は、俺が欲しくても手に入れられなかったものを、すべて持っていた。


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