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第一話 パンダ☆ナイト

第二回恋愛ファンタジー小説コンテスト2009参加作品です。微調整中です。予告なく内容の微変更あり。すみません(^^ゞ

『もしもし、あ、風花か?』

 電話の向こうから、いつもの落ち着いた声が聞こえた。

「聖ちゃん?」

 私は嬉しくて声を弾ませる。

『今夜の約束なんだけどさ、ごめん……キャンセルさせてもらっていいかな?』

 聖ちゃんはすごく言いにくそうに言った。

「え?」

 一瞬冷たいつむじ風が足元を通り抜けて、私は身をこわばらせた。

『ちょっと用事ができてしまってね』

 聖ちゃんは申し訳なさそうに言った。

「そ、そうなんだ、イヴだもんねぇ……もしかしてデート?」

『……そう言う訳じゃないんだけど、それに近いかもしれない……』

 聖ちゃんはとても誠実な人だ。そう残酷なくらい……誠実で……

「そっか~、うん、がんばりなよっ、うん、そだね。またね。じゃねっ」

 私は作り笑顔のまま、ケータイを握りしめて凍りつく。クリスマスイルミネーションに縁取られた街並が、私を無視するように拒絶するように、輝いて見えた。


 聖ちゃんは単なる幼馴染だ。お互いにイヴの予定が入らなかったら、一緒に映画でも見ようかと約束していた。だから……聖ちゃんは何も悪くない。予定が入れば吹き飛んでしまうくらいの……軽い約束だった。なのに……じゅわじゅわと街の灯りが滲んで膨張していく。


 白いニットのワンピース、少し寒かったけど我慢したんだよ。ばっちりメイクもしたし……ちょっと奮発したスエードのブーツはおろしたてだったのに。

 プレゼントのマフラーね、緑色のグラデーションにしてみたんだ……頑張ったんだよ?家にいても落ち着かなくて、こんなに早く待ち合わせ場所に来ちゃった……私……馬鹿みたい……だよね。

 一つ想いが零れる度に、涙も零れていく。気づいたら、誰もが驚いて振り返って行くくらいボロボロ泣いていた。

「邪魔」

 ひどく不機嫌そうな声が背後から聞こえた。驚いて振り返るとパンダが立っている。パンダは『一時間一万円ポッキリ!ラブラブ小屋』と書かれた怪しげな看板を持っている。私はムッとしながらも道をあけた。

「おまえ、うざい。さっさと帰って寝ろ」

 パンダは愛嬌のある顔と不機嫌な声と偉そうな態度でそう言った。

「エロパンダに言われたくないし~」

 私はいーっと威嚇してから、すたすたと人ごみに紛れた。


 ところが、再び私が立ち止まってウルウル泣き始めるとパンダはどこからともなく現れた。その度に、私はモフモフの手で頭をはたかれたり、持っている看板で突かれたりした。今回はいきなり回し蹴りだ。

「いった~い。何すんのよ~」

 私は蹴りの入った腰のあたりを擦りながら、パンダを睨みつける。

「おまえ、今日が何の日か知ってるのか?」

 パンダは、看板を持っていない方の手を腰に当てて、思いっきり上から目線で問いかけた。

「クリスマスイヴでしょ?」

 私はムスッと答える。デート(自称)をドタキャンされるは、パンダに蹴られるは、今日はなんてひどい日なんだろう。日頃温和な私にしては珍しく、激しい怒りがこみ上げてきていた。

「こんな日にこんな所で泣くくらいなら家に帰れって言ってんだろ?気が滅入るやつだぜ。うっとーしーんだよっ」

 パンダの暴言に、私の中で何かがプチンとキレる音がした。

「そんなことパンダに言われる筋合いないよっ!私は泣きたい所で泣くし、帰りたい時に帰るんだからっ」

 私は怒りにまかせてまくしたてた。

「……勝手にしろ」

 パンダはしばらく私を睨みつけていたが、踵を返して立ち去った。


 通りから少し奥まった小さな公園のベンチに座って、私は溜息をついた。母親に晩御飯はいらないと言って出たのだ。食べずに帰るのは格好悪い。でも、こんなカップルだらけの街で……どこで?何を?どんな顔をして?食べればいいんだろう。

