ケイアンズ
「いつ帰って来た」
居酒屋のざわめきの中でギンが訪ねる。ハイボールがカラリと音を立てて空けられた。
「五日前です。昼過ぎに」
「直近は狩りの日だったか」
俺は待ちきれず本題を切り出した。
「山下組の襲撃がかち合いかけました。後から入って来た連中がいる。恐らく4人です。相当な手練れでしょう」
ギンはハイボールのグラスを上げて注文をすると言った。
「リサーチの時点で引っかからなかったって事は全く別のルートの奴らか」
「多分。山下組の辺りで幅を利かせてる奴らかも知れません」
俺がこのエリアに入ったのは2週間前、下調べが終わり調査を始めた段階からだ。詳しいエリアではない。そこでギンと言う顔の聞く男にお伺いを立てたわけだ。
「女連れ4人ほど。心当たりはあるにはあるが、断定は出来ない。次の獲物って事だろう?」
「はい。ギンさんからの情報があるならいつも通りの配分で払います」
ギンは頷いて黙った。
「いいだろう。調べておこう。だがな克也、お前は少しだけの間向こうへ行くな。今回でかなり稼いだだろう」
ほとぼりが冷めるまで動かないつもりではあったが、情報を探るつもりだった俺は尋ねた。
「どれぐらいですか?あまり長い期間は離れられない」
「1週間ほどでいい。それまでに調べておく」
俺は頷くと封筒を机に置いた。
「今回の分。1割です」
「ここは出しとくよ。毎度」
俺は席を立って店を出た。かち合った4人組は俺の事を探り始めているはずだ。何しろ今回は大きい獲物だった。金をたんまり溜め込んでいたのだから。
横取りされた奴らは次に俺を狙うだろう。こちらの世界で動くとは考え難いが、山下組の痕跡をくまなく調べる事くらいはすると思う。向こうにとっても俺にとってもお互いが気になる存在だ。基本的に向こうで誰かと知り合いを作る事はない。知っていても殺す事の方が多いからだ。
つまり勢力図が常に書き換えられる地図のようなもので余程の情報通でも人を追いかけるのは難しいのだ。俺は自転車に跨った。向かうのはアパートだ。アジトには近づかない方が良いだろう。帰ってすぐ動いたのは正解だった。
高島美也子は研究室棟に向かった。大学のゼミが始まるからだ。美也子は大学と言うものを割と気に入っていた。様々な人間がいっしょくたにされているからだ。それを眺めているだけでも充分面白いが、一人一人と関わってみるとより面白い。
つまりゼミも気に入っていた。初対面の人間が集まり研究を行う。美也子にとっては研究よりもゼミそのものを楽しんでやっている自覚があった。
「やあ」
声をかけられてそちらを向くとゼミ仲間の井上克也がいた。少し何を考えてるか分からないがとにかく普通の男だ。
「こんにちは」
美也子は返事をした。
「今日は何してた?」
「バイトよ。バイト先が最近トラブッててそれの埋め合わせ」
「へぇ」
井上はそう答えた。何故か井上はバイトの話を深く聞いてこない。恐らく噂話に気を使っているのだろう。美也子にとって件の噂話は都合の良い物なので深く聞いて来ない事はありがたい。
「あなたは?」
エレベーターが到着した。井上は行き先ボタンを押しながら答えた。
「バイト暫く休みでさ。授業だけ」
「そう」
井上は古本屋で働いていると言っていた。なるほど、イメージ通りではある。
「バイト先のトラブルてどんな?」
井上は珍しく踏み込んで聞いて来た。
「ライバル店にお客引き抜かれたみたい」
美也子は答えたが、井上はふーんとだけ言ってそれ以上聞いて来なかった。
美也子にとってバイトはかなり大切なものだった。が、一方で気が重くなるものだったので無言はありがたかった。井上に説明できたとして理解してもらえるだろうか。いや出来ないだろう。
最近、別世界で襲撃目標を横取りする略奪者が現れた、と。
美也子はゼミを終えてマンションに帰ると電話をかけた。
「はい、ボス」
男が応える。相田という部下だ。
「略奪者の情報は?」
「この周辺の者ではありません。外部の者です。恐らく少し北の方から来た連中だと」
「なぜ」
「北の方は最近かなり人数が減りました。新参者狩りの後です。暴れたグループがいるようです」
「生態系の頂点ね。急に強者が現れた。恐らく軍人かヤクザが加わった」
相田は答える
「いえ、ボス。断定はできません。羽振りの良くなったヤクザも軍人もいない。しかしニュービーか、その時期に合わせて活動を始めたグループとみて間違いないでしょう」
「わかったわ。その線で続けて頂戴」
電話を切るとソファにもたれこむ。直近の襲撃を思い起こした。
山下率いる11人はかなり手堅い情報だった。夜を待って襲撃する手筈だったが、略奪者が現れた。襲撃準備中に山下のアジトで銃撃戦が始まった。15分で現場に到着したが既に壊滅し金は奪われていた。
現場から見つかったのは4種類の弾丸。山下達の装備を考えると略奪者の弾丸は5.56x45mmだ。弾丸の数から見ても1人から4人。まさに一瞬の早技だった。
美也子はソファに横になった。別世界での殺し合いを始めてからもう3年になる。3年で会って来た人間の中でも略奪者達は手強い分類に入る。早く正体を掴む必要がある。これ以上狩り場を荒らされては敵わない。そろそろ新参者狩りの時期だからだ。新参者狩りを略奪される事などあってはならない。これこそが我々ケイアンズの生業だからである。