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【コミカライズ】高貴な聖女が現れたので、孤児上がりの聖女はいらなくなりました?  作者: 木崎優


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10.微笑ましいエミリア

「母上! 母上! どういうことですか!」


 王妃の私室――俺の母親の部屋にノックもせず飛び込むと、中では母上が本を片手にソファでくつろいでいた。


「なんですか、騒々しい」


 胡乱な目をこちらに向ける母上に、俺は遠慮なく近づく。

 部屋の隅に控えている侍女が一瞬止めたほうがいいのかと悩むような顔をしていたが、母上がため息と共に本を机の上に置いたのを見て、その場に座することを選んだ。

 黙したまま動かない侍女を横目に、俺は用件を口にする。


「母上、どういうことですか。アランとエミリアの茶会を予定に入れたって……俺がいるのに、どうして」

「聖女が二人、王子も二人。それなら各個人の意思を尊重するべきでしょう」

「俺の意思は――」

「言い間違えたわ。聖女個人の意思を尊重するべきだと思ったのよ」

「エミリアは俺の婚約者です」


 すでに婚約の解消を言い渡されたことはおくびにも出さないように力強く言うと、母上は小さく息を吐いた。


「それはそうでしょう。これまではそれしかないと、誰もが思っていたのだから。でもこうして選択肢が広がった。……あの子はこれからも聖女として多忙を極めるでしょうから、あなたとアラン、どちらのほうが癒しになれるのかをあの子自身に選んでもらいたいのよ」

「それなら、ミスティアも同条件のはずです。ミスティアは俺では癒されません」

「ミスティアとエミリア、二人がアランを選ぶのなら……後は話し合いで決めてもらうしかないわね」


 話し合いとなれば不利なのはミスティアのほうだ。彼女は面と向かってアランがいいとは言えない。俺が嫌だとは言えるかもしれないが、それでも持って生まれたプライドの高さが邪魔をして、二人して夜毎枕を濡らす羽目になるのは目に見えている。

 俺が言葉に窮しているのを見て、母上は再度ゆっくりと口を開いた。


「ミスティアを王太子妃……王妃に望む声があるのは知っているでしょう? その理由も、理解できないわけではないわ」


 ミスティアを王太子妃に。それは、彼女が貴族の出だから――という理由だけではない。

 もちろんそれを理由に彼女を推している者もいるが、それ以外にもミスティアの持つ力が初代聖女と同じ、癒しの力だというのも理由の一つとして挙げられる。


 手の平で対象に触れ、念じる。癒しの力の発動条件はそれだけだ。いとも簡単な発動方法に、怪我を負った者や病に苦しんでいる者は救いを求めるだろう。

 だが、ミスティアの手は二つしかない。


 目の前に病人が三人、四人と並べば、どうしても癒す対象に順番が生じる。四人程度ならば、ほんの数秒の差だ。だがもしもそれが、十人、数十人となればどうなるか――。

 貴族を優先すれば民から不満が生まれ、民を優先すれば貴族から不満が生まれる。だからといって先着順では遠く離れた地域に住む者は後回しになる。

 何を基準にしても、どこかしらに不備が出る。


 これが初代聖女が現れた時のような大災害に見舞われているとか、大きな戦の最中とかであれば不満の矛先を逸らすこともできるだろうし、それどころではないからと押さえることもできただろう。

 だが今は、大きな災害もなければ戦争もない。実に平和な世の中だ。

 だから王妃という身軽には動けない立場に置き、よほどのことがない限り癒しの力を使わなくても済む立場に置いたほうがいいのでは――そう、主張する者がいることはわかっている。


「王妃になったからこそ、国のために――国に仕えるすべての者のために使うべきだと主張する者も出てくるでしょう」


 大切な者が死に瀕していて、それを治せる者がいるとわかっていれば、縋りたくもなるものだ。どうあがいても、不満の声を消すことはできない。


「話は最後まで聞きなさい。……私もそう思っているから、彼女たちの意思を尊重することに決めたのよ。どうあがいてもどこかに不満が上がるのなら、一番大切なのは聖女がどうしたいのかだもの。……だからあなたも、彼女たちの答えを待ちなさい」


