第十四話 セイント☆バレンタインデー(2) (視点変更有)
(佐竹風花視点)
初めてバレンタインデーにチョコレートをあげた相手は、聖ちゃんだった。聖ちゃんが雪組で私が星組。幼稚園が終わった後の園庭で、母と一緒に用意したチョコレートを渡して、その時に結婚の約束をした。
なんだって、そんなことをいつまでも覚えてるんだかな、私……
私の通っている高校は、元々女子高だった為に、共学化して三年たった今でも男子が圧倒的に少ない。だから、バレンタインデーは、ほとんどが女子から女子へ送る、所謂、友チョコだ。今年もよろしくって訳。
だから顔の広い子になると靴箱にチョコ満載という状況になる訳なのだが、付き合い下手な私にくるのは仲の良い数名からで、当然私もその定番の彼女たちにチョコを配ることにしている。
ところが、今年のバレンタインデーには、馴染みのない人からのチョコレートが入っていた。
加納俊彦君、隣のクラスの男子だ。なぜに男子から?
「どしたの?」
桃花ちゃんが、首を傾げている私に声をかけてきた。
「これ、隣のクラスの加納君からみたいなんだけど……」
「……チョコ?みたいだね?今年もよろしくって?」
「でも、話したこと一回もないよ?」
私も桃花ちゃんも首を傾げる。加納君は、ラグビーとか空手とかやりそうながっちり系の人だ。もっとも、この高校には、どちらの部も存在しないので、彼はどちらの部にも所属してないわけなのだが。
「本人に聞いてみる?」
「……いや、今日は忙しいから、今度ね」
私は、帰ってやることがあるのだ。
「そうそう、今日は忙しいものねっ」
桃花ちゃんは、嬉しそうに勢いよくパチンと手を叩いた。これから直人君とデートなのだそうだ。今日は特別に親から許可が下りたのだ。バレンタインデー特赦と言う訳だ。
桃花ちゃんは自分の靴箱からチョコを取り出して確認すると、大事そうにそれらを鞄にしまった。
歯は、やっぱり白がいい。目は……何色がいい?
私は、ニヤニヤしながら、脳みそに当たる位置に、ヒノキの香りをたっぷり含ませた杉の木玉をぐいぐいと押し込んだ。口をぱかりと開けて、顔を突っ込むとヒノキの清々しい香りがする。残りを縫いとめたら出来上がりだ。我ながらうまくできたと、にんまりする。
「ねぇ、ねぇ、風花、ちょっと下りてきてよ。一緒にトリュフを作らない?」
母親が階下から呼ぶ声がした。
「パパとお兄ちゃんの為に、よく毎年頑張るよねぇ」
私は感心半分、あきれ半分で肩を竦める。
「あら、今年は尚吾君もいるじゃない」
「尚吾はチョコ嫌いだってさ~」
「あら、そうなの?」
ママは少しがっかりした様子だった。毎年ママはパパと兄貴の為に、趣向を凝らしたトリュフを作る。大騒ぎをして作る様子は女学生みたいで、可愛いのが私は気に入っている。もっとも、そんな姿をパパは見られないので、少し惜しい気がするのだけど。
「今年は誰にチョコを上げたの?」
「えっと、桃花ちゃんと、沙耶ちゃんと……」
私は仲のいい女の子の名前を上げる。
「聖ちゃんは?」
ママが意味ありげな目で言った。
「……いや、聖ちゃんはやめとくよ。変に誤解されて、邪魔しちゃ悪いからね」
聖ちゃんの急病の友達は、女性だった。聖ちゃんが、ずっと想いを寄せていた先輩で、なんだかイブの夜に色々あったみたいだった。イブの夜には、色々事件が起こるものなのだ。な~んてね。
「尚吾君には、何も上げないの?」
ママは更に意味ありげな目で言った。
「尚吾には明日渡すよ。チョコ以外」
「ふーん」
ママは、楽しそうに笑いながら、手早く生クリームと熱くトロけたチョコを混ぜ合わせた。
次の日、尚吾はでっかい紙袋を二つも提げてやってきた。
「何?これ」
ママと二人で目を丸くする。
「チョコレートをもらったんだけど、食べきれなくて……」
「こんなにもらったの?」
ママは唖然として訊く。
「俺がもらったのは一袋だけです。もう一袋は俺の親友の二ノ宮ってやつがもらった分なんですけど、俺ら、あまり甘いもの食べないんで……。一応、怪しいものがないか確認してますから大丈夫だと思います。良かったらもらってください」
「尚吾君や、その二ノ宮君のお母様は?」
「俺の母親もあまり食べませんね。辛党なんです。二ノ宮は実家が遠いんですよ」
「まぁぁ」
ママは困惑の表情で袋を見つめた。
「きゃ~」
生チョコや、デーメルのザッハトルテなんかも含まれていて、なんだか高級感漂うチョコレート群団に、私は感激の悲鳴を上げる。
「これ、風花」
リンツのミルク・エキストラシンを見つけて騒いでいると、ママが怖い顔で後頭部をはたいた。
「いたっ、何すんの?」
「みっともない」
「いいんですよ。喜んでくれる人にもらわれた方が、チョコレートも嬉しいでしょうし」
そう言って、尚吾は大人っぽく爽やかに微笑んで見せた、ママの前では……
「ぷっははははっ、やっぱりなー、おまえなら喜んでチョコに飛びつくと思ったんだよなー」
私の部屋に入った途端、尚吾は俺様パンダに変身した。ベッドに腰掛けて、薄っぺらい正方形のチョコを齧りながら、私は尚吾の豹変ぶりに遠い目をする。
「あ~あ、俺様パンダに戻っちゃった~」
「誰がパンダだって?」
尚吾はグーで私の頭を挟んでグリグリする。
「いたたたた」
しかし……こんなにチョコを貰う人なんて本当にいるんだ。
兄も父も義理チョコをチョロチョロッと貰ってくるくらいだ。パンダもてるんだ。そう思っ途端、ミルク・エキストラシンなのにやけに苦く感じた。
「……ねぇ、こんなにチョコもらって、本当に良かったの?間違えて本命からのチョコをよけ忘れてない?」
「ふふん、気になるか?」
尚吾は鼻で笑った。
「べ、別にぃ~」
私はむっとして返答する。
「で?例のものは?」
尚吾は、私の勉強机の椅子に足を組んで腰かけて、偉そうに手を出した。
私はベッドから立ち上がり、勉強机に片手を置いて、尚吾の深い翡翠色の瞳を覗き込んだ。
「……ねぇ、尚吾、私の初めてを上げたら、尚吾は何をお返しにくれる?」
* * *
(一之瀬尚吾視点)
俺は一瞬たじろいでしまう。風花が……風花が、なんかすごく自信満々だ。
「まあ、初めてのレベルにもよるだろうな。テストにも色々ある訳だから」
俺は、コホンと小さく咳払いをしてから風花を見上げた。
「なんか、それってずるい。後出しジャンケンみたいじゃない?」
「問答無用。さっさと出す」
俺の言葉に、風花は渋々例のものを取り出した。
差し出した掌に、なんだかフワフワしたものが当たった。予定では、手に当たるのは紙片のハズで……俺は眉間にしわを寄せる。
「なんだよ、これ」
深緑色のワニのぬいぐるみだ。怒マークを付けたような目つきで俺を睨んでいる。でかい口から真っ白なギザギザの歯が飛び出していた。
「口の中に入ってるから~」
「はぁ?」
俺はワニの口の中を探る。
丸められて、きれいなリボンをかけられた紙片が出てきた。
「二年一組佐竹風花……数学百点……」
「ねっ、ねっ、初体験!」
しかし……俺は眉間にしわを寄せる。A5サイズの小テストだ。設問は十。それも簡単な連立方程式ばかり。
「これで百点って言われてもなー」
「でも、ちゃんと百点だもん。初めてだもん」
「こんなのでねぇ……んじゃ、お返しにチョコレート二袋やるよ。先払いだった訳だ」
「ええええ~、ずる~い」
「ずるくない」
俺は、目つきの悪いワニを風花に投げ返した。ところが、ワニはすぐに俺の手の中に投げ返されて戻ってきた。
「これ、尚吾の」
「は?」
「ほら、目つきが尚吾にそっくりでしょ?バレンタインデーワニ。苦労して作ったんだよ?これね、抱き枕になってるの。いいでしょ?」
ワニの口を、がばぁと開けさせて、風花がニンマリと笑った。