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3.第二王子


「エミリア様とお話をする場を持てて光栄です」


 穏やかな笑みを浮かべるアラン様。シオン様と同じ銀糸の髪は肩のあたりで切りそろえられていて、王妃殿下譲りの青い瞳が柔らかく笑んでいる。

 凛々しいシオン様とは違い、アラン様は表情も雰囲気も柔らかなものだ。


「兄様からお話は伺っていたのですが、直接お話する機会には中々恵まれず、残念に思っていたのですよ」

「私もアラン様とは話してみたいと思っておりましたので、こうして機会を頂けて感謝しております」


 シオン様からアラン様の話を聞くことはあまりなかった。彼が口にするのは、私の勉強の進歩具合や将来について、そして心にもない褒め言葉だけ。

 家族の話などといった、たわいもない話をほとんどしたことがなかったことに気づき、胸に重石が乗ったような痛みを覚える。


「兄様はいつもエミリア様のことを自慢していて……聞いているこちらが恥ずかしくなるほどでしたよ」

「まあ……お恥ずかしいです。話半分に聞いていただけると嬉しいのですけれど……」


 胸に感じた痛みを頭の隅に追いやり、笑みを作る。

 話半分どころか二割、いや一割でもいいぐらいだ。シオン様は陰口を叩くような人柄ではない。だから、親しい間柄であるアラン様相手でも私を褒めてくれたのだろう。

 聖女を邪険にすることができない、というのもあるとは思うけれど。


「聖女の職務が大変だということは聞き及んでおります。もしも何か困ったことがあれば、いつでも相談してください」


 アラン様の周りには黒いもやがない。本心から言ってくれているのだとわかって、ほっと胸を撫で下ろす。


 黒いもやが出るのは悪いことではない。人間生きていれば嘘をつくし、誰かに害意を抱くこともあるだろう。

 それなのに、私と話している時に黒いもやが出ないと安心してしまう。他の人に対して出ていても、そんなものだと思うくせに。


「私が持っている力は相手の嘘がわかる程度のものですので、そこまで大変ではないのですよ」


 聖女である私は、聖女の仕事もこなさないといけない。持っている力によって役割は異なるらしいけれど、嘘がわかる程度の力しかない私の場合は、公的な場に参加することが義務付けられていた。

 そこで王家に対して叛意を抱いていないか探っているのを聞いたり、大きな契約を交わす時に同席して嘘をついていないか見るぐらいしか、私の仕事はない。

 しかも必ずしも収穫が得られるわけではないし、事前に情報を入手していて、念のため私を使って確認するだけ、ということもある。


 私がどういった力を持っているのかは国中に知られているので、本当に役割をこなせているのかどうか不思議に思ったことすらある。

 本当にこれでいいのかと問う私に、シオン様は「エミリアが参加するだけである程度の抑止力が見込めるから大丈夫だよ」と微笑んでくれたけど、それでも不安は拭えなかった。そう言った時のシオン様が黒いもやをまとっていたのだから、なおさら。


「僕はエミリア様の力は素晴らしいものだと思いますよ」


 ほころぶような笑みを浮かべるアラン様。彼のまわりには埃程度のもやすらない。けれどその後ろ、生垣の向こうに黒いもやが見えた。

 目を凝らしてみれば、黒いもやの中心にミスティア様がいた。青い目を吊り上がらせ、黒いもやがなくても敵意を抱いていることがわかるほどに、私を睨みつけているミスティア様が。


 ミスティア様とは挨拶を交わす程度の関係しか持ったことがない。シオン様は幼馴染だからということで、アラン様も含めて親交を深めていたけれど、その場に私が同席することはなかった。

 シオン様の婚約者になったばかりの頃に、三人で王都近くにある湖に遊びに行くと聞いて羨ましく思ったことがある。シオン様は一緒に行かないかと誘ってはくれたけれど、その時の私は勉学に勤しんでいたことに加え、一緒に行きたいと素直に口にするのは畏れ多くて、ただ楽しんできてくださいと言うことしかできなかった。

