卒業式
「ギンさん」
老年期に差し掛かるにしては逞しい背中に声をかける。
「おう」
ギンは慣れた様子で夜の裏通りを歩き始める。
夜更の裏通りには繁華街のざわめきと光が時折差し込む以外静かだった。
「調子はどうよ」
「高級品の鉄砲が手に入りました」
ギンはコインパーキングの車を指さした。
「あそこで話そうや」
普通車のドアを閉めるとギンが言った。
「その銃は暫く使えねぇ」
「どういう事です?」
ギンはこちらを見ると言った。
「克也は今大学3年生か」
「ああ」
「お前の大学ならウチの会社の圧力が効く。お前は飛び級で卒業してウチに入社しろ」
急に話が進み出した。突拍子もないが、ここ一年の経験から突拍子が無い事の方が少ないことは知っていた。
「ギンさんの会社?なんでだ」
「実戦経験を積んだ。そして才能があった。当然タクヤの弟だからな」
ギンさんは前に視線を戻すと言った。
「一人じゃ生き残れない。徒党を組む必要がある。後ろから金に目が眩んで殺すような輩以外とな」
確かに常に人数不利だったがギンは異世界では見かけないし、イチカに至ってはこちらですら見かけない。仲間は居ない事は常に悩みだった。
「それでギンさんの会社、か」
「そしてタクヤの居た会社だ。タクヤの弟だから救助任務は許可され、会社からの支援もあった。俺がどこから情報を仕入れてたと思う?」
確かにここ一年情報の出どころは不明だった。聞いても答えてくれないし途中からは聞く事すらタブーだと感じた。
しかしそのような情報に身を預けていた事実の裏にはギンへの信頼があったからだ。
「山下組の事件、あれの手がかりは」
「入社してからだ。お前は基礎教練を済ませてる」
「拒否権は」
「当然無い。克也お前さんを助けたのは会社による投資だ」
俺は息を吐くと頷いた。
「明日の昼14時にこの住所に来い」
紙を渡される。見ると住所が書いてある。
「ようこそダイナモ・グリッド社に。歓迎するぜ」
ギンの銀歯がニヤリと光った。
その住所はオフィス街の真ん中のオフィスだった。
ダイナモ・グリッド社は機械類のモーターから電子回路まで手掛ける多国籍企業様だ。
パーカーとジーンズというラフな格好がドアをくぐるのを躊躇わせる。
広いエントランスに入ると奥には改札と受付、金属探知機があり、さながら空港だ。
俺は受付に座っている警備員に声をかけた。
「今日お伺いする約束の井上克也です」
警備員は無言でファイルを捲ると、しばらくしてクリップボードと入場証を置いた。
「名前を書いて」
入場証を首から下げ、名前を書くと警備員がそれを見て無線に数字を呼びかける。すると警備室と書かれたドアが開いた。
「お待ちしておりました、こちらです」
なんだかシャープな印象の男がドアの向こうで手をあげる。
「一般入社の方々は今説明を受けております」
スーツの男は言う。まるで他にも新入社員が居るような言い方だし、自分の格好が気になって仕方なかった。少なくともスーツを着てくるべきだっただろうか。
階段を上がり廊下を進むとエレベーターに乗った。
「他にもいるんですか?」
「ええ。四人ほど」
エレベーターが開くと目の前には開いたドアがあり小さめのホールのような部屋が控えている。
俺はおずおずとホールに入るとワイシャツ姿の大柄な男が正面でホワイトボードをさしていた。
さらに部屋の真ん中にはパイプ椅子が並べられ8人の男女が座っている。いずれもスーツ姿でいよいよ気まずい。
「来たか!ちょうど良かった、これから我が社の編成の説明に移るところだ。椅子に着け」
俺は手近な椅子に座る。
スーツ姿の他の新入社員から訝しげな目線が送られてくる。
「さて、改めて私は鹿島だ。チーム9の部長を務めている。我が社の表の顔は電子工業や通信インフラだ。だが裏の顔は知っているだろう。諸君らも一度は経験し、恐怖したであろう異世界での戦闘が主な事業だ。諸君らは20歳を超えた段階で異世界に呼び込まれ、一度は3日間を生き抜いた者たちだ。そして喜ばしいことに我が社を探し、選んでくれた。まずは例を言おう。ありがとう」
一度は?俺の頭に疑念が走る。1週間前後で定期的に異世界を訪れる必要があるはずだが。
「加えて、君、そこの井上克也君は実際に戦闘に積極的に参加していた。その為入社試験を免除されている」
つまりギンに騙されたという事だ。どうせ会社の指示だろうが。
一瞬頭に血が昇るが、助けたのは向こうだ。借りはある。
落ち着こうとするが筋が通っている事すらも苛立ってきた。加えてハキハキと喋る鹿島部長にもイライラしてくる。
そんな葛藤と戦う俺をよそに、説明が進んでいく。
「我が社は人殺しの為の部隊がある」