 突然あいたイヴの夜に呼び出せるような友達も思い当たらない。私は途方に暮れる。

「ねぇ、ねぇ彼女ぉ?一人?」

 その時、三人組の感じの悪そうな男達が声を掛けてきた。

「俺たちと遊ばない?いい所を知ってるぜ?」

 彼らが言う「いい所」が、私にとって「いい所」であるはずがない。そう断言できるほど、その人たちは感じが悪かった。

「け、結構です」

 私は身を縮めて答えると、一人の男が隣に座ってきた。

「寂しくて泣いてたんだろ?俺達が慰めてやろうって言ってんだぜ?」

 男は凄んで言った。私は恐ろしさのあまり膝がガクガク震えるのを止められない。逃げなきゃいけない、それだけを本能が叫び続ける。

「は、放してくださいっ」

 なけなしの勇気を振り絞り、立ち上がって逃げようとすると、二人の男達が行く手を阻んだ。

「おっと、まだ話は済んでねーんだよ」

 男達は、獲物でも追い詰めるように私を取り囲んだ。

 私は怯えきった瞳で男達を見上げる。


「ねー、そんなブスはほっといて、うちの店で遊ばない?」

 その時、突然、場違いなほど愛想の良い声がした。

「なんだぁ?パンダ?邪魔すんなよ」

 行く手を阻んだ男たちがパンダを威嚇する。

「さっき、そこをお巡りさんが通ったよ?そんなブスにセクハラですぅなーんて訴えられたら大損だと思うんだけどなぁ。うちのお店の子たちは、そりぁーかわいいよ?」

 パンダは威嚇に気づかなかったのか?と思われるくらいのんびりと話し続けた。

「ちっ、警察かぁ」

 リーダー格らしい男が呟くと、他の男たちも「しょーがねーな」と舌打ちしながら公園を出て行った。


 パンダは腰に両手をあてて、私を睨みつけた。

「逆ナンパを邪魔しちゃったかな?」

「……パンダ……パンダ……」

 私はパンダにタックルして、フカフカの毛皮に顔を埋めて号泣した。涙が後から後から湧き出してくる。

「うわぁぁん、怖かったよう……」

 パンダは黙って背中をトントンと叩いてくれた。


「おまえ、まだ帰らないのか?」

 一緒に駅方向に歩きながらパンダが問いかけてきた。

「もう帰るよ。パンダの言うとおりにする」

 パンダの苦言は、親切からだったのだと身にしみた私は反射的に答えた。

「……後、一時間したら、俺バイトが終わるんだ。待つ気があるんなら、飯をおごってやるぞ?バイト代が入るからな」

「とんでもない!お礼に、私がおごるよ~」

 私は意外な展開にたじろいでしまう。

「いいんだ。俺におごらせろ。もうバイト代必要なくなったからな」

 少しがっくりと肩を落とした様子でパンダが言った。

「必要……なくなった?」

「俺、彼女に振られたんだ。だからもうバイト代の使い道が無い。他に使うのも気分悪いしな。おまえも振られたんだろ?厄払いだ。付き合えよ」

「ぐぅ……」

 私の場合は振られる以前の段階だ。

「そこのマックンの店内で待ってろよ。それから、もう泣くな」

 パンダはモフモフの手で私の頭を優しくポンポンと叩いた。

「あ、ねぇ、パンダ……私はパンダの顔を知らないよ?」

 私はふと思いついて慌てた。まさかパンダのまま来る訳じゃないよね。

「そうだったな……じゃあ店のパンフレットを手に持っておくよ」

 パンダは思案しながらそう言った。私はじっとりと怪しげなパンフレットを見つめる。

「やだよ~、そんなの持ってる人とご飯食べたくない。あ、そ~だ。これあげる。これを巻いて来てよ」

 私は、手編みのマフラーが入っている包みをパンダに手渡した。

 パンダは、しばらく無言で包みを見ていたけれど、

「しょーがねーな。厄払いで、もらっておいてやるか」

と偉そうに呟いて、包みと看板を手に人混みに紛れて行った。


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