 それからも何度か、三人でどこそこに出かけるのだと教えてもらっていた。


 だから、ミスティア様がシオン様と仲が良いことを私は知っている。


「ミスティア様」


 青い瞳にこめられている敵意に彼女の名前を呟く。

 ミスティア様からしてみれば、私がシオン様の婚約者であることは、慣例だから、聖女だからと受け入れるしかなかった。どれほど仲が良くても、覆せない決まりだったからだ。

 だけどミスティア様も私と同じように聖女になったのだから、許せなくなっていても不思議ではない。


「……そういえば、兄様とミスティア様の間に婚約の話が出ているそうですね」


 私の呟きに反応して、アラン様も私の見ているほうに視線を滑らせた。だけどその時にはもう、ミスティア様はふいと横を向いて歩きはじめているところだった。

 去っていく彼女を眺めながら、アラン様がふと思い出したように言った。


「ええ、私も、そう聞いております」

「僕は兄様とエミリア様のほうが似合いだと思うんだけどなぁ」


 ぼやくようなアラン様の声は小さく、口調からしても思わず素が出てしまったのだろう。慌てて口を押え、ごまかすようにはにかむアラン様に、私も笑みをこぼす。


「ミスティア様のほうがふさわしいと思う方がいらっしゃるのも、しかたのないことかと」


 初代聖女と同じ癒しの力を持っているから、というだけではない。ミスティア様は文武にも優れていて、シオン様と同じ十九歳。身分も能力も容姿も、何もかもがシオン様と釣り合っている。


 王侯貴族の娘であれば普通、十九歳までには結婚、ないし婚約を結んでいるものらしい。だけどミスティア様にはこれまで、浮いた話が一つもなかった。

 それというのも、彼女は自ら事業を興していて、仕事が忙しいからと舞い込む縁談を断り続けていたからだ。


 ありとあらゆる才覚に恵まれたミスティア様。孤児院にいた頃は読み書きすらできず、優秀な子がお菓子をもらっているのを指をくわえて見ているしかなかった私とは大違いだ。

 だから王太子妃にと望む人が出てくるのは当然のなりゆきで、しかたないことだった。


 ちなみに、ミスティア様が経営していた事業は聖女になった際に他の人に引き継いだらしい。

 いくら聖女の職務が王命とはいえあっさりと引き下がったことに、王太子妃を望める立場になったからでは――なんて推測している人もいる。


「ミスティア様は才覚に溢れておりますし……何よりも、シオン様が楽しそうにお喋りしておりましたから」

「幼い頃からの付き合いだから、というだけだと思いますよ。兄様とミスティア様はそれこそ、生まれた頃からの付き合いだから」


 同じ年の公爵令嬢と王家の嫡子。誕生月も近かったはず。

 シオン様の誕生日を祝ってほどなくして、フェルティシモ家の祝宴に招待されたとシオン様が言っていたのを思い出す。

 私もどうかと誘われたけど、その時は他国からの使者が滞在していた。

 偉い人は祝宴に参加するが、彼らの連れてきた侍従や使用人全員が参加するわけではなく、残された者の動向を見守っていてほしいと頼まれていた。

 だから私はその時も、楽しんできてくださいと言うだけだった。


 シオン様は本当にお優しいから、私を色々なことに誘ってくれていた。だけど覚えなければいけないことが多く、成さないといけないことも多い私は、気軽に出かけられなかった。


 きっとそういうところも、シオン様に愛想を尽かされた要因の一つなのだろう。私にもっと教養があれば、知恵があれば、覚えることも少なく済んだだろうし、聖女の仕事ももっと効率よくこなせただろうから。


 そうなれば、一緒にどこか出かけたりと楽しく過ごすこともできたかもしれない。

 今さら言ってもしかたのないことだけど。


「兄様はミスティア様のことはなんとも思っていないだろうし、それに聖女の意向が優先されるだろうから、エミリア様が心配なさっているようなことにはなりませんよ」


 聖女は国に縛られるし、婚姻相手も王家からと決められている。それでもその枠組みの中でできる最大限の配慮をしてくれる。

 アラン様との婚約を勧めてくれたのも、その一環だろう。問答無用でシオン様との婚約を解消し、新たに結び直すこともできただろうに、私の意見を聞いてくれようとしている。


 だけど、ミスティア様も聖女だ。それも、私よりもれっきとした。

 私とミスティア様の意見が対立した場合、どちらが優先されるかなど、火を見るよりも明らかだ。

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