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第十一話 MUGENDAI☆マセマティクス (視点変更有)

(一之瀬尚吾視点)


 そのメールを受け取ったのは、俺が大学の友人と学食にいた時だった。着信のバイブレーションに何気なくケータイを開いて見て、俺は飲みかけの水を思いっきり気管に入れてむせ込んだ。

「大丈夫か?尚吾」

 友人の二ノ宮陸也が驚いて訊いてくる。俺は真っ赤にむせながら、頷いて見せる。

「ちょっと、悪い……電話してくる。食ってて」

 俺は学食の外に出ると、メールに書かれていた番号に連絡した。メールは風花のケータイからで、こう書かれていた。

『尚吾君へ 緊急事態発生、相談したいことあり。時間がある時に下の番号に連絡してください。風花の母、小春』メッセージの下に、固定電話の番号が書かれている。


 俺の脳裏に、様々な緊急事態が渦巻く。

 同じベッドで眠ってしまった件だろうか。いや、しかし、あれは風花が寝ぼけていたせいだし、しかも、同じベッドで眠ったことを風花自身も覚えていないハズで……

 もしかして、風花がパンダのバイトの事をばらしたのだろうか。あの怪しいバイトだって友人のピンチヒッターだった訳で、事情があったんだし……

 うっ、俺の手首の捻挫の嘘がバレたとか……

 ああっ!もしかして……ゴウザブローの具合が悪くなったとか……(俺は突かれた仕返しに、二度ほどゴウザブローを蹴飛ばしていた。でも、ごく軽くだ。ごくごく軽く……)、でも、それだって、ゴウザブローにも非があった訳で……

「あの……もしもし、一之瀬尚吾ですが……」

 三度ほどコールしたところで、風花の母親が出た。


「なんだった?」

 陸也は、ほとんど食べ終えているようだ。

「バイトの依頼だった。悪かったな待たせて」

 俺はB定食をかきこんだ。今月は、ため込んだバイト代があるので昼食も割と豪華だ。

「おまえ、まだバイトしてんのか?」

 陸也はあきれたように言った。


 彼は、俺が年末までハードにバイトしていたことも、その理由も、その理由がなくなったことも知っていた。彼とは第一外語の教室で知り合った。大学一年の時からの知り合いだが、急速に仲が良くなったのは、つい最近だ。

 ほとんどパワハラじゃないか、と思われる言動をとる講師に反抗する俺に同調して、彼も不可をくらった。その時から、なんとなくよく二人でつるんでいる。

 その時の講師は不祥事(いわゆる女子学生に対するセクハラってやつだ)が発覚して、大学を去った。しかし、やつが去ったからと言っても、俺の不可が取り消される訳ではなかったので、来年か、その次かで、再び履修しなければならない。理不尽なことこの上ない。(もっとも出席日数も足りていなかったので、文句をつけられなかったのは事実なのだが……)


「もう、あんなハードなことはやってないよ。今回のは、まぁ、なんだ、その……腐れ縁ってやつだな」

 俺は苦笑する。



 週末、俺は、風花の住む街の駅に着いた。約束の時間までまだ少しある。風花には内緒にしたいので、時間どおりに来てほしいと言われていた。その時、ふいに駅前のコージーコーナーに気を取られた。

 風花だ!俺は慌てて街路樹の陰に隠れる。

 なぜだろう、あの夜と同じだ。特に目立つ格好をしている訳でもない、特に気を引くような行動をしている訳でもないのに、不思議と俺の目は風花を捉えてしまう。

 あのイヴの夜、実は、俺は風花が泣き出す前から風花に気づいていた。なんだか気になって仕方がなかったのだ。あの時も、駅前のこんな人混みの中だったのに……

 まさに腐れ縁ってやつだな。俺は苦笑する。

 風花は心なしか、元気がなさそうにみえた。

 しかし、俺はため息をつく。誕生日祝いにこんなプレゼントを贈られるとは……なにやってんだ、あいつ……


『御免なさいね。こんなことで尚吾君を煩わせるのはどうかと思ったんだけど……他に頼める人を思いつかなくて……』

 電話の向こうで、風花の母親小春は、申し訳なさそうに切り出した。

 新学期早々に行われた実力テストで、風花の成績はものすごく悪かったのだそうだ。元々得意だった科目も、今回はダメだったみたいで、それも心配なのだが、それ以上に数学が尋常ではないくらいひどかったのだという。