 それに、と母上は言葉を続ける。


「あなた……これまでずっとあの子と一緒にいたのに、選ばれる自信がないの?」

「……そんなことは、ありません」

「なら、わざわざ私に言いにくる必要はないわよね。あの子に選ばれるように、精進なさい」


 目を細め射抜くように言う母上に、俺はわかりましたとだけ返して、部屋を出る。


 選ばれる自信――そんなもの、あるはずがない。

 すでに婚約の解消を言い渡された身で、どうしてそんなものが持てる。


 だがエミリアはずっと、俺の婚約者として育ってきた。他に選択肢が生まれて心が揺らいでいるだけなら、説得する余地があるかもしれない。

 どうして婚約の解消を言い出したのか、俺の何が駄目だったのかを考えながら、俺は自分の部屋に戻った。



「今日はいつになく静かね」


 俺の前に座り、優雅な仕草でカップに指をかけたミスティアが、カップに口を付ける直前に小さくこぼした。


 こんな茶会、今すぐにでも放り出してエミリアのもとに向かいたい。これまでは一日も置かず、エミリアと過ごしていた。昨日のことがあったのだからなおさら、彼女と過ごし、どうすれば考えを変えてくれるのかを見定めたい。

 だがそうしないのは、彼女のこれからの予定を知っているからだ。


 エミリアの新しい予定表は昨晩のうちに俺の手元に届いた。そして予定表の通りなら、今はアランと過ごしているはずだ。

 今すぐ駆けつけて邪魔してやりたい衝動と、和やかに過ごす二人を見たら何をしでかすかわからないという理性がせめぎあい、席を立つことすらできない。


 そんな俺の様子が気にかかったのだろう。訝しげにこちらを見るミスティアに、自嘲気味の笑みを浮かべて答える。


「……エミリアが、婚約を解消したいと言い出した」

「そうなの……だから……」


 ミスティアの小さな呟きに眉をひそめると、彼女もまた自嘲するような笑みを浮かべた。


「アランとエミリア様が……お茶をしているのを、ここに来る前に見たわ。……とても……微笑ましくて可愛らしくて……こんな関係でなければ、飴の一つでもあげたくなるぐらいだったわ」


 さすがにそれは子供扱いしすぎだろうとは思うが、小柄なエミリアに幼いアラン。そんな思いを抱いてしまうのも、無理はないだろう。俺もこんな状況でなければ、微笑ましく二人を見守っていたはずだ。

 いとも簡単に想像できた二人の姿に、膝の上で拳を握る。


「それで……あなたはおとなしく引き下がるつもりなの?」


 おとなしくしていよう、とは思えない。何もせずエミリアとアランが結ばれるのを見ていることはできない。

 だが、どうすればいい。昨日からずっと考えていたのに、どうすればエミリアを説得できるのかいまだにわからない。

 言葉はすでに尽くしている。彼女が婚約者でよかったと何度も口にしてきた。

 それでも駄目だったのだから、残された手段は限られている。


「早まった真似だけはしないでちょうだい」


 釘を刺すような口振りに眉をひそめる。ミスティアを見ると、彼女はカップにかけていた指をほどき、悩ましげな眼差しをこちらに向けていた。


「お前にとってはそのほうが都合がいいのではないか? アランと結婚するためには、俺とエミリアが結ばれたほうがいいだろう」

「……馬鹿なことを言わないでちょうだい。私はこれまでずっと、彼のことを見守ろうと思っていたのよ。そりゃあ、少しは……いえ、だいぶ嫉妬はするけれど、今さら結婚できなくなるからって自暴自棄になったりしないわ」


 その言葉が本心からなのかどうかはともかく、ミスティアは見守るために結婚の申し込みを跳ねのけ、事業を営んでいた。

 結婚すればどこかの領地に引っ込まなければいけなくなるから、と。


「……それよりも、王太子が聖女を傷付けたとか、攫ったとかのほうが大問題だわ。王家の威信に関わるし、あなたが廃位でもしたらアランが次期王になってしまうもの。彼は優しすぎるから……王の器ではないわ」


 ミスティアの言葉に、アランが王になり、その横にエミリアが立つ図を想像してしまう。

 微笑みあう二人が鮮明に浮かび、ひどい吐き気と頭痛に襲われた。


 茶会を中座し部屋に戻っても、頭痛はやまない。

 エミリアとの婚約が解消され、俺のもとから離れたエミリアがアランのもとで穏やかに笑う姿が脳裏にありありと描かれる。

 きっとそれはとても綺麗な光景だろうし、綺麗なものに囲まれた――俺が思い描いていた通りの箱庭に、エミリアを入れることができる。聖女の仕事こそなくならないが、それでも今よりは幾分もマシになるだろう。


 だが、だが、それで、俺はどうすればいい。

 俺の手の届かないところに行ってしまったエミリアを見ることに、俺は耐えられるだろうか。

 彼女を傷つけたいわけじゃない。誰よりも大切にしたい。それなのに、他の人に向けて微笑んで、柔らかな眼差しを向けるのを想像するだけでどうしようもない気持ちに駆られる。


 彼女のためを思うのなら、婚約を解消したほうがいいとわかっているのに、どうすれば彼女を俺のもとに留めておけるのか――この期に及んでもそんなことばかり考えてしまう自分に吐き気がした。

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