『それがね、数字的には縁起がいい数字ではあるのよ。でも、いくらなんでもこれはねーって点数で……』

 小春は大きなため息をついた。以前、父や兄が教えたこともあるが、両者とも風花を甘やかすので全然進まなかったのだそうだ。他に当てもなく、俺にお鉢が回ってきたらしい。

 幼馴染の聖ちゃんはどうなんですかと喉まで出かけたが、当てがないと言うのだから、当てがないのだろうと、口を(つぐ)んだ。

『もちろん、きちんとバイト代は払うわよ。帝都大学の学生の家庭教師のバイト代の相場があるのなら、それに従うわ。もちろん、交通費も出す』

 小春はやや思い詰めたように言った。

「……いや、交通費だけでいいですよ」

 俺は脱力して返答する。俺の心配していた事態ではなさそうだ。

『それはダメよ。きちんと払います』

「じゃあ、こうしましょう。数学の成績が通常レベルに達するまでは、僕が責任を持って指導します。でも大学受験対策などは、なしです。その代わりに、その日の食事一回分と交通費を出してもらう、っていうのではどうですか?」

 正直言って、風花の両親からバイト代をもらうという気持ちにはならなかった。人の良いあの両親のことだ。俺の言い値を払うに違いない。それを分かっていて、俺は料金を設定する気にならなかった。帝都大学の学生の家庭教師代の相場は、かなり高額なのだ。

『でも……』

 小春は躊躇(ためら)った。

「それ以外なら、この話はなかったということで……」

『……わかったわ、尚吾君がそれでいいのなら』

「もちろん、いいですよ」

 俺の気持ちに偽りはなかった。あの日以来、小春さんの作る料理をもう一度食べたいと思うことが、しばしばだったからだ。



*   *   *

(佐竹風花視点)



「なんで尚吾がここにいるの?」

 私はドア口に佇んだまま呆然として問いかけた。

「母親から、まだ何も聞かされていないのか?」

 尚吾は勉強机の椅子に座って私を見上げる。

「プレゼントが部屋にいるって……連れてきてほしいって……」

 私は、まだ事情が呑み込めなかった。

「そう、俺がプレゼントって訳だ」

「尚吾がプレゼント?」

 私の頭は混乱していた。

 何々?尚吾がプレゼントって何?どういう意味?尚吾がペット?まさか!じゃあ、何?尚吾は私の一体何?

 混乱した頭がグルグルして、体がグラグラし始めたころ、尚吾が手にしている紙片に気がついた。私はギョッとする。

「そ……それは、ま、ま、ま、まさか……」

 尚吾は、ふと気づいたように紙片をピラピラと振って見せた。

「二年一組、佐竹風花、数学8点……」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 私は慌てて尚吾から紙片を取り返そうと駆け寄った。尚吾は立ち上がって、紙片を高く掲げる。

「おい、これは本当に8点なのか?それとも発展途上という意味の『発展』なのか?それとも横に見て無限大と読むのか?どうやったら、こんな点数をとれるのか俺に教えてくれないか?」

 尚吾は目を細めて意地悪げに嗤ってから、答案用紙を私に返した。私はぺたりと座りこみ、呆然と俺様パンダを見上げた。

「今日から、俺はお前の数学の家庭教師だ。ピシピシ鍛えるからな。そのつもりでいろよ」

 私は片手をついて泣き崩れる。誕生日プレゼントが家庭教師?しかも、俺様パンダの?

 一番見られたくない人に、一番見られたくないモノを見られてシマッタ……


 こんなことを思いつくのは、母以外には考えられず、私は生まれて初めて母が怖いと思った